第40話「ええ、石橋を叩いても渡らないくらいの慎重さが良いと思いますよ」

「2対120ですよ! 圧倒的に不利です!」

「たったおふたりで賊20名、ゴブリン100体以上を迎え撃つなど大変危険です!」

「無謀です! 命を投げ出すようなものです!」


などとアルバン・コルディエ農場長以下、牧場スタッフは猛反対。


何回か、やりとりはされたが……

ロックとグレゴリーが熱心に説得。


結局、提案は通り、ロックとグレゴリーのふたりが『夜通し待機』し、

牧場スタッフは全員、各建物に『籠城』する事となった。


まずは王都衛兵隊へ通報する為、魔法鳩便が放たれる事に。


これもロックから、ステイゴールドの第1号装備、

超魔法鳩召喚魔法杖を使い、王都衛兵隊への通報を提案。

通常の魔法鳩便よりも遥かに到着が早い上、今や馴染みとなった王都衛兵隊へ、

ステイゴールドからの方が「話がすぐ通る」と説得したのだ。


また賊どもが魔法鳩便が放たれるのを目撃したとしたら、

今夜、襲撃する可能性は更に高まるとロックは推測していた。


ちなみに万が一、魔法鳩便が妨害されたりしたら、

通常の魔法鳩便とは違い、超魔法鳩召喚魔法杖が赤く光り、異変を知らせるという。

やはりとんでもない優れものである。


そんなこんなで、魔法鳩便が放たれると、

ロックとグレゴリーは、少し早い昼食をふるまわれ、農場スタッフ全員と会食。


ちなみに……

ピオニエ農場では、3度の食事を本館の大食堂においてビュッフェ形式で摂る。

大食堂は、朝4時から夜22時までぶっ通し開いており、

農作業等々の合間にスタッフが食事を摂るのだ。


その後、現場の下見として、農場内を案内して貰える事に。


事前にルナール商会本店マティアス営業部長から、

ピオニエ農場の見取り図を貰っていたので、

要所要所を確認し、チェックを入れながら、歩いて行く。


案内役を買って出たのは、最初に誤解が生じた際にお詫びをした、

副農場長のテランス・ビゴーだ。


ロックは常にいろいろな可能性を考え、行動に移す。


今回もそう。


あまり考えたくはないが、万が一、農場スタッフの中へ賊への内通者、

つまり『裏切者』が居る可能性も考えた。


ロックはクランメンバー以外、手の内を明かしてはいない。


例えばだが、自分の行使する索敵にどこまでの効果効能があるなど、

他言してはいないのだ。


実は今や、ロックの索敵は相手の感情、虚偽等をおおよそ読み取る事が可能である。


ただ人の心を読むなど、あまり褒められた行為ではない。

なのでロックも普段、むやみやたらには行わないし、尚更言えない。

そんな人間が巷に居れば、敬遠される事が必至であろう。


しかし、背に腹は代えられない。


今回のような任務の際、内部に裏切者が居る居ないでは、

対応がまるで違って来る。


情報漏洩のリスクは著しく高まるし、

下手をすれば、背後から不意を喰らう攻撃を受ける場合もあるからだ。


もしもそうなったら命取り。

常識的に、とか、卑怯などと甘い事は言っていられない。


それゆえ、ロックはさすがに心の中までは読まなかったが、

スタッフ全員から悪意、虚偽の波動が出ていないかだけ、

食事を摂りながら、丹念にチェックをしていた。


……結果、幸いにも内通者は居なかった。

ホッと安堵したロックである。


という事で、笑顔のテランスも、裏表の全く無い笑顔を見せ、

誇らしげに、各畑を案内して行く。


併設された警報装置、罠も一緒に教えて貰う。


ちなみに獣、魔物に排除効果がある魔法札を貼った『大囲い』は、

人間には効果が弱い仕様らしい。

あまり強力な魔法札を貼ると、作業する農場スタッフへ悪影響が出るからだという。


そして、誤作動が多すぎる為、大囲いの警報装置は外してあった。


またすぐに修理可能なように、木製の防護柵にした事も、

破壊されやすくそれが仇となっていた。


上記の事が、賊どもの侵入を許し、付け込まれる要因となっていたのだ。


「ロックさん、グレゴリーさん、ここが麦畑、ウチの農場でも最大級の畑です」

「ここが、じゃがいもです」「ここが玉ねぎです」「ここが人参です」

「ここが、かぶです」「ここが、きゃべつです」等々……


そして……


「ここが昨夜、賊の被害のあったとうもろこしの畑です……」


テランスが最後に案内してくれたのが、柵が完全に破壊され、

実っていた、とうもろこしが強引にむしり取られた上、

散々、踏み荒らされ、無残な状態となったとうもろこし畑である。


「絶対に許せないっす!」


と怒りの表情を見せたのがグレゴリー。


「ロックさん! 俺、とうもろこし焼き、コーンスープなどなど、とうもろこし料理が大好きなんですよ! スタッフの方々が精魂込めて作ったとうもろこしを、しれっと横取りするなんて、思い切りぶっ飛ばしてやりたいっす!」


「まあまあ、賊どもは今夜にまた来るでしょうから、じっくりと待ちつつ、万全の準備をしておき、懲らしめてやりましょう、助さん、じゃなかったグレゴリーさん」


憤るグレゴリー、不敵な笑みを浮かべるロック。


張り巡らされたロックの索敵に、今のところ反応はナッシング。

まだ3㎞以内に、賊どもは居ない、という事だ。


しかし!

ロック達の実力、戦歴を知らないテランスは心配でならない。


相手は凶暴なゴブリン100体以上を押し立て、大胆に窃盗を働く無法者どもなのだ。


「ロックさん、グレゴリーさん。さっき我々が反対したように、無謀過ぎますよ。今、ここへ賊どもが来たら、一方的になぶり殺しにされます。本当におふたりだけで大丈夫なのですか?」


対して18歳のロックは泰然自若。

若輩らしからぬ落ち着き払った様子に、テランスは圧倒される。


「テランスさん」


「は、はい、何でしょうか? ロックさん」


「大丈夫ですよ。想像してみてください」


「そ、想像、ですか?」


「はい、俺達は王都からここまで4時間かけてふたりだけで来ました。当然ながら、途中、賊、ゴブリンが数多出ましたよ」


「で、でしょうね」


「しかし、ほら、全くの無傷なのですよ」


ロックとグレゴリーは、力を誇示するポーズを取った。

かすり傷ひとつないのは一目瞭然。

特にグレゴリーの肉体は、ほれぼれするような力強さだ。


「た、確かに! そ、そうですね!」


「はい! それに、俺達が無傷で戦った結果を知る証人も居ます。先ほど申し上げました通り、ここへ伺う道中、王都衛兵隊副隊長のブリス・エリュアール様以下の衛兵達に出張って頂き、捕らえておいた賊どもを、引き渡しましたので」


「むむむむ……ノーダメージのロックさん達がいかに戦われたのか、私には想像も出来ません。どうしても作戦は明かして頂けませんか?」


そう!

打つ合わせの際、ロックとグレゴリーは、ピオニエ農場側へ作戦を明かさなかった。


建物にこもり、守勢に徹してくれと告げたのみである。


「はい、申し訳ありませんが、味方と言えど、これ以上手の内を明かすと上手く事が運ばないリスクがありますから。……ただ様々な魔法を使うとは申しておきましょう」


「様々な魔法を、ですか?」


「はい! ちなみにゴブリンも、道中のべ100体くらい襲って来ましたが、全て威嚇し、うち数体はあっさり討伐。残りは一目散に逃げ去りました」


「………………………………」


きっぱり言い切ったロックの言葉を聞き、

渋い表情のテランスは何も言えず黙り込んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ざっくりとだが、広大なピオニエ農場全域の下見は終了。

ロック達の安否を心配し、相変わらず渋るテランスを送り届け、

しっかり施錠するよう、念押しし、建物内へ入って貰った。


そして索敵を張り巡らせ、安全を確認しながら、

チェックしておいた絶好の待ち伏せポジションを確保。

それ以外にも、臨機応変に動けるよう、

待ち伏せ場所をいくつかチェックしておく。


なんやかんやで、時間は午後4時過ぎ……陽は西にあり、沈みつつある。


ロックとグレゴリーは改めて身支度し、賊襲撃のシミュレーションを行う事に。


「グレゴリーさん! 良いですか? 夜間の防寒も兼ね、既に着用している超魔導革鎧の上から、各自、第2号装備、超魔導隠形ポンチョを着用します。初めての使用です」


「了解です! ロックさん!」


「では、出します!」


と、空間魔法で取り出した目立たない保護色たるアースカラーの、

超魔導隠形ポンチョを羽織る。


補足しよう。


そもそもポンチョは、異国から流入した、

布の中央部分に穴を開けて首を通して着る、貫頭衣のような外衣だ。

通常着衣の上から防寒・防風の為に着用。

主に毛織物などで作られ、撥水性・断熱性に秀でている。


超魔導隠形ポンチョはウスターシュが付呪エンチャントした、

99%魔力波動を遮断する隠形、そして防御魔法も加わり、

敵から身を隠したり、身を守る効果もある優れもの。


先述したが、色も目立たない保護色のアースカラーで、

今回の夜通しの番にはぴったりの付呪エンチャント魔道具なのである。


「うお! この超魔導隠形ポンチョは羽織ると温かい! そして凄く軽いっす!」


「ですね! これは思っていた以上に使えますよ!」


とグレゴリー、ロックも大満足。


「よし! 続いて、第1号装備、超魔導夜間兼用望遠鏡も使用します!」


「了解っす! 夜間でも昼間のように視認出来ますし、ロックさんの索敵と合わせれば、悪さをしに来た敵の存在はまる分かりっすね!」


「グレゴリーさん」


「はい、何でしょう、ロックさん」


「状況を整理しますね」


「お願いします」


「はい! こちらは超魔導隠形ポンチョで、発する魔力波動を99%遮断する隠形効果で気配を消し、更にはこまめに移動もしますから、相手に所在はほぼ、つかませない」


「ですね!」


「一方、相手はというと、こちらの索敵と超魔導夜間兼用望遠鏡で所在がはっきり分かり、無防備な姿はまる見え。俺のイージーモード遠距離魔法射撃の狙い撃ちOKで、単なる的と化します」


「ロックさんのおっしゃる通りです」


「ただ、敵が同じような超魔導夜間兼用望遠鏡を使用していたりする場合もありますし、攻撃魔法とか、夜間でも使用可能な魔導弓とか、飛び道具などにも一応注意は必要です。なので臨機応変に対処出来るよう、事前に俺が索敵で奴らの構成や武器などを把握しますよ」


「お願いします!」


「はい、ですから、2対120で圧倒的に不利だ、危険だ、命を投げ出す、無謀だとか言われても、万全に対策を立てているので、こちらは無理をしている気が全くしない。まあ常識的に考えれば、そうなんでしょうけど」


「同意です」


「まあ、過信や油断は絶対にしませんけどね」


「ええ、石橋を叩いても渡らないくらいの慎重さが良いと思いますよ」


「あはは、その通りですね!」


「まあ、冷静沈着なロックさんならば俺は安心ですが」


「いえいえ、グレゴリーさんのおっしゃる通り、石橋を叩いても渡らないくらいの慎重さで行きますよ」


ロックはそう言い、柔らかく微笑んだのである。

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