第34話 唯一無二の光
次にリリアーナが目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎだった。そこは自分の寝室のベッドの上で、外はすっかり明るくなっていた。
重い身体を起こして、ベッドから出る。なんだかとても気だるい。
ベッドサイドのベルを鳴らすと、少ししてアンヌがやってきた。
「奥様、おはようございます。体調はいかがですか?」
「大丈夫……何か温かいスープをもらえるかしら」
「はい。すぐに準備いたします」
「アンヌは体調はどう? 昨日具合が悪かったでしょう?」
「お心遣い痛み入ります。私も、もう大丈夫です」
アンヌは、どこか複雑そうな表情をしていた。
理由を聞く前に退室していったため、詳しい話は聞けなかった。
(それにしても、何か忘れているような……)
考えても思い出せず、身支度を整えて部屋で軽い昼食を食べる。
その後、執事がやってきた。
「今日のお仕事はどうしましょう」
「本日はゆっくりとお休みくださいと、旦那様から言付かっております」
「わかったわ、ありがとう。レイヴィス様はどちらにいらっしゃるのかしら? 少し、お話がしたいのだけれど」
昨日のことをちゃんと話しておきたい。
正直、思い出したくなく、話したくもなかったが、ちゃんと釈明しておきたい。
「旦那様は王城からの召喚に応えて、王城の修繕を行っております」
「修繕――?」
「昨夜の催しで、王城の一部を破壊したことが問題になりまして……」
「あ……」
そういえば、休憩室の壁を破壊していた気がする。
――さーっと血の気が引いていく。
王城の破壊だなんて大問題ではないだろうか。大問題だ。
その修繕だなんて、どれくらいの手間と費用と時間がかかるのか。
「私のせいで……」
「旦那様は一切何もおっしゃられませんでした」
執事は毅然と――だがどこか優しさと尊敬に帯びた声で言う。
「何もおっしゃられず弁明もされず、召喚に応じて修繕命令を受け入れておられました」
「……何も、おっしゃられなかったの……?」
「はい――おっと、申し訳ございません。この辺りは口止めをされていたのですが、つい口を滑らせてしまいました」
とぼけた口調に、リリアーナは思わず微笑んだ。
「いいのよ。私が無理に聞きたがったのだから」
レイヴィスが何も言わなかった理由は、推測でしかないが。
(きっと、私の名誉を守るため……)
壁を破壊した理由を言えば、リリアーナが休憩室で不審な男と二人きりでいたことが明るみになる。もしかしたら記録にも残ったかもしれない。
そうならないように沈黙を貫き、命令を粛々と受け入れたのだ。
――申し訳ない。
「――リリアーナ、いまいいか?」
いきなり扉が開いてレイヴィスが入ってきて、リリアーナは驚きで息が止まった。
「レイヴィス様――お、お帰りなさいませ」
やっとのことで言葉を絞り出す。執事はその間に静かに退室していき、部屋に二人きりとなった。
「もう起きていて大丈夫なのか?」
「はい」
「……すまないな。今日は傍にいられなくて」
「いいえ。お城の壁を修繕されていたのですよね?」
レイヴィスはわずかに目を見張り、口ごもる。
「ごめんなさい、無理やり聞き出してしまいました」
「――言っておくが、君のせいじゃないからな。それに、あんなものすぐに直せる」
「もしかして、魔術で? もう直してきたんですか?」
「そのとおりだ。大したことはない。理由を言わなかったのも、単に言いたくなかった。それだけだ。だから君は何も気にしなくていい」
レイヴィスは腕を組み、目を逸らしながら言う。
「ただ――何があったのか、話せそうなら話してほしい」
その声は切実な響きを帯びていて、表情は真剣だった。
顔にはどこか疲労が滲んでいるように見えた。ほんのわずかにだが。
「はい……とはいっても、たいしたお話はできないのですが……」
リリアーナは深く呼吸をし、夜会でレイヴィスと別れた後にあったことを思い出す。
「花火を見ているときに、急に具合が悪くなって……気づいたらあの部屋で休んでいて……いきなり知らない男性が入ってきて……わ、私が誘ったと……でも私、全然心当たりが――」
「もういい――わかった」
「…………」
「ピラー結界も、邪悪な人間も弾ければいいんだが……そうなると登城できない人間が出てくるからな」
――これは笑うところなのだろうか。
少しだけ気が軽くなる。
「……触れられそうになった時、光が弾けて、その人も吹き飛ばされて……」
「良かった。防護魔術は効いていたようだな」
レイヴィスも安心したように表情を緩めた。
しかしまた固く真剣なものになる。
「相手の男に魔力がなかったから、俺の牽制も効かなかったか……もっと強力な防護魔術にしておけばよかったな」
触られそうになった時、光と音が弾けて吹き飛んでいたように見えたが――あれ以上強力なものになるとどうなるのか。知るのが少し怖く、聞けなかった。
「――少しだけ、不思議なのですが……」
「ん?」
「どうして私があそこにいるとわかったのですか?」
「君と魔力の鎖を繋いだだろう? あれのおかげだ」
――おまじない、と言っていた魔力の鎖。
「だが――俺はきっと、君がどこにいても、鎖で繋いでいなくても、見つけられると思う」
「え? どうやってですか?」
レイヴィスは自信たっぷりに笑った。
「君の魔力のかたちはもう完全に覚えた。それに、君はどこにいても光り輝いて見える。どんな人混みだろうと見つけられるし、どれだけ離れていても探し出せる」
――眩しい。
レイヴィスの方がよほど眩しい。彼の姿こそ、どこにいてもすぐに見つけられるだろう。
そこにあるだけで光り輝いているから。
「とりあえずあの男は昨夜に王都から追放したから、もう君の前に現れることはない」
「追放しちゃったんですか?!」
「城に侵入し、君を傷つけようとしたんだ。放置するわけにはいかない」
理解が付いていかない。昨夜ということは、家に帰ってきてリリアーナを休ませてすぐに行動に移ったということだろうか。問題を解決するスピードに驚嘆した。
「あ――あの、そういえばエリナは大丈夫だったんですか?」
そういえば、休憩室に送ってもらってからエリナを見ていない。帰る時にもいなかった気がする。
王城に置いてきてしまったような気がしてたまらない。
レイヴィスはふっと笑う。
「君は、優しいな」
優しくない。
いまのいままで忘れていた。
「大丈夫だ。今朝方、徒歩で戻ってきたらしい」
その言葉を聞いてびっくりした。
王城から侯爵邸まではさほど距離はないが、ドレス姿では大変だったはず。靴だって、外を長距離歩くためのものではないはずだ。
「いまは少し、部屋で謹慎してもらっている」
「謹慎、ですか……?」
やけに重い言葉だった。
レイヴィスはどこか冷たい笑みを浮かべる。
「君を危険に晒したのだから当然のことだ」
――それが、当主の判断だった。
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