2 当てのない職探し
「
「はいはーい、銘柄はいつものでいい?」
「あぁ、頼むよ」
雑貨屋の出店の子、メルシーとそんなやり取りをして、一息つく。
とりあえず仕事を探そうと中央広場に来た俺は、ひとまずいつも利用している雑貨屋に行って、切れた魔草巻の買い足しをしていた。
『魔草巻』というのは、細い葉巻のような見た目をした、魔力補充用のアイテムだ。
魔力がこもっている植物を燃やして、煙として吸うことで自分に魔力を取り込むことが出来る。
手軽だし、葉巻と違って身体に害があるわけでもないので気に入っているのだが、見た目が似ているものの宿命か、最近の嫌煙の風潮に晒され、世間からの風当たりは強くなる一方だ。
まあ実際、葉巻と同じように煙は出るわけなので、マナーやエチケットを守らなければいけないのはその通りだが。
「毎度どうも! じゃあ銅貨4枚ね」
いつも通りの快活な笑顔で、メルシーは俺に魔草巻の箱を差し出してくれた。
ありがとう、か……考えてみれば『ありがとう』なんて、何か買ったとき以外に言われたことないな。
……いかんいかん、ネガティブになると余計なことまで考えてしまう。
とりあえず一服して、気持ちを切り替えよう。
そう思いながら、俺は銅貨を店員さんに渡してから、上着のポケットに魔草巻を入れた。
さて吸える場所はどこだったかな、と……。
「……ん? なんか、やけに人が多いような」
ふと辺りを見回してみると、いつもの倍以上はあろうかという人の群れが、中央広場を埋めていることに気づいた。
いや、それどころかよく見ると、あらゆる方向の路地からまだまだ集まってきている。
今日はお祭りか何かあるのだろうか?
「え、レン知らないの? 今日は勇者様が帰ってくるんだよ」
と、俺が呟いた疑問に、メルシーが答えてくれた。
勇者って、確か……。
「ああ、そう言えば最近、勇者が魔王の幹部を一人倒したって聞いたな。その勇者様かい?」
「もう、レンは世間に疎すぎるの! 憧れの勇者様を近くで見れる日なんて滅多にないんだから、もっと喜ばないと!」
なんてことを言いながら、彼女はキャーキャーとはしゃぎだす。
そういえばこの子は、勇者のファンだったっけか。
非常にざっくばらんな説明にはなるが、この世界はずっと昔に、『魔王』っていうすっげえ強い人類の敵みたいなやつが現れて、そいつが魔物や魔族を生み出して世界を征服しようとしてる。
で、人類もそりゃ困るよってんで、十数年に一度、魔力とスキルに特に秀でた人間を『勇者』として選出し、選りすぐりのパーティーメンバーをつけて、魔王討伐へと向かわせてるって話だ。
軍隊を派遣せずに、わざわざ少人数で魔王に挑ませるのがよくわからないが……。
まあ、そこには俺みたいなのには考えつかないような、お偉い人の画策があるのだろう。
「しかし、なんでまたその勇者様が戻ってきてるんだ?」
「うーん、確か……なんか無法者集団を取り締まりに、協力するためだとか」
「勇者の仕事なのか、それって?」
「知らないよそんなの。勇者様が来てくれるんなら何でもいいじゃん……わぁ、来た!」
と、メルシーがぴょんぴょんと跳ねて、広場の方を見る。
それと同時に、ワッと歓声が沸き起こった。
どうやらお出ましのようだ。
「勇者様ー!」
「リエスタ様ー!」
歓声のする方に俺も目を向けると、なるほど確かに、人混みの合間から『勇者リエスタ』が見えた。
プラチナのような長髪に、人当たりのよさそうな整った顔。戦いで汚れてなお清廉さを感じさせる、純白の戦装束。
そんな可憐な少女が、パーティーメンバーであろう仲間たちを引き連れて、観衆に笑顔で手を振っていた。
人類の中でも特に多彩で高度な魔法とスキルを使える、エリート中のエリート。
比べるのもおこがましいくらい、俺とは正反対の人間だ。
にしても、どんなゴツイのが現れるのかと思ったら、まさか勇者があんなきれいな女の子だとは……。
なるほど、ありゃメルシーもファンになるわけだ。
「ごめんレン! 私もっと近くで見に行きたいから、一瞬だけ店番お願い!」
「え? あ、おいちょっと!」
噂をすれば何とやらなのか、当のメルシーがそんなことを言ったと思いきや、俺の返事を待つこともなく、彼女は電光石火のごとく人混みに紛れていった。
うーむ……まぁ、別にいいか。滅多にないこの機会、彼女だけが勇者様を見れないなんて言うのも、酷な話だろう。
「ふぅ……もう、仕事どうしようかなぁ」
ポツンと暇ができると、やはり頭の中はそのことでいっぱいになってしまう。
そう、何にしたってこちとら絶賛
とても今は、勇者様のことで盛り上がれる気分にはなれない。
仕事、仕事なあ……。
正直、全く見つかる見込みもないし、いっそのこと諦めてしまいたい。
とは言え金は必要なわけで、このままじゃそう遠くないうち、魔草巻までろくに買えなくなってしまう。
あぁもう! いっそのこと何でもいいから、俺でもできる仕事ってどっかにないもんだろうか?
こう、街を見渡してみたらその辺に転がってましたなんて言う、都合のいい話が少しくらいあっても――。
「……ん?」
なんてことを思いながら街を見渡すと、妙なものが映った。
路地裏に、柄の悪い男が二人と、そいつらに絡まれているような人影がひとつ。
あれは……女の子か。
華奢な身体を包む灰色のストールに、ウェーブのかかったセミロングの黒髪。
そして、それらとコントラストを織りなすような、キレイな白肌。
不思議な印象の子だ。
線の細い、どこか浮世離れしているような。
「いい加減にしろよテメェ!」
と、この混雑の中でも聞こえるくらいの怒号で、男の一人が叫んだ。
「何が約束の金額と違うだ! テメェみたいなクソガキに払ってやっただけありがたく思えや!」
「……あぁそう、わかったよ」
すると、女の子の方も言い返しているようだった。
男とは対照的に淡々と喋っていて、こちらの声はあまり聞き取れそうもない。
「払わないならそれでいい。アナタたちがクソガキの駄賃ひとつまともに払えない、素寒貧の間抜けだって評判が、街中に流れるだけだから」
「なん、だとッ……クソガキ!」
すると、女の子の一言がよほど癪に障ったのか、男は女の子の胸ぐらをつかみ、勢いよく拳を振り上げる。
ま、不味いんじゃないか、あれ?
誰か助けてやって……ダメだ、どいつもこいつも勇者に注目して、気づいちゃいない。
「ッ……あぁクソ! 今日は厄日だ!」
買ったばかりの魔草巻の箱から、二本取り出す。
もったいないがしょうがない。
急いで魔草巻を丸めて、右手にセット。
構えて、よく狙う。
「バレるなよ……」
バンッ。
乾いた破裂音は、けれど歓声の中に消えていった。
「上等だ! だったら口きけなくなるまでぶん殴ってハァン!?」
男は何か言い切る前に、俺が発射した魔草巻が頭部に命中した。
男が勢いよく吹っ飛び、倒れる。
「き、兄弟ぃー!? て、てめぇファニ! 一体何しやがバハァッ!?」
すかさず、仲間であろうもう一人に発射、命中。
先の男に重なるように、そいつもぶっ倒れた。
数秒経っても、男たちがその場から立ち上がる気配はなかった。
よかった、狙い通り、何とか気を失ってくれたようだ。
……本当に気を失っただけだよな?
魔草巻は柔らかいし、威力が弱まるよう調整したから大丈夫だとは思うけど。
と、思ったその瞬間。
「え、あ……」
と、黒髪の女の子が、俺を見た。
その驚いたような顔と、バッチリ目が合ってしまう。
……うそ、てか気づかれてる? こんなノータイムで? そんなことある?
「レンごめーん、店番ありがと。いやぁやっぱ生勇者様サイコーだよぉ!」
と、タイミングよく、本当にタイミングよく、メルシーが出店に戻ってきてくれた。
「ああよかったね、じゃあ俺急いでるからまた!」
「えぇ~もっとリエスタ様の話聞い……あ、ちょっと!?」
メルシーの呼び止めを全力で振り払い、俺は足早にその場を去る。
極力黒髪の子の方を見ないようにしなければ。
と、俺は勇者様ご一行がいる方に顔を向けた。
……あれ、勇者もなんかこっち見てない?
いやいや、あの勇者様が俺みたいな木端、認識すらしないだろうよ。
気のせいか?
気のせいだよね?
気のせいだ。
俺は必至で自分に言い聞かせ、中央広場を後にするのだった。
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