第11話 VRシミュレータ

「やっぱり、捨ててなかったんですね」


 アファエルの部屋に入るさわちゃん。

 プリムちゃんの服を借りて、上着はTシャツ、下はショートパンツと、ラフな格好に着替えた。

 彼女の目線の先には、大きめのオフィスチェアのような装置があり、VRヘッドギアがホコリをかぶっている。


「………あぁ」


 アファエルには、察しがついたみたいだけど、わたしにはわからない。

 ことの成り行きを見守る。


「やっぱり、まだ諦めてないんでしょ?」


 なじるような視線で、アファエルを見るさわちゃん。


「一式そろえるのに、いくらかかったと思ってる。捨てるに捨てられないよ」


 値段が高かったから、手放せないと言うアファエル。


「へぇ~。ネットで売る方法も、あったでしょうに」


 イスのところに、普通とは逆に跨がるさわちゃん。


「まぁな。っておい、使う気か?」


 スッポリと、ヘッド・マウント・ディスプレイをかぶるさわちゃん。


「もちろんよ」


 キョロキョロして、中の景色を見ようとするさわちゃん。


「それなら、電源が入ってないから」


 腕組みして、様子を見守るアファエル。


「ねぇ、早く。入れてー」


 お尻を振るさわちゃん。


「それ、かぶったままで入れるのか?」


 一応、注意する。


「イイでしょ? ねぇ、入れてよ」


 駄々っ子のように、体を上下するさわちゃん。


「知らねぇぞ」


バツン


「ひゃああっ」


 アファエルが電源を入れると、さわちゃんの目の周りから、強い光が漏れる。


「大丈夫か?」


「うん、平気。入ったわ。一瞬、視界が真っ白になったから、イッちゃったかと思った」


 半笑いのさわちゃん。


「イクって、どこにだよ」


天国ヘヴンに」


 ニヤニヤと笑うさわちゃん。


「ハッ!? 地獄ヘルの間違いじゃねぇか?」


 苦笑いするアファエル。


「アハッ、そうかもね」


 屈託なく笑うさわちゃん。

 さっきまでの雰囲気とは、大違いだね。


「やりたいのか?」


「もち、そうよ。とりま鈴鹿サーキットね」


 さわちゃんの見ている景色が、隣にあるテレビ画面に映し出される。

 その画面を見ているだけで、酔いそうなわたし。


「メーカーの、テストコースだけあって、ここは迷路みたいなアジリティにはなっていない。初心者向けの良いチョイスだ」


 アファエルの追っかけをしていたわたしは、何回か見に行ったことあるコース。


「でしょー。実は前に一度、同じようなシミュレータをプレイしたことがあって」


「あー、それで」


 どうやら、もう経験済みみたいね。

 わたしはこの装置が、ただのゲーム機に見えたわ。


「そうそう。じゃあ、始めるわ」


「どうぞ」


 ニヤリと、笑うアファエル。


「わっ、なにコレ! 振動!」


 ビックリした声を出すさわちゃん。


「おどろいたろ。忠実に再現されているよ」


 装置全体が、ブルブルと振動している。


「本物って、こんなにバイブするんだ!?」


 声も、震えている。


「本物は、こんなもんじゃないぞ。もっと、ダイレクトに、内臓にバイブスがズンズンくるよ」


 それ見たことかと、笑いだすアファエル。


「えっ!?」


「なにせ、20万馬力のロケットエンジンを、2本抱いて飛ぶんだからな」


 ドヤ顔をするアファエル。

 残念ながら、さわちゃんには見えない。


「あ゛ああああああ」


「しんどいか?」


「い゛え、だいじょうブ!」


「大丈夫そうには、見えないがな」


「わたくし、この程度ではメゲませんわぁぁぁあ」


 なんだか、やせそうな装置ね。

 わたしも、ちょっと乗ってみようかしら。


「おい、コンピューターは、スタートしてるぞ」


 いつの間にか、スタート地点に置いてきぼりのさわちゃん。


「わかってりゅ」


 口調が、なにやら怪しい。


「おー、やっと出たか」


 ゆっくりではあるが、前に進んでいる。


「わ゛ー、イッてるー」


 なんだか、うれしそうなさわちゃん。


「おい、しゃべりながらとは、余裕があるな。舌を噛むぞ」


 かなり、強めに言うアファエル。


「あー、ぶつかってくるなぁ!」


 周回遅れとなって、横を速度400キロの塊が、ぶつかりながら通りすぎていく。


「どうだ、接触感知モーションも搭載されているのだよ~」


 鼻を鳴らすアファエル。


「わー、地球が、回るぅ~」


 あえなく、大回転しながら落ちていく機体。


「チッ。地面に接触したら、ペナルティだぞ」


 姿勢制御装置によって、大クラッシュはしなかったが、


「あれ、飛ばなくなっちゃった?」


 地面には、接触してしまった。


「落下時に、エンジンを破損して、セーフティーモードになったんだよ」


 全く、浮き上がらない。


「なーん。もう1回」


「もうイイだろ。向いてないよお前」


「やる。絶対やってやる」


「ハイハイ」


 頭を、左右に傾けて、聞き流すアファエル。


「むぅ」


「そんなに、ムキになるなって。時には、冷静に相手にぶつけて、スピンさせなくちゃ逆にやられる」


 勝ち方のコツを教えるアファエル。


「なにそれ」


 頭からHMDを外して、アファエルの顔を見るさわちゃん。


「そういう異世界なんだよ」


「えっ」


 わたしも、何回となくレースを見たけど、そんなにコンタクトしてたんだね。


「デュアルを制する。それを意識して飛ばさないと、真っ直ぐ飛ぶことも出来ない」


「なるほど、そうなのね」


「じゃあ、もうやめ───」


 そう、アファエルが言いかけると、


「面白いじゃないの。やってやる。蹴落としてやるわ」


 足を、ポーンと蹴り出す。


「蹴落とすって」


「なによ?」


「機体同士の接触はありだけど、蹴ったり殴ったりしたら、反則だからな?」


 手で、バツを出すアファエル。


「なにを~ッ」

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