第26話 魔力循環
衝撃で詰まった息を、口をはくはくさせながら少しずつ吐き出す。
部屋は一瞬の静けさを取り戻していたのに、リリアーナの中では嵐が吹き荒れているかのようだった。
「リリアーナ、大丈夫か?」
やっとのことで頷くも、嵐はまだ収まらない。
「もう、少し、だけ……」
「ああ。落ち着くまで待つ」
押し寄せる波が凪いでいるうちに、リリアーナはゆっくりとレイヴィスの魔力を受け入れていく。全部受け止めて、ようやく身体が自分のに戻ってきたような感覚がした。
「……レイヴィス様、少し、いじわるです……」
「すまない。女性を教導するのは初めてで――加減が、不慣れで……嫌になったか……?」
「いいえ……」
リリアーナは微笑み、レイヴィスの魔力をそっとなぞっていく。
レイヴィスの肩がわずかに揺れた。
「もっと……教えてください」
不思議な気分だ。
本能が何かを訴えてきているようで、魔法にかかっているかのような。
手を繋がれていなければ、レイヴィスに抱き着いていたかもしれない。
「君の中は本当に深い……そして、少し貪欲だな……リリアーナ、次は自分で動かしてみてくれ」
やり方がわからなくて戸惑うリリアーナに、レイヴィスは片手を軽く握る。
「こちらから俺に預けるように。イメージしにくければ身体も動かしていい。俺がちゃんと支える」
小さく頷き、リリアーナの中にある魔力とレイヴィスの魔力――絡まって一つになろうとしているそれを、意識して、動かそうとした。
「……ん……っ」
ぎゅっと固まってしまっているようで、なかなかいうことを聞かない。
その時レイヴィスに手を軽く握られ、動きを助けるようにコントロールされる。
わずかに動いたそれの流れに沿って、奥底に溜まっている魔力を引き上げる。魔力の感覚だけでは上手く掴めず、自然と腰も揺れる。ふわりと浮き上がらせながら、レイヴィスの手にそれを返す。
すっと、吸い込まれるかのようだった。
「上手だな。その調子だ」
褒められて嬉しい。
返した分だけまた魔力が流れ込んでくるのが嬉しい。
そうして気づいていく。
こうやって魔力ででもレイヴィスと触れ合えることが嬉しいのだと。
「苦しくはないか?」
「はい」
魔力を自分で動かす感覚をつかむと楽しくなってくる。新しいことを覚えるのはとても嬉しい。
もっと、知りたい。
「やはり、変化しているな……」
何かを考えているような声は、やや熱を帯びていて。
喜んでもらえているようで嬉しい。けれど、自分がここにいるのに他のことを考えているようで憎らしい。
それでも魔力は一定のリズムで流れ込んできて、リリアーナは循環と返却に集中せざるを得なかった。
そうやって夢中で動かしていると、だんだん妙な気分になってくる。
苦しくはない。苦しくはないのだが、なんだかもどかしい。
(何かしら、これ……)
息が上がって、ぞわぞわとした感覚が込み上げてくる。
「あっ……」
思わず声が漏れ出る。それでも魔力は止まることなく流れ込んでくる。
――いつの間にか、リリアーナは少しずつ追い詰められていた。
逃げたいのに、レイヴィスはリリアーナの手を離す気配はない。金の瞳はずっとこちらを見て、リリアーナの無理のない速さと強さで魔力を送り続けてくる。
だから、繰り返すしかない。
受け止めて、ぐるりと回して、また返して。
そうしていると、段々と二人が一つのように思えてくる。
肉体という枷を取り払って、海の中で溶けあっているみたいで。
何もかも隠すことなくさらけ出しているみたいで。
「……レイヴィス様、見ないで……」
「どうして?」
リリアーナは顔を真っ赤にしながら、視線を逸らして言葉を絞り出した。
「……恥ず、かしくて……」
心の内側まで見られているかのようで。
「リリアーナ。いまの君は、夜の女神のようだ」
ぎゅっと、繋いだ手に力が入る。
「ずっとこうして、一番近くで見ていたい」
その言葉に、リリアーナの心臓は大きく跳ねた。そして身体の奥で、混ざり合った魔力が共鳴した気がした。
レイヴィスが一瞬息を詰め、吐き出す。
「すごいな……こんな感覚は、俺も知らなかった……」
レイヴィスも同じものを感じているのだろうか。
だとしたら、嬉しい。
もっと喜んで欲しくて魔力を奥に引き込もうとすると、たくさん入ってくる。
それに喜びを感じていると、ふとレイヴィスと目が合った。
こちらを覗き込んでくる金色の目と、その視線の強さが、少しだけ怖くなった。
「リリアーナ、続けて」
思わずふるふると首を振る。
「じゃあ、俺から動かそう」
レイヴィスがグッとリリアーナを引き寄せ、魔力が深く奥まで染み込んでいく。
「待っ、待って――」
リリアーナの懇願も虚しく、先ほどまでより速く、そして力強く魔力が循環し始める。まるで嵐だ。ついていくので精いっぱいだった。
刻みつけられ、かき回されて、また注がれる。脈打つように次々と入ってくるそれが、いまにも溢れそうで。
「あぁ、あ――」
二つの魔力が共鳴して弾ける。
熱が身体の奥から頭、指先まで止まることなく駆け巡る。
リリアーナはレイヴィスの手を必死で握る。
そうしないとどこかに行ってしまいそうだった。
――嵐が止む。
強張っていた身体から力が抜け、くらくらとした眩暈が襲ってくる。
「……今日はこの辺りにしておこう」
「ありがとうございます……」
リリアーナが何とか言葉を返すと、レイヴィスは手から指を離していく。
(あ……)
――嫌だ。離れたくない。
そう思った瞬間、衝動的にレイヴィスを追いかけていていた。
ぱたんと身体が前に倒れて、気づけばレイヴィスを押し倒すような格好になっていた。
目の前には逞しい胸があって、顔を上げると金色の瞳が、驚いたようにリリアーナを見上げていた。
(あ――)
――どくんっ。
心臓が跳ねる。
整った顔立ちが、どこか影を纏った瞳が目の前にあって。
自分のものではないような衝動が湧き上がる。
――このまま彼を食べてしまいたい。
「し――失礼しました!」
慌ててレイヴィスの上から退く。
(私なんてことを――)
急いで部屋から出ようとするが、身体が上手く動かない。腰が抜けて、足がふわふわと痺れていた。
「しばらく、ここで休んだ方がいい」
冷静な声が降ってきて、上からシーツがかけられる。
「はい……」
シーツの中に潜り込んで小さくなる。
――自分で自分が信じられない。
あの瞬間、心の衝動に身体が動いてしまった。
身体中がレイヴィスを求めているようだった。
こんな衝動初めてで、どうすればいいかわからない。それがもどかしい。
(レイヴィス様なら、どうすればいいか教えてくださるかしら……いいえ、それは甘えすぎだわ……)
自分の身体のことなのに、人を頼ろうとするなんて。ただでさえレイヴィスはリリアーナを心配して魔力教導をしてくれているのに。
――触れたい。
――触れられたい。
手を、繋ぎたい。
そんな気持ちばかり溢れてきて。
リリアーナはじっと耐えながらベッドに身体を沈め、目を閉じた。
身体がじんじんとあたたかい。
レイヴィスの魔力がまだ中で脈打ってるかのようだった。
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