第24話 魔力共鳴
――夜。
室内灯が柔らかく照らすレイヴィスの寝室で、リリアーナは寝間着姿で、同じく寝間着姿のレイヴィスとベッドに並んで座る。
初夜に逃げ出した寝室に、今度は自分の意思でいる。そのことにひどく緊張していた。
心臓の鼓動が早まっている。
いや、これはただの魔力の訓練。変なことは考えない。彼に失礼だ。
「リリアーナ、いけそうか?」
レイヴィスの柔らかい声が、リリアーナの耳元で響く。
「は、はい……」
リリアーナは気を引き締めて、レイヴィスと向かいあい、差し出されている手に手を重ね――指先が彼の手に触れた瞬間、身体が勝手にびくっと跳ね上がり、思わず手を引く。
「ご、ごめんなさい。びっくりして――」
「大丈夫だ」
レイヴィスの声は穏やかで優しい。
彼はとても落ち着いているようで、自分だけ緊張しているのが申し訳なくなってくる。
リリアーナは深呼吸をして、心を落ち着かせる。
そして、今度はゆっくりと手を重ねる。手のひらを合わせて、静かに指を沿わせていく。
――刹那、指を絡めたその手がしっかりと握られる。男性の節張った指や大きな手の感触に心臓が跳ねる。
「じゃあ、入れていく」
その言葉に、背筋が一瞬強張る。
「……は、はい、…………ッ」
繋いだ部分から流れ込んでくる魔力に、防衛本能からか身体がびくっと震える。
リリアーナはゆっくりと息を吐いて目を閉じ、逆らわずにそれを受け入れていった。
自分とは違う存在が、じわじわと中に広がっていく。――入り込んでくる感覚に、背筋がぞくぞくと震え、息が大きく零れ出た。
――どうしてだろう。
前回より、ずっと――ずっと、彼の存在が大きく感じる。
「大丈夫か?」
「……はい……でも、その、もう少しゆっくり……」
「わかった。君の調子を見て、少しずつ増やしていこう」
その言葉通り、魔力が流れ込んでくるペースがゆっくりになる。リリアーナはしっかりと呼吸しながら、逆らわずに受け入れていく。
「大丈夫だ。上手に受け入れられている」
褒められて、ふっと身体と心が楽になる。
しばらく受け入れて感じていると、ゆっくりとその流れが止まった。
「……これぐらいでいいな。それじゃあ、これから君の魔力を探っていくから、自分のそれを意識してみてくれ」
「はい……」
自分にわかるのだろうか、レイヴィスを失望させないだろうか――
「……俺の魔力はわかるか?」
「はい……すごく……感じます……太陽、みたい……」
「そうか。俺も、君の魔力を感じられている。柔らかくて、優しくて……甘い、花……そして海のようだ」
「レイヴィス様……あっ……」
レイヴィスの魔力が動き出す。それはまるでさざ波のように、リリアーナの中に押し寄せては引いていく。優しく撫でられていようで、少しずつ緊張がほぐれていく。そしてその度に、自分という存在が認識できていく。
そしてレイヴィスの動きを意識すればするほど、次第に全身が熱くなり、奥から揺れるような感覚が走る。
ずっと眠ったままでいて、だがレイヴィスによって一度目覚めさせられて。
そしてまた眠ろうとしていたものが、強く呼び起こされているようで。
しばらくその感覚に耽りながら、呼吸を繰り返す。じわじわと熱が上がり、頭がぼうっとしてくる……
「――――ッ」
刹那、いままで誰も入れなかった場所――リリアーナも知らなかった場所に、レイヴィスの魔力が流れ込んでいる。
「う、うぅ……」
思わず呻き声が漏れる。
「苦しいか?」
「だ、大丈夫、です……」
体内をゆっくりかき回されているような、すべてが変わっていくような感覚。少し苦しいが、我慢できないほどではない。
むしろ、深くでレイヴィスを感じられて、喜びさえ感じた。
ただ、魔力よりも身体の方が強く反応してしまうのか、次第に息が上がり、呼吸が荒くなっていく。
朦朧とする中で、リリアーナはいつの間にかレイヴィスに身体を委ねていた。崩れ落ちそうな身体を、しっかりと支えてくれている。それに気づいた瞬間、安堵が胸に広がる。
「いいぞ、そのまま受け入れてくれ……」
言われた通りに力を抜いた瞬間、いままでより深い場所にレイヴィスの魔力が入ってくる。
「あっ……」
それ以上はいけないと、本能が叫ぶ。
だが、繋いだ手から流れ込んでくる魔力は一切引こうとしない。入り込んだまま動きを止めて、存在感をもって留まっている。
「ん、んん……」
「リリアーナ、力を抜くんだ」
リリアーナは息を吐いて目を閉じ、彼を受け入れようとした。
そうしていると、ゆっくりとリリアーナの魔力がレイヴィスのそれに絡みついていくように感じた。
「すごいな……君の魔力が、俺の魔力に応えている……」
レイヴィスの熱のこもった声が耳元で響く。
(これが、私の……)
自覚させられる度に、その存在を更に強く感じる。自分の中にある、柔らかく、そした海のように深いもの。
それがレイヴィスの魔力――熱くて力強いそれと、絡み合って響いているかのようで。
それがとても気持ちよくて、胸の奥が甘くくすぐったくなる。
知らなかったことをレイヴィスに教えてもらうことが、彼によって変えられていくことが、嬉しい。
「……レイヴィス様……」
ずっとシーツをつかんでいたもう片方の手は、いつの間にか彼の腕にすがっていた。
「ああ、ここにいる」
レイヴィスの導きに従いながら、リリアーナは次第に自分の魔力を操る感覚をつかんでいく。
彼の魔力に応えるたびに、心地よさと痺れるような感覚が広がる。まるで自分の存在が溶けていくようだ。
全身が熱に包まれ、レイヴィスの存在がすぐ近くに感じられる。
ぎゅっと、手を握られる力が強くなる。
必要とされているみたいで、求められているようで嬉しくて。
いつのまにか身体がずり下がって、レイヴィスの腕の中にすっぽりと収まっていた。
目を開けると、まっすぐにリリアーナを見つめるレイヴィスの金色の瞳が、心の奥にまで深く刺さる。
「呑み込まれそうだ……」
「わた、しも……」
再び目を閉じてすべてを委ねると、レイヴィスの体温や彼の匂いが強まっているように感じられた。
(ああ……私……レイヴィス様がすき……)
好きだ。彼のすべてが愛おしくて。彼のものになりたい。
できるなら、このままずっと彼を感じていたい。溺れていたい。
もっと、もっと、レイヴィスが欲しい。
このまま融け合ってしまえればいいのに。もう二度と離れたくない。ずっとこのまま――
「レイヴィス様――」
「――ああ……」
リリアーナの欲望に応えるように、流れ込む魔力が強さを増す。
そして、リリアーナの中で絡み合い、共鳴し合うように大きくなっていく。
どこにも行き場がないのに、どんどん大きくなって、高まって、最奥にまで響いてくる。
熱くて、どろどろに溶けそうで、息が荒くなる。溢れそうで、でもどうしようもなくて、足の先がきゅう、と丸まる。もうだめだ。もう無理。たすけて――
「いいぞ、リリアーナ、そのままだ――」
「――レイ、ヴィス、さま……ッ」
ぎゅっとレイヴィスに手を握られる。
いままでになく熱いものが流れ込んできた瞬間、閉じられていた出口が、こじ開けられて――
「あ、あぁ――!」
導かれるままに、リリアーナは昂りを開放した。
全身が震え、心臓が激しく鼓動を打つ。頭が真っ白になりながらレイヴィスの手を握り返す。
涙で滲む視界の中、放たれた魔力が光りながら渦を巻いていた。
それらはリリアーナとレイヴィスの前で結びつき、小さな結晶が生まれる。
六角柱の魔力結晶が。
「よくやった、リリアーナ!」
レイヴィスの嬉しそうな声が嬉しかった。
そしてリリアーナも、初めて自分でピラーを作れたことが、泣きそうになるくらい嬉しかった。
(これが……私のピラー……)
完璧な六角柱を見ていると、涙が滲んでくる。
「見ても構わないか?」
頷いてピラーを渡すと、レイヴィスはそれを興味深そうに眺める。
「……俺の魔力とリリアーナの魔力が、混ざっている……? こんなに、完璧に……」
リリアーナはその言葉を不思議な気持ちで聞いていた。
あれだけ深くレイヴィスの魔力が入り込んできたのだから、混ざってしまっても仕方のないことのように思えた。むしろ、その方が自然なように。
だってまだ身体の中でレイヴィスの魔力が響いている。
「リリアーナ、これを預かってもいいだろうか」
「ふぁ……ふぁい……」
絞り出した声はふにゃふにゃになっていた。
身体が疲労感に満ちて、ぐったりとしていた。
「今日はここまでにしよう。頑張ったな。大丈夫か?」
「……ふぁい……」
小さな声でそう答えるのがやっとだ。
「すまない。やりすぎた……君の中はどこまで探っても底が見えなくて、つい奥まで行き過ぎてしまった……」
レイヴィスは反省するように言う。
「ただ、その……君が深くまで受け入れてくれて嬉しかった」
「私も……レイヴィス様をいっぱい感じられて……嬉しいです……」
自分の気持ちを素直に伝えると、レイヴィスは少し慌てたように視線を逸らした。
「そ、そうか……君の中に俺の魔力を多めに入れたから、しばらくは体調は大丈夫だろう」
――ああ、だから。
レイヴィスがまだ中にいるように感じられている。
「自分の魔力をしっかりと感じられるようになったら、安定していくはずだ」
「はい……ありがとうございます……」
リリアーナはうわ言のように返事をする。眠くて、眠くて、仕方がない。
「レイヴィス様……また、教えてくださいね……」
そのままレイヴィスのベッドの上で寝てしまった。
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