第30話 王と王妃への挨拶
大広間に入ると、視線が一斉に集まる。
女性たちの、憧れと羨望の眼差しでこちらを見つめてくるのを感じる。
遠くから送られてくる視線の中には、少し畏怖するようなものも混じっている。
そんな中を、レイヴィスはリリアーナの手をしっかりと握りしめて、どこか誇らしげに堂々と歩いていく。
彼の強く、そして揺るがない姿に、リリアーナはそっと微笑んだ。
自分も彼の隣に相応しい姿でいたいと思うと、背筋が伸びる。眩さの中でも微笑んでいられる。
内側からも感じるレイヴィスの熱に支えられながら、大広間の中央奥――王と王妃が座っている場所に歩いていく。
王と王妃の前に立ち、レイヴィスは深々と礼をし、しっかりとした声で口を開いた。
「国王陛下、そして王妃殿下。本日はお招きいただき、エルスディーン侯爵家当主として深く感謝を申し上げます」
レイヴィスの整った挨拶に続き、リリアーナも隣で頭を垂れる。
「陛下、王妃殿下、光栄でございます。ささやかではございますが、陛下と王妃殿下のご健康とご多幸をお祈り申し上げます」
すると、王はリリアーナに目を留め、懐かしそうに微笑んだ。
「二人とも、今宵は我が王妃の誕生日を祝いにきてくれて嬉しく思う。それにしても、エルスディーン夫人。君は母君そっくりだな」
「お母様をご存じなのですか?」
母が貴族社会を去って久しいため、王の言葉にリリアーナは驚きを禁じ得なかった。
「君の母君――フローリアは私の憧れだったよ」
――リリアーナの母はいま三十代前半、王は三十歳。社交界で関わりがあってもおかしくない歳の差だ。
――もし、母の魔力がもっと高ければ、母は妃候補の一人になっていたかもしれない……
レイヴィスが何気なくリリアーナの一歩前に立つ。まるで王の視線から遮るように。
「――陛下?」
王の隣に座る赤いドレスの王妃が、眉を寄せながら低い声で呼びかける。
そしてリリアーナに穏やかな視線を向けた。
「エルスディーン侯爵夫人、今日はありがとう。レイヴィスと仲良くしてあげてね」
「はい、ありがとうございます。旦那様を支えられるよう、努力していきたいと思います」
王が続けて口を開く。
「もし辛いことがあったら、遠慮なく頼ってくれ」
一瞬なんて答えようか戸惑うと、レイヴィスがリリアーナの手を握った。
「――妻に対し温かいお心遣いを賜り、深く感謝いたします。ですがご安心ください。彼女をこの手で守り続け、何があろうとも生涯彼女を愛し抜く所存です」
レイヴィスの凛とした宣言に、王がぐっと腰を引いた。
「――ああ、もういい。腹いっぱいだ。いつからそんなに独占欲が強くなった……」
「予防措置です。他の男を近づけたくないので」
「やりすぎだ。自分色に染めやがって……」
リリアーナは目を瞬かせた。
もしかして、何日もかけて魔力を注がれたことだろうか。それとも魔術の鎖で繋がっていることだろうか。
(そんなにわかりやすいの?!)
――ふと、自分たちを見る視線の中に、畏怖するようなものがあったのを思い出す。
もしかして、魔力の高い男性には全部見えているのだろうか。
内心で動揺するリリアーナから、王がそっと目を逸らす。
「末永く幸せにな……本当に頼むからな」
その声には諦めと親しさと、そして祈りのような響きがあった。
◆◆◆
王と王妃への挨拶が終わると、すぐさま貴族たちがレイヴィスの元へやってきて、あっという間に人垣ができた。どうやらレイヴィスの結婚相手がどんな人物か一目見ようと興味津々の様子だった。
会話を交わす目は時折鋭く、時には好奇の光を宿している。
レイヴィスはどの相手にも軽やかに応じていく。リリアーナも礼儀正しく対応しつつも、レイヴィスがずっとリリアーナの手をしっかりと繋いで離さないことに少し困惑していた。
そうして支えられながらも、人々の熱気に当てられて、だんだんと頭が付いていかなくなる。些細な動きまで見つめられ値踏みされているようで。
「――失礼」
レイヴィスが一瞬で会話を切り上げ、リリアーナを人垣の外へと促す。
貴族たちの名残り惜しそうな視線を感じながら、リリアーナはレイヴィスに連れられて歩いていった。
「疲れたか?」
「いえ、大丈夫です」
反射的に言う。まだ夜会は始まったばかり。そして色んな人と会いたいと言って参加を決めたのは自分だ。
――しかし、ここまで注目されるとは思っていなかったのも事実だ。
「――一応、休むための部屋もあるんだが……」
レイヴィスは呟いた後、小さく首を振って奥の階段の方に向かった。
「足元に気をつけてくれ」
そう言ってリリアーナを支えながら、ゆっくりと大広間の二階に上がる。
そこは喧騒から少し離れた場所で、自分たち以外は誰もいなかった。
下からの煌びやかな光が薄っすらとその空間を照らしていた。
人目のない場所で、レイヴィスが促す椅子に腰を下ろす。
「ここで座っていてくれ。飲み物を取ってくる」
「ありがとうございます」
その瞬間、レイヴィスの手が淡い光が生まれ、リリアーナを包み込むように広がる。
レイヴィスはそのまま軽やかな足取りで階段を下りていく。リリアーナはその背中を見送り、ふっと安堵の息をついた。
大広間を二階から眺めると、煌びやかな光と豪華な装飾が別世界のように広がっていた。
ホールの中央では貴族たちが音楽に合わせて優雅に踊り、ドレスがひらひらと舞っている。
――豪華絢爛な夢のような世界。
今日は貴族の大部分が招かれているらしく、その規模はさすがのものだった。
(そういえば、エリナは……?)
――ふと気づく。
リリアーナのサポートで着いてきているはずのエリナが、いつの間にかいなくなっている。
おそらく人垣に囲まれている間に。
(お手洗いかしら)
今日のエリナは可愛らしいドレスを着ている。もしかしたら途中で誰かに声をかけられているかもしれない。
(大丈夫かしら……)
少し心配になってくる。そしてあるシーンが頭の中に蘇った。
(そういえば、小説で――男性に声をかけられて困っているところをレイヴィス様に助けられるシーンがあったような……)
すごく心配になってくる。
そういう場面を見たらレイヴィスは絶対に無視しない。絶対にエリナを助ける。
衝動的に、自分が動いてレイヴィスとエリナを探しに行きたくなったが――椅子に座り直す。
(――私まで動き回ったら、レイヴィス様が困るわよね……それにお城なんだから、無理をする男性もいないはず……)
軽く声をかけてくるのはあるだろうが、無理に人気のないところに連れ込んだりとかはしないはずだ。ここにいるのは招待された貴族と、その従者ばかりだ。王妃の誕生パーティで不祥事を起こすような人間はいないはず。
(レイヴィス様が戻ってこられて、その時まだエリナが戻ってこなかったら……探してもらうように言いましょう……)
そう思って目を閉じていると、誰かが階段を上がってくる気配に気づく。
目を開けたリリアーナは、思わず息を呑んだ。
「あら、お姉様。こんなところでお一人でどうなされたの?」
――ヴァレンティン家のアレクとセレナ。
リリアーナの母親違いの弟妹だった。
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