巨大な陰謀

それはある日の日勤の時の出来事だった。僕は頼まれた資材を運んでいた。


もともと方向音痴な僕は、まだたまに工場内で迷うことがあった。


それに主人公が道に迷わない設定だと小説が書きにくい。


僕は“ウマイ棒”の製造に使うための、やたらと重い資材を、鍛え上げたキス筋を使って運んだ。


途中で、今や僕のアイドルとなったメゾン・ド・木村さんが見ていたので、張り切って多めに持った。


僕「これどっちに運ぶんででしたっけ?」


メ「あっちよ、あの奥」


僕「サンキューです」


そういえば以前読んだミステリー小説でやたらと毎回、床が“リノリウムの床だ”と書いているのがあった。


以来、リノリウムの床を見るとなんか起こりそうな気がするようになってしまった。


クリーンルームを過ぎる。リノリウムの床を感じる。


この先行っても大丈夫かな?彼女も言ってたから大丈夫か。


薄暗い通路の先、ひとつの部屋に行きあたる。なぜかロココ調の扉だし、アンティークのライオンノッカーがついている。


きっとこういった遊び心が、子供にも大人にもに大人気のお菓子を生む原動力なんだろう。


僕は一応ノッカーでノックしてから中へ入った。


そしたら、


──光っていた。


ウマイ棒が……ピンク色に……


ここまで生産ラインが伸びていて、一本一本のウマイ棒に何かを注入していて、それに反応するように怪しく光っているのだ。


こんなの駄菓子じゃないよ……。


僕は思わず資材を落としてしまった。


──リノリウムの床に。


すごい音がしてしまい、けたたましく警報が鳴ってしまった。


オロオロしていると、工場の警備のひとや責任者のひとが駆けつけてきた。


そしてめちゃくちゃ怒られた。


「ここは絶対入っちゃだめなとこだよ」


「すいません……」


ボヌールの田中さん(指導長)もやってきて珍しく叱られた。


そのあとで本社から課長さんがきて、守秘義務系の誓約書を書かされた。


僕「クビでしょうか?」


課長「まさか、このミスを君のキスで挽回してよね」


僕「は、はい。頑張ります!」


それにしても、メゾン・ド・木村さんはなんでこんなとこを僕に教えたんだろう。なんだか彼女にはめられた形になってしまった。


それにその件以来、彼女はへんによそよそしくなった。


僕は寂しさを振り払うように、仕事に、キストレに没頭した。


でも、頭の中にあのピンクに光る怪しいウマイ棒のイメージがこびりついて離れなかった。他の場所はそうでもないのにあそこだけあの厳重な警備。なんかありそうだ。


でも僕みたいな一介の作業員に何ができると言うのだ。


超資本主義において会社とは我々働く者のものではないのだから。


それからというもの、お酒を飲む量が増えた。だから、他の人の夜勤を代わってあげたりした。


その日の夜勤は、珍しくメゾン・ド・木村さんといっしょだった。


作業中、機械が故障してメンテナンスのためラインが止められた。


監視システムまで故障してしまってみんなとても困っていた。


するとその時、彼女が話しかけてきた。


「あの部屋へ行きましょう、そこで大事な話があるの」


「え?でも、あそこは……」


「今なら、大丈夫、さあ早く」


「あ、はい」


気になってる女性から大事な話があると言われてテンション上がらない男っているんだろうか。


近くの鉄板に映る自分の顔を何気なくチェックしてみたりする。口がチューしそうになってて戻した。


僕らはリノリウムの床の上をひたひたと走りながら、あの部屋へ向かった。


中へ。


やっぱり気持ち悪く光っている。


メ「これがなんだか教えてあげるわ」


僕「……」


メ「これらは全てあなたのキスよ」


僕「……」


ほぅ。


メ「いい?これは恐ろし計画なの。あなたの特別なキス力を抽出したものを注入して“キスウマイ棒”を作って人々に食べさせて、キスをうまくして、キスに溺れさせることによってこの国を支配しようと企んでいるのよ!あなたはそのために利用されているの」


僕「……」


“ちょっとなに言ってるかわかんないんですけど”とかはこういう時に使うんだろうか。今回こそ使えそうだ。


ずっとなにも言えないでいるので、“漫才だったら相方から俺の横カカシでもできるわっ”と、言われそうな展開だ。


どうやら、この前、彼女がこの部屋を教えたのはやはりわざとだったようだ。


彼女の話のこの情報量を出来るだけ多めの人ととシェアしたいくらいだ。


やっとのことで僕は言葉を捻り出した。


僕「君は何者なの?」


メ「私はこの計画を止めるために潜り込んだスパイよ」


ほぅ。


僕「僕のキスでそんなとんでもないことがことが可能なの?」


メ「いい?この世界をつくっているのは約100種類の元素。そして元素とはどんな化学的方法によっても2種類以上の物質に分けることのできない純物質。データによるとあなたのキスは純人工元素的キスと呼べるわ。口を重ねるという意味でね」


僕「すごいロマンチックサイエンスだね。でもわからないのはなんでこんな不純な僕の中にそんなキスがあるんだろう……」


メ「そんなに気にしなくていいのでは、プロメテウスだって神から火を盗んだわ」


彼女の言っていることはいちいち僕の頭の中を二層式洗濯機みたいな手間にした。自分の頭をポンポン叩きながらなんとか理解しようとしている僕に、


彼女は“安心して欲しい”と言った。「人間の脳はたかだか20ワットしか電力を消費しないから」。


「この会話も持続可能ってわけだね」


「そうね、フフ」


彼女となんかいい感じになれそうになったところで僕らは眩しい光を浴びた。


やばいっ。


そして場内スピーカーから僕らに向けて言葉が飛んだ。


「それはどうかな、君たち二人はもう持続不可能かもしれん」


課長だった。珍しく残業していてリモート監視してたみたいだ。


警報がなる。


メ「この工場の中はマッドサイエンティストだらけよ。急いで、屋上へ逃げましょう」


僕「りょ」


僕らは彼女が用意してくれた“日常非常階段バシゴ”というアイテムを使って僕たちしか入れない非常階段を壁に作って登った。


僕「すごいの持ってるね」


メ「パパが作ったの。パパはないものしか作れないの」


僕らは屋上の中央に出た。


囲碁でいう『初手天元』のような僕ら。


夜空には星が瞬いている、が、浸ってる暇はない。


メ「助けを呼んだわ、もうすぐ来るはず」


僕「ああ、もうみんなが上がってきたーっ、囲まれてるー」


女子の前でわかりやすく狼狽える僕。


キスがうまいだけ男がこういうときにどれくらい役に立たないか、みなさんご存知なはずだ。


メ「これを使って!これをやつら目掛けてぶっ放して」


彼女は僕に光線銃みたいなのを手渡してくれた。


メ「“投げキス砲”よ。世界中のビッグアーティストの投げキスを詰め込んであるから効くはずよ」


僕「りょ」


僕らは奴らめがけて撃って撃って撃ちまくった。


映画の時の頼もしいのび太が通常回に間違って登場したみたいな暴れっぷりだ。


メ「もう大丈夫よ。すっかりファンになってくれたわ。もう邪魔はしないはず」


僕「おっしゃー」


僕らはボウリング場でデートする時みたいにハイタッチした。ひとつだけ言えるのはどんな場面でもいちいちそっち方向へ持っていこうとするのはダメな男なのです。


喜んだのも束の間。ズシン、ズシン、と足音を轟かせて、新たな強敵が現れた。


── 本社型ロボだ。


課長や、代表権の無い取締役がいっぱい頭の部分の操縦席に乗っているのが見える。


ズキュンズキュンと、問答無用で“本社の意向ミサイル”をぶっ放してきやがる。


危ない!


僕らはなんとかすんでのところで避け続けるも、もう限界だ。


すると彼女は今度はランチャーみたいなのを肩に担いだ。


メ「ちょっと離れてて、敵対的TOBームをお見舞いよ!!」


ぶっ放す彼女。


するとどうだろう、普段は弱いものの見方をしてくれない株主たちが集結して本社をボコボコにしてくれた。


損したくないという気持ちだと株主はなんでもするらしい。その力を応用した武器だ。


株主キック、株主パンチが決まる。


うずくまる本社。


さらにそれを起こして大株主ラリアット。


おーっと、筆頭株主シャイニングウィザードが決まった!


でたー!!物言う株主ムーンサルトプレス。


ワン!ツー!(めっちゃ悪徳レフェリーがためるやつ)スリー!!!


おっしゃー!


こうして本社は倒れた。


会社が誰のものかなんてどうでもよくなった。


僕とメゾン・ド・木村さんはまるでデートを重ねて、そろそろ的な感じの距離感だ。


嬉しさのあまり二人で抱き合って、ハッとして離れるやつをやる。ラブコメ賛成。


でもまだ見つめあったまま。


がぜん満点の星空が生きてくる。


メ「ねえ、あなたってほんとにキスがうまいの?」


僕「ちょうどお試し期間なんだ」


メ「うふふ」


彼女が目を閉じた。


まさかこんな展開でキスが頂戴できるなんて思わなかった。しかも彼女とだ。


僕も目を閉じて、全集中でキスをしようと顔を近づけた。


あともう少しのところで……


カチッという金属的な音がして、そのあと彼女が言った。


「動かないで」


僕は目を開けた。彼女はさっきの銃を僕に向けていた。


マイ、ガッ






                    つづく

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