底辺魔法使いはもう我慢しない ~『物をはじく』だけのハズレ魔法しか使えなくて追放されたら、なぜか危ない女の人たちに狙われてる件~
生カス
1 ギルド追放
「……
昼下がりの、荒くれの冒険者たちの喧騒で賑わっているギルドの中。
俺は職員から聞かされたその言葉を、思わずオウム返しに呟いていた。
「一言で言ってしまえば、その通りです、レン・ユーリンさん」
そんな俺の様子を微塵も気にしていないように、目の前にいるギルドの女性職員は、淡々と俺の名を呼んだ。
「本日を持ちまして、貴方はこの冒険者ギルドから追放処分となることが決定いたしました。こちらとこちらに署名していただいたあと、ライセンスを返却して――」
「ち、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
急に言われてまだ整理できてないのに、そう矢継ぎ早に進められても困る。
そう思って待ったをかけたわけだが、すると職員は、面倒くさそうに俺を睨んだ。
「はぁ……何か?」
露骨に嫌そうなため息を吐かれ、内心焦る。
相当嫌われている故か、この職員、他の人には普通に愛想よく接しているのに、俺にだけは酷く塩対応なのだ。
ただ、ここで気圧されるわけにもいかず、俺は何とか口を開く。
「き、急に追放と言われても困りますよ……そもそも理由は何ですか?」
「……わかりませんか?」
心底呆れたような目で俺を見る職員。
いろんなところで、いろんなやつから、散々向けられた目つきだ。
「お前が魔法もスキルも使えない、度を超えた無能だからだよ」
すると、後ろから突然、そんな声が聞こえた。
この声は、知ってる。聞くだけで憂鬱になる。
恐る恐る振り向くと、案の定そいつはいた。
両脇にパーティーメンバーである女の子たちを抱え、俺を見下ろしていた。
「クライン、さん……」
クライン・レオーネ。
かつて所属していたパーティのリーダーで、このギルドではトップの功績を誇っている高ランク冒険者でもある。
戦闘に役立ついろいろなスキルをバランスよく使え、仲間内でも上々の評判であるこの男。
しかしながら、少なくとも俺にとっては、彼は良い人物とは言えなかった。
会うたびに人格否定や誹謗中傷のオンパレードを言い放つのは当たり前。
何か嫌なことがあったら八つ当たりに殴るわ蹴るわ。それが終わってスッキリしたと思ったら、ボコられた俺の姿をパーティーメンバーと一緒に嘲笑ったりと、生粋のサディストだった。
それでも生活費を稼ぐために甘んじて受け入れてたのだが、契約当初に約束していた賃金を滞納され、それで催促しに行ったら『魔法なしスキルなしの無能に払う金なんかねえよ』と言われた。
それを皮切りに、嫌がらせのように未払いが何か月も続いたので、辞めざるを得なくなった。
更に言うと、契約した料金の未払いについてギルドに相談したところ、まともに取り合ってもらえず、俺は泣き寝入りする羽目になってしまったのだ。
そんなトラウマもあって、出来ればこの人に会わずに済ませたかったのだけれど。
「……何の御用で?」
「はぁ? なにその態度、クラインがアンタなんかに用があるわけないじゃん。たまたまアンタがいただけだから」
「無能力者なのに、プライドだけは一丁前なんですね~」
俺の問いに答えたのはクラインではなく、両脇にいる女の子たちだった。
「いやいや、待てよ、全くの無能力者ってわけでもねぇ……そうだ、たったひとつだけ魔法が使えたよな、お前?」
と、クラインはニタニタとバカにするように笑って、続けた。
「確か、『物をはじく魔法』だっけ? いやぁ、すごいすごい」
「え、それってあれじゃん? 二歳か三歳くらいに勉強する、誰でも習得できるやつじゃん。手のひらサイズの小さいものをちょっとだけしか動かせない、あの」
「懐かしい~それ私もやったことあるよ~。手でやった方が早いじゃんってくらい、役に立たない魔法だよね~?」
クラインと女の子たちはそう言って、可笑しそうに笑いだした。
ふと前を振り返ると、職員さんもつられて笑いそうになっている。
「プッ……クラインさんの仰る通り、ハッキリ言ってレンさんの能力は、ギルドとの雇用形態を維持するには、あまりに――失礼、
「で、でも俺、『物をはじく魔法』だったら誰よりも上手く使えます! これだけは自信あるんです! 無詠唱で誰よりも早く発動できるし、押す力も方向も、誰よりも正確にコントロールできます!」
このまま追放になったらそれこそ路頭に迷ってしまう。そう思って俺は必死に、自分ができる唯一の魔法をアピールしてみる。
「……はぁ」
だがそれも空しく、職員から聞こえてきたのは、そんなため息だけだった。
「お前さあ、そんな幼児のお勉強用魔法が上手いからって、マジで役立てるとか思ってるわけ?」
そんな職員の呆れを代弁するかのように、クラインは俺に言ってきた。
「ほ、本当です! 実際俺、クラインさんのパーティーにいたときも、何回かこの魔法で魔物を倒して――」
「いい加減にそのくっだらねえ嘘辞めろや!」
クラインは急に俺の胸ぐらをつかんで、声を荒らげた。
「ぐッ……!」
息が、苦しい。
「この際だからハッキリ言ってやる。役立たずで無愛想で気も利かねえ、おまけにそんなつまんねえ嘘を吐くようなやつ、ギルドにいるだけで迷惑なんだよ!」
「魔物を倒したって……どうせクラインと私たちが戦ってるところに、役に立たないその押し出し魔法かけたってだけでしょう?」
「それで自分が倒した気になってるって……救いようのないクズだね~」
クラインと女の子たちは、イラついたのだろうか、そんな言葉を俺に浴びせる。
それに俺は、つい口を噤んで、何も言えなくなってしまった。
ふと周りを見てみると、いつの間にか他の冒険者たちも、こちらを注目していた。
俺を見てクスクスと嗤うもの。
そうだそうだ、とヤジを飛ばすもの。
……そして、こちらをゴミを見るような目で見つめるもの。
人付き合いも苦手で、仏頂面で無能。そんなんだから嫌われているとは思っていた。
だがまさか、ここまでだったとは。
察しの悪い俺でも、気づかざるを得なかった。
「クラインさん、お気持ちはわかりますが、ギルド内での騒ぎは……」
「おっと、失礼」
職員に言われ、クラインは笑顔で俺の胸ぐらを離した。
しまっていた喉に空気が入り、思わずえずく。
「ま、パーティーメンバーにムカつかれすぎて殺される前に、辞めれてよかったんじゃねーの?」
「ホーント、職員さんに感謝しなきゃね」
「じゃ~ね~、もう顔見せないでね~」
クラインたちはそんなセリフを吐いて、盛り上がっている他所の冒険者たちの輪に入っていった。
冒険者たちは、クラインたちを温かく出迎えていたのが見えた。
「さて……これで追放の理由はわかっていただけたでしょう? ではレンさん、手続きをしてください」
クラインが離れた途端、酷く事務的な態度に戻る職員。
それをトドメに、俺はもはや、抗う意思を失ってしまった。
「……はい」
ただそれだけ言って俺は、追放処分の書類にサインをした。
この日俺は、冒険者をクビになったのだ。
「はぁ……どうすりゃいいんだ……」
ギルドを追放され、晴れて職なしとなった俺は、街道のベンチでうなだれていた。
晴れ渡った天気も、過ごしやすい気候も、今は余計なお世話にしか思えない。
「次の仕事を探さなきゃ……」
なんて自分に言い聞かせるが、雇ってくれる当てなど、あるわけもなかった。
どんな職業でも、何かしらそれに応じた『スキル』や『魔法』が必要になってくるからだ。
この世界は、何かにつけスキルと魔法だ。
二つのどちらかが使えなければ、働くことはおろか、日常生活すらままならない。
普通の人はどっちかひとつを突出させたり、両方をバランスよく鍛えることで、それを活かして生活している。
『鍛造スキル』を特化させて鍛冶屋をやっていたり、『調理スキル』と『炎魔法』を使い分けて料理人になっていたり。
だが、どちらにも当てはまることは、皆ある程度のレベルのスキルや魔法を複数使える、という点だ。
俺には、それができない。
みんなはできるのに、俺だけが。
「クソ……」
自分の現状を改めて思い出し、そんな悪態を呟いてしまう。
そう、俺が使えるのはただひとつ、何の役にも立たない魔法だけ。
『物をはじく』魔法だ。
さっきのクラインの連れが言っていた通り、二歳くらいの子供が魔法の勉強をしだすときに、最初に学ぶような初歩中の初歩の魔法。
手が触れるような至近距離まででしか使えず、生き物や大きいもの、重いものには使用できない。
効果も、物体を魔力と反発させて、少しだけ動かすという、それこそ手で持ったほうが早いような、実用的な使い道なんて全くない勉強用の魔法だ。
しかも、俺だけが使える魔法ってわけでもない。いやむしろ、この魔法を使えない奴なんていないだろう。
この魔法が使えますと宣うのは、つまるところ『僕は息ができます』とアピールしてるようなものだ。
そんなものでこの魔法スキル至上主義の社会で生きていくことなど、到底できるはずもないのだ。
たとえこれひとつで、いくら魔物を倒せるとしても。
「……そういえば今日は、人がいないな」
ふと辺りを見回し、周囲に全く人がいないことに気づいた。
ただでさえ人通りが少ない街道だが、全くの無人というのは珍しい。
落ち込んでしたばかり見ていたせいか、気づくのが遅れていた。
これは……。
久しぶりにちょっと、
「よし、気分転換にやるか」
そう言って俺はベンチを立って、小さい石ころを拾った。
うんうん、ちょうどいいくらいのサイズで、先端も尖っている。いい形の石だ。
石ころを持って、ほんの少しだけ移動する。
すると前方向、およそ400メートル先に、廃墟となった民家の石壁がある。
ただ普通と少し違うのは、その石壁には、弓の訓練で狙うようなマークが描かれ、さらには無数の穴が開いてしまってボロボロというところだ。
と言っても、これをここまでボロボロにしてしまったのは、他でもない俺だが。
最近、憂さ晴らしに『チャレンジ』をしすぎた弊害だろう。
『チャレンジ』の内容は、至って簡単だ。
400メートル先のあの石壁に、『物をはじく』魔法で、マークのど真ん中に穴をあける。
それだけのシンプルな遊びだ。
「さて」
そう呟いて、配置につく。
右腕を前に出し、人差し指と中指を伸ばし、薬指と小指をたたむ。
ちょうど、二本の指で指さしポーズをする感じだ。
親指と人差し指を使って、手の中に石ころを挟む。
そして、石を回転させながら押し出すイメージで魔力を込めつつ、壁を狙って……。
「いけ」
バンッ。
そんなオノマトペで表せるような、乾いた破裂音があたりに響いた。
そしてほぼ同時に聞こえた、甲高い、遠くの石壁が砕ける音。
当たった。
「……さて、どうかな?」
今日は上手くいったんじゃないか?
そんな期待を胸に、壁に近寄って、確かめてみる。
「よっし!」
今日は新記録だ。
今までで一番大きな、向こう側まで見えるような穴が、マークのど真ん中にできていた。
誰でも使える『物をはじく』魔法だが、ついに400メートル先から狙えるくらいには、正確に石壁を貫通できるくらいになった。
魔物だって、Sランククラスの個体でも、頭部にこれを当てたら一発で倒せたこともあるし、このままいけば攻撃魔法として使えるんじゃないか?
「……て、そんなわけないか」
自分がさっき言われたことを思い出し、舞い上がっていた気分が、一気に落ち込む。
この魔法は誰だって使えるのだ。そのうえで攻撃魔法に転用して、俺みたいに使う人を見たことがないということは、きっと役に立たないということなのだろう。
そうだ、こんなことしている場合じゃない、仕事探さなきゃ……。
そんなことを思いながら、俺は手を振って、指についた煙を消した。
ほんのりと香る焦げ臭さが、今だけは俺を慰めてくれているように思えた。
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