第40話 寄宿舎

「あのー」


 朝、キャリーケースのコロが鳴り響き、寄宿舎にさわちゃんが姿をあらわす。


「あぁ新人の子ね。おはよう」


 ロビー側の小窓で確認した女将さんが、部屋を出て来る。


「おはようございます」


 ペコッと、頭を下げるさわちゃん。


「あなたの使う部屋まで、案内するわね」


 そう言うと、廊下をスタスタと奥へ歩きだす女将さん。


「はい。お願いします」


 廊下に、コロの音が鳴り響く。


「それと、お客さんが来ているから、すぐに降りて来てちょうだいね」


 階段をのぼりながら言う女将さん。


「お客さん。って誰ですか?」


 キャリーケースを1段ずつ上げながら聞くさわちゃん。


「テレビ局の人みたい」


 踊場に立ち止まって、少し上を見る女将さん。


「えっ!? そうですか………」


 つい先日に、ミキハちゃんを特集した映像を思い出すさわちゃん。

 楽しみという反面、コワいなとも感じる。


「うん、お願いね」


 2階から、見下ろす女将さん。


「はい」


「それじゃあ、部屋はココ」


 部屋の前に立ち止まり、おもむろにドアを開ける女将さん。


「わっ」


 狭いけど、思ったよりキレイな部屋だ。調度品も、買ったばかりのように光っていて、ベッドには、真新しいかと思うほどのシーツが敷いてある。その上の掛布団も、フカフカになっている。


「トイレは各部屋にあるけど、お風呂は共同ね」


 設備の説明をする女将さん。


「そうですか」


 共同のお風呂というワードが、良いイメージのわかないさわちゃん。


「24時間お湯に入れるけどー、夜中の3時から4時まで清掃するからー、それまでに入ってね」


 どうやら、その時間は誰も行かないようだ。


「はい、わかりました」


 少し、窮屈さを感じるさわちゃん。


「下で、待ってるからね」


 そう言うと、そそくさと部屋を出る女将さん。


「はい」


 ドアが閉まるのを見てから、振り返って窓の外を見る。


「ここが、あたしの部屋」


 少し、ベッドに腰掛けて、部屋を見回すさわちゃん。


「あっ、降りて来た」


 ロビーに、女将さんと男二人が立っている。


「お待たせしました」


 さわちゃんが、そう言うと、


「あっ、こちらテレビ局の───」


 右手を上げる女将さん。


東風コチテレビです」


 名刺を、差し出すディレクターの男。


「あっ、はい」


 両手で、受け取るさわちゃん。


「詳しい話は、こちらで」


 ディレクターの男が、応接室を指して言う。


「立ち話も、なんですから」


 ADの男も、うながすようにさわちゃんの背後に回る。


「わかりました」


 応接室に入る三人。


「この度は、トーナメント戦の勝利、おめでとうございます」


 祝辞を言うディレクター。


「わっ、ありがとうございます」


 ソファーに、座ったまま頭を下げるさわちゃん。


「これ、お土産です。お受け取りください」


 ディレクターが紙袋をテーブルに置く。


「すいません、わざわざ」


「いいえぇ。それでーですね」


 ニヤリと笑うディレクター。


「はい」


「さわさんのご活躍を、ドキュメンタリー映像として、記録させていただいてですね、ぜひとも番組内で、放送させていただきたいなと、思っている次第でして───」


 とうとうと、説明するディレクターに対して、


「あの」


 口を開くさわちゃん。


「はぃい?」


 笑顔のまま、首をかしげるディレクター。


「ちょっと、困るっていうか」


 苦笑いするさわちゃん。


「そうでしょう、そうでしょう。え?」


 驚いた表情を見せるディレクター。


「あまり、慣れていないと言うか」


 ぼんやりと言うさわちゃん。


「あー、緊張なさいますか?」


 撮影が、不慣れだからかと思うディレクター。


「………はい」


「大丈夫、大丈夫。そう気負わず、軽い感じで」


 両肩を、回すディレクター。


「部屋とかも、撮影するんですか?」


 部屋は、撮られたくないさわちゃん。


「い、イヤ、部屋はやっぱ難しい感じですか?」


 あせるディレクター。


「唯一、本当の自分に帰れる場所なので」


 つい、本音が出るさわちゃん。


「あっ、ちゃんと契約書に、部屋には入らないと書いておけば、入ったりしないのでね、その辺の心配は、必要ありませんので」


 ディレクターが、ADの顔をチラッと見ると、ADが立ち上がって応接室を出る。


「そうですか」


 うーんと、悩むさわちゃん。


「はい。じゃあ、オッケーということで」


 紙をテーブルの上に置くディレクター。


「………はい」


 しぶしぶ納得するさわちゃん。


「それじゃあ、さっそく回しちゃうので」


 気が早いディレクター。


「あっ、着替えた方がイイですか?」


 と、聞くさわちゃん。


「いや、出来れば自然体でいるところを撮りたいです」


「自然体………」


 ドキッとするさわちゃん。


「そう」


 にこやかなディレクター。


「ですか」


「セッティング終わりました」


 ADが、応接室まで戻って来る。


「えっ、もう撮影が始まっているんですね」


 さわちゃんが聞くと、


「そうそう。編集でボクらはいない事になっているけど、キミがここに来るところから撮っているから」


 今朝から、ちゃっかり撮っているディレクター。


「えっ。じゃあ、今って独り言を言っていりゅってことですかっ?」


 口を、押さえるさわちゃん。


「まぁ、そうなるかな」


 腕組みして、のけ反るディレクター。


「うぇ。ってか、今朝から撮っていたんですね」


 やっと気付く。


「どう? わかんなかったでしょ」


 ニヤリと笑うディレクター。


「ですね」


 やられたと笑うさわちゃん。


「まぁ、リラックスしていきましょう。我々が、ここに居られるのは20時までで、明日からここは、関係者以外の出入りが出来ないから」


 と、説明するディレクター。


「えっ、そうなんですか?」


 ずっと、無人で撮られるのを防犯カメラのようでコワいさわちゃん。


「そう。レースが終わったら、機材を回収して、それでとりあえず終わりだから」


 軽い感じで言うディレクター。


「それまで、ずっと撮りっぱですか」


 と、さわちゃんが聞くと、


「そうそう」


 ウンウンと、うなずくディレクター。


「はぁぁ」


 イヤだなと感じるさわちゃん。


「気にしなーい、気にしなーい」


 顔の横で、両手を振るディレクター。


「わかりました」

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