第5話


 怒号が聞こえる。

酷く醜い罵詈雑言。ガラスの割れる音が、鈍くぶつかったような音が、小さく呻く声が聞こえる。あぁまたこれか、と目を瞑る。耳を塞いで自分の世界に閉じこもる。


幸福だった頃のことを思い出す。楽しいことだけ考える。そうすればこの苦しさも紛れてくれる。私は微塵も痛い思いをしていないのに、聞いているだけで酷く胸が苦しくなる。


私は何度も祈る。早く終わるようにと。何秒か何分か、何十分かもしれない程の時間を祈った。あれほど響いていた怒号が消え、辺りは静寂に包まれる。


おもむろに顔を上げると、目の前に父親がいた。目を吊り上げ、怒りで肩を震わせている。今まで私に興味なんて示さなかったのに。なぜ今になって?そんなことを考えていたからか反応が遅れた。大きく冷たい手が首にかかる。


「〜!!〜〜〜!」


「!!!〜〜〜〜?〜〜〜〜!!」


 何を言っているのか分からない。なにか怒っているのはわかる。けれど聞こえない。耳鳴りのように音が遠くにある。でも、怒っているのならそうするべきだろう。


「ごめんなさい」


そう呟く。何に対してかはわからない。父の機嫌を取るためなのか、マシロを庇えないことに対してなのか。私は呟き続ける。


「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」


「〜!お..……だ……」


「……え?」


「お……の……いだ」


先程よりは聞こえるようになった。でも何を伝えたいかはわからない。父の言葉に集中する。感覚を研ぎ澄まして、耳を傾ける。


「おまえのせいだ」


「おまえさえいなければ」


 その言葉はいつもマシロに対して言っているものだ。

 父は何を言っているのだろうか。

 私はマシロではないのに……。

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