いきり立つ血

 

 その場所を目指し、一直線。空をかける。


 空をかける金色こんじきくれない。ああ、私は救われたのだ。

 -愚者 トリッキー・ハッピー-

 

 それを目にした誰もが、その光の美しさに震え上がる思いであった。

 

 今、闘神は紅に輝きながら、その場所をめがけ、上空をかけぬける。

 距離は遠い。

 何せ、この大陸の、その大きさが異常なのだから。国家の中枢はまだ先にあった。


 一瞬でたどり着くことも不可能でない。否、闘神の思いは、今すぐにでもたどり着きたい。そんな思いであった。しかし、それをしてしまうとまずい。彼が、その本気で空をかけぬけたのならば、この大陸は致命的な被害を受けるであろう。故に、その髪は紅に染まっていたが、その力はずいぶん抑制よくせいされていた。


 金色こんじきの光の粒が、押し殺した闘神のそのエネルギーが、彼の体から輝きながら漏れてゆく。それは後方へ、帯のように、そして、広がるように伸びていく。


 神が、か弱き者に向けた慈悲じひ


 その光を目にした者は、それを知る訳でなくとも、ただただ、息を呑む。


 その光に触れたから、何があるという訳でもない。それは、美しさのためだけに輝いていた。




 常天連邦。その国家の中枢。特級戦略室。そこには今この国のありとあらゆる防衛の要が集結していた。

「変わらず、時速1000キロの速度で中央へ向かっています。中央への到着予測時刻はおよそ二日後の現時刻。」

 オペレータの告げる言葉に誰が反応する訳でもなかった。


 目的。


 かの者は何を目的とし、今、ここへ向かっているのだろうか。ただ、この大陸を通り過ぎてゆくだけなのか、それとも、滅亡のためか。


 世界の天井の破壊という、それを目にしなければ信じられるはずもない事態が、物いえぬ空気を作っていた。


 かの者がその力をふるおうと思えば、こちらに向かわずともこの大地を滅することができるだろう。しかし、それをしないばかりか、街を散策し、おそらくは星読みと邂逅かいこう。そして、その速度は恐ろしく速いが、天から降りてきたその速度と比べると明らかに、いや、話にならぬほど、遅い。

 まるで、老人が、ゆっくりと黄昏たそがれながら歩くその歩みである。そして、おそらく、彼はこちらが伺っていることに気が付いている。

 

 

 

 世界の天井の破壊を観測。そして、それが、人為的になされたことが分かると、常天連邦は即座に非常事態を宣言した。


 その時、連邦が、民に命令したこと。それは至ってシンプルである。


「日常を維持せよ。」


 これだけである。

 特別なことは一切するなということであり、ありふれた日常。厳密にいえば、それぞれ各々が生きた人生の平均値をとった行動をとれ。というものである。

 これは、この連邦の、その生存戦略のプロトコルの一つ。

 あらかじめ、国民は突発的な非常事態が起こることを想定し、訓練を受けていた。


 この果てなき大地では、いくら力をつけていようが、例え、その領域で無敵であろうが、未知なる来訪者が、それを途端に無意味と化してしまう。その可能性が常にあった。


 そして、この命令は、その未知なる来訪者を刺激しないための最善手であった。


 向こうの目的が、破滅のそれなら、準備、対策全てが意味なし。


 その目的が、それでない可能性。それだけを想定し行動せよ。


 それでもだめなら、仕方なし、滅亡まで戦うだけぞ。




 空の異常が起こるその時まで、常天連邦のその国家のムードは、興奮のそれであった。さすがに、祭りという祭りに疲れ切り、今は日常に戻りつつあったが、その100日前に起こった星読みの異常が、新たなる世界の到来、この変わらぬ世の変革を人々の心に期待を抱かせていた。

 そして、その影というのは、闘神には一切見えぬものであった。彼らが一様に日常に戻ったからである。


 空に異常の光。それからすぐ、国家が非常事態を宣言。そして、「日常を維持せよ」という命令。普通ならば、不可能な命令であった。人々の体は緊張にこわばり、動揺し、不安にられる。いかにして平時に戻ることができようか。

 特に、闘神が降り立ったその広場の人々の心労は果てしなかった。すぐそのそばにその異常の元凶と思われる死がいたのだから。


 これに際し、国家は力を発揮する。


 国家の格が、その不可知なる力が、民がために働いたのである。


 その働きは、日常を維持するためのもの。国家の権力が、その権威に要請。そして、その権威者が、権力の合意の元、あらかじめ用意されていた、異常事態における国家のプロトコル、その一つを発動。そして、その意を了承した、どこにいるとも知れぬ、けれども、人々はそれを把握することができる、「国家の格」という存在。


 それが動いたのだった。


 国家の格。これには人格というものはない。いや、人格を持つ国家の格というのも、この果てなき世界のどこかにはあるのだが、とにかく、ここ常天連邦におけるその格は、民意の総体と言えた。

 誰を好んで庇護する訳でもない。国家を庇護するのだ。それも求められて。


 此度こたびのその力、その作用は大きく分けて、2つであった。戸惑とまどう民の心労のために、精神のよりどころを作ること。そして次に、こわばる肉体、すくむ肉体をリラックスさせるための直接的作用。この2つである。


 肉体においては、異常事態で活性してしまった、地球の医学で言うところの交感神経の高まりを鎮めるために、それを抑制。そして副交感神経を適度に刺激。

 しかし、それは、あくまでも日常の維持の為でなければならないので、人それぞれ、その時々により異なる管理をしなければならなかった。


 特に、広場に居合わせた人々に対して、国家の格がその各個人の要請の元に手掛けた管理というのは、極度のものであった。


 それほど、彼らの身体は動揺していたのである。


 広場にいた彼らは、自分の体が己の者でないような、けれども、ふわふわと心地いい、まるで自身の体を全て支配したかのような、そして、それを客観的に見ているかのような状態であった。


 それでも、その精神というのは恐怖に満ちるものである。

 この心理状態を、まるで薬物を摂取したかのように、脳を刺激して強制的に変えること。それはできなかった。それができる格を持つ国家も当然あるのだが、ここ、常天連邦において、その国家の成り立ち、歴史が故にその力は持つことが許されなかった。そして、それを持たぬ国家の格だからこそ、高められる力というのもある。加えて、そう言った洗脳、操作で日常を作り出しても、どこかしらの違和感が残る日常であったことだろう。


 自由と民意とを重んじるこの国は、その一貫性を長い歴史をかけて維持し続け、今やその国家の格は、比類なき力を有していた。それだからこそ、この地域の長に君臨し続けているのである。

 一方で、全体主義や帝国、覇権主義といったものに重きを置く国家というのも、またそれはそれで、異様な強さを発揮するものである。

 国家のあり方。それは力の観点で測ると、一概にこれがいいとは言えないものであった。そして、そうさせるのが「格」という不可知なる力であった。




 常天連邦の国家の格として、民の精神を守るとなれば、その役割は、孤独の排除、他者からの励まし、そう言ったものの伝達、その架け橋となることであった。


 此度こたびの事態において、それは、テレパシー、そして感覚の共有といった能力の付与であった。


 その付与された能力で、周囲の人々と、テレパシー、または感覚を共有する。


 個人と、そして集団とつながるのだ。


 求めれば、この場にいない親しき人ともつながることができる、さらに強く求めれば、国家の中枢ともつながることができる。これが、常天連邦の国家の格が民に用意した力であった。


 故に、闘神と居合わせた広場の人々は、勇気に満ちあふれることができたのである。


 その場の皆が、つながった。その場にいないが私を案じる人々が私のそばにいるのが分かる。そして、いざとなれば、国家が私の後ろに構えているのだ。


 いま、仲間が、そして、この国の強き英雄たちが、自分の肩に手を置き、私と共にあることを力強く伝える。


 それだから、彼らは、日常を取り繕うことができたのである。少しおかしな、でもはげみがあり、頼もしさがあり、そして、楽しさがわき、それを楽しむ、そんな時間がまさに、朗らかな日常と同じであったと言えた。




 しかし、かの者はそれに気が付いた。そんな言葉を口走ったのだ。冗談のようで、また、精神の異常のように思えるその言葉は、その場の者を戦慄せんりつさせた。中途半端な国家の格であれば、その瞬間、その日常にひびが入ったことだろう。

 しかし、そうはならなかった。瞬時に体のこわばり、緊張といったそれを国家の格が抑制したからである。

 だから、結局のところは、各々のその日常と照らし合わせて、「なんだ、あいつ?」と怪訝けげんな目で、かの者を見るという判断を取った者が数名いた程度であった。

 

 しかし、その内心は緊張のピークに達していた。本当に気が付いているのか、それとも、ただ保険のような具合で威圧の言葉をもらしてみただけなのか、とにかく、その言葉をわざと言い、私たちの反応を見てみようという魂胆こんたんなのか。

 男があの空の異常な輝きをもたらしたことは推測できる。しかし、あの異常な輝きが何がために起こったことなのかは、今だその情報は開示されていなかった。

 それがあの男にとって大したことのない出来事であるのなら、もしくは、あの男が、自分の引き起こしたその行為はこの国においてはごく普通の出来事で、価値がないものなのか。


 と誤って、思い込んでくれたのならば、もしかすると、ただ、意味もなくこの国に寄って、その後、何事もなくどこかへ去る未来もある。


 それに、「だとしたら、あっぱれだ、やるじゃないか。」、そして、見せつけるかのように言った「どれ、散歩でもしてみるか。」という言葉が、まったく違うものに対して言った、発言かもしれない。


 楽観的なことも考えられた。

 この男は、空の異常と関わっていないのではないか?

 彼らは、それを望遠レンズで直接、観測していたわけではない。故に、そんなことをどことなく考えることもできた。けれども、その立場にべたりと座ることはいささか難しかった。

 そうさせたものの一つ。100日前の星読みの事件。ほんの少しばかり、「かの者が何か幸運をもたらしてくれる象徴となるのではないか。」そう期待してしまう心があった。

 

 

 

 事態を少々複雑にしたことがある。それは、闘神の持つ力。それがどれ程のものか、まったく分からないことであった。


 普通の人間。体格は非常にいいが、でもそれだけである。力を隠しているようにも見えない。


 事実、闘神はその力を隠してなどいなかった。


 彼の力を伺うことのできる者。

 その力を伺うには、ある二つの条件があった。そのどちらかを満たしていなければ、彼の力を伺うことはできない。


 己の身の丈を知る者。そして、その人生が満ち足りた者。


 簡単なようで難しく。わずかな何かが、そこに至るのを邪魔する。




 相手の能力を測るスキルや力。そういうもので測っても、空をつかむかのごとく。彼の力を計測しようとする行為自体が何も意味をなさない。故に、彼も計測されたことには気が付かない。

 加えて、ここ常天連邦では、そういった力を使い、同意なく他者を計測するのは治安や文化としても、そして、こういった異常事態に備えるためにも、禁止されていた。これは国家の格の力により民、そして異邦人問わず、制限されていた事項であった。


 この制限を超えるならば、その測る力が純粋に国家の格を上回っていなければならない。


 未然に不用意ないさかいを阻止できた点では助かったと言える。しかし、そもそも闘神は自身が測られたことに気が付かないので、あまり意味はなかったとも言えてしまう。

 それでも、しきりに、こちらに目を配り、そして、なんで測れないんだ?という疑問符を浮かべる顔つきを見て、自身が何らかの力により計測されているのだということを察することもあるだろう。

 その場合、不快感を感じ、にらみつけはするが、特にそれ以上の行動を闘神は取らないであろう。測れるもんなら測ってみろという思いがあるからである。


 

 

 かの者の力が分からない。故に、この非常事態は緩やかに、しかし、緊張はありつつ、それでもなだらかに落ち着いていった。


 日常の維持という命令が完璧に遂行されていた。


 この事態に際し、常天連邦が国家として主導を握るようなことはなかった。

 具体的には、国家が民に事態の報告を要請することはなかった。もし、それをしてしまえば、何らかの違和感が生まれる可能性があるからだ。

 あくまで日常の維持。そこに注力する。日常に国家はいないのだ。


 民の力にすべてをかける。国家がそれを強いることはない。


 その精神が、それを民が理解し、つながるからこそ、自然と、自発的に情報がテレパシーを通して、国家の中枢に集まって来る。


 一つの結束、団結が、皆の内にあった。


 当然そうでない者もいる。その感動を嫌うものも数多いるのだ。そして、そもそもそれに関心がない者もいる。そういった人々はそれはそれで良い。それが彼らの日常なのだから。 

 そして、その国家に迎合しない精神や、独立独歩の精神がこの国の豊かさ、力を形作かたちづくっているのだから。


 一方でこの国に滞在していた異邦人であるが、彼らは国家に所属する訳ではない。故に、彼らが命令に従わず問題を引き起こすことも考えられた。

 これだけは最大の懸念であったので、非常事態の宣言と同時に、彼らは国家の格のその力により、国外へ、空間をじ曲げ、移動させられたのだった。

 大国が有する格でなければ、できない腕前である。


 どうせ、かの者は異邦いほうの地より来たのだから、かの者が目にしたその範囲に外国の民がいないこと。それをおかしく思うことはないだろう。もし、この国の内外の事情を知っているのならば、それはそれで、そもそも、この事態の話がまったく変わるのだから。


 かの者は遠き遠き遠保より来訪せし未知である。そう決めつけた方が全て、具合がよかった。それに、かの者の顔は、把握できうる個人の情報のどことも一致しなかった。




 非常事態


 この世界の警戒レベルを一般的に分けるならば、それは最後から4段階目の事態である。


 段階は9の分類に分かれる


 普通事態

 懸念事態

 緊張事態

 準備事態

 戦闘事態

 非常事態

 最終事態

 破滅事態

 滅亡事態


 この九つである。この段階に分けて、国家の格の力と制限は強まり、そして、緩まる。


 非常事態の一つ上。最終事態は国家存亡をかけた最後の防衛ラインである。なぜならば、事態が破滅に達すると、それは、国家の構成要因である、国民の解散が許されるからである。


 そして、滅亡事態が訪れる。それは、国家の格がその格の消滅。つまり、国家の滅亡をもって、国家の格が単独でその敵対者に対し、最後の攻勢を行うからだ。


 いわば自爆である。


 その時に発揮される力というのは、いかに個人がその国家を上回っていようが、逃れえぬほど強大な力。それも、その時が訪れてみなければその力がいかほどのものなのかが分からない。

 国家の歴史、その精神。そしてつむがれた想いや犠牲。その全てが力と化すのだ。

 逆に、民、権力からあっさり見捨てられた国家の格というのも恐ろしさを秘めている。その国家の格がいかるのだ。それはそれだけで、途方もない力を有する。


 そして、解散した民が次に得るものとして、よくあるのが、民族の格である。これはそもそも国家が滅亡するその以前から大体、各々おのおのが有しているものなのだが、国家の格のあり方によって、その民族の格の力というのは緩やかになる。

 しかし、一度国を失ったその民族の格は、その大きなしろを失ったことから、民が一致団結。そして強固な格へと変貌へんぼうする。


 この民族の格が滅亡する時。

 すなわち、全滅。その時は、それはそれで、また違った力があるのだが、この話はここまででいいだろう。


 今、常天連邦が唯一想える、その希望は、滅亡事態の宣言による、かの者の排除。そして、その後、常天の民となった我らが再び、このコンロン大陸に常天連邦を再建することであった。


 それは諸外国の脅威と戦いながら。そして一からその歴史を積み上げなければならない長き長き道のりを覚悟して。

 



 この度の非常事態。それは国家としては、覚悟していた事態であった。


 そのすべては、100日前の星読みの事件がためである。


 世界が変わる。それが預言されたのだ。それも異常な事態を伴って。

 その歴史的な瞬間と直面してもなお、容易に信じられる話ではなかった。


 世界が変わることを前提に話を進めてしまえば、国家、大躍進の機会に恵まれる可能性を想うこともできる。しかし、その一方で、国家存亡の事態が訪れる可能性もあるのだ。


 しかし、それでも、まさか、我が国がその事態の渦、それと思わしき事態に巻き込まれようとは!


 否。


 実のところ、一つの懸念。誰もがそれを思ってはいたが、口にしない、一つの、ある共通認識。危惧きぐがあった。


 ロイヤル


 60の連邦で構成される国家の、その中央の、ある区域は限られた者しか立ち入ることができない。そして、そこに立ち入ることが許された人々を民はロイヤルと呼ぶ。


 なぜか、それは、彼らからある特徴的な気品のある香りが立つからだ。


 それは、ピース・ロイヤル。そのたばこ特有のアロマの香りであった。


 芳醇ほうじゅんな香り。ラム酒の香りが立つ、そのたばこは、まるで誰かを待っているかのごとく、その香りをより一層引き立たせ、その時を待ち望むのだった。




 これは1万5000年ほど前のこと。ここコンロン大陸は幾多いくたもの国家がしのぎを削り、しかし、一方でその状態はまるで停滞。その大陸の歴史が大きく変わる事態というのは、もうはるか昔から起きてはいなかった。

 互いが真に潰し合えば、互いに滅ぶがためである。


 けれども、この海に囲まれた大陸を全て手に入れるというのは、各国の念願、そして野望であった。


 その周辺の大陸とは異なり、資源が豊かで、かつ、広大。この地を手に入れたのならば、その経済と防衛力は格段に向上することが、地形学的にも、国家の格としても約束されたようなものであった。

 そして、周囲の海も海の民が住むには少々心地の悪い環境。

 元は、大地であった海であるからこそ、海の力というのが弱かった。故に、海の民が国家をその海域に打ち立てることはなかった。


 楽園の創造。


 それが許される程、素材に満ちた大陸がここコンロン大陸であったのだ。


 加えて、コンロン大陸の伝説。

 強大な力を持つ仙人がこの地に何を求めていたのか。それが何かはわからないが、その可能性をこの大陸に求めてしまう程に、ここ、コンロン大陸には魅力があったのだ。


 事実、この大陸は、数多あまたの神秘に覆われ、その把握、そして発見は尽きることがなかった。


 一見、調べ尽くしたその大地にも、神秘が隠されている。そんなこともある。


 例えば、そこは既に開発された国の首都であるのだが、ある時間帯を、ある定められた規則で動くと、とたん、その者の目の前に神秘が出現する。

 または、ある特定の調律をある場所でとる、すると、そこになかったはずの大岩が現れ、その大岩をどかすと、その下に不可思議な星空の泉が現れる。


 その大岩は初めからそこにあった。しかし、これまで誰一人としてそれに気が付かなかった。

 それが現れてやっと、なぜこのような大きな存在を見過ごしていたのだと、唖然あぜんとするのである。それは、これまで、誰の目にも、その大岩が映っていたからなのだった。認識をその大岩に極度に阻害されていたのである。


 その大岩を発見した、駆け出しのギタリストは、初め、あまりにその大岩が自然と現れたものだったから、しばらくの間、何かおかしなことが起こったのだが、そのおかしなことというのが一体何なのか見当がつかない。と首をひねり、そして、ついに、あっと、気付くのであった。


 これら神秘の発見は今も続いている。直近では都市のビルの狭間でそれが見つかっていた。まるで、今現在も、その神秘が次々とここ、コンロン大陸で生まれているかのような具合であった。

 

 そして、伝説に語られる仙人が、この大陸のどこか、その大地や、空間にたたんで、しまいこんだとされる遺物も幾多いくた、発見されていた。



 

 コンロン大陸のその地下。ここに何かしらの勢力が存在しなかったというのも、この大陸の魅力。この大地を全て己がものにできるのだという確信、そして欲望を与えていた。


 その地下には何らかの帝国なり国家は存在しない。これは事実であった。


 そして、その事を各国はその国の格が算出した結果で認識するのであった。


 コンロン大陸のその大地のその下には、地底国家は存在しない。もしくは、例え存在していたとしても、それは地上とは交わることのないレベルまで離れている。そして、その地層の岩盤はある地点に達するととんでもない強度を保ち、例えそれを破壊できたとしても、瞬く間にそれが修復されてしまう。


 そんな層が、幾重にも折り重なっているのが、この果てなき大地の常識であった。


 故に、例え、その強固な層の下に強大な国家がいたとしても、地上に進出することは叶わないだろう。もし、進出できるほどの強さを誇る国家であるのならば、地上にある各国のその国家の格がその存在を認識するはずである。


 そして、コンロンの空には、何もない。


 空中国家が浮いていることもなければ、大地の遠方にそれらしき影を確認することもなかった。

 この地域は風の力というのが弱いからであった。

 風の力が強き場所。そこは大抵、山脈が幾重いくえにも連なり、大気の循環が激しいところである。

 コンロン大陸。そして、その周囲の大陸は、先々までその大地が、なだらかに広がっている。


 


 コンロン大陸の地形的情勢を述べたついでに、この世界の魔物と人との関係も述べておこう。

 魔物、それは繁殖もするが、その一方で突然、自然発生するものであった。そして、その自然発生の条件というのは複数の仮説が立てられていたが、一般常識としてあるのは、魔物は、文明、文化の匂いのするところ、その近くで発生する。これが、各地の文明がその経験から導いた必然の仮説であった。

 そして、この魔物の発生であるが、その文明、文化の強度が高ければ高いほど、その強さ、数は増すのだった。


 文明、文化の敵対者。破壊者。それが魔物という生命の認識であった。


 なぜ、そうであるのかは分からない。しかし、彼ら魔物はその文明、文化の破壊から発生する経験値というものをどうにも求めている。そんなことが考えられるのであった。そして、それは文明側にも同じことが言えた。魔物から得ることのできる経験値、そして、資源や食料というのは文明の豊かさに直結するのだった。


 この魔物の発生。突然街中で起こりえることもある。


 一見、救いがないように見えるのだが、それこそ、国家の格がそれを許さないのだった。


 国家の格はその力を持って、発生する魔物を異空間に閉じ込める。


 ダンジョンである。


 これは、国家の格の力によって、変わる結果なのだが、小国であれば、国内外、その勢力が十分に及ぶ範囲での魔物の発生を阻止することが可能性であった。

 発展途上の国は、それが完璧とは言えない。故に、国家の建設の肝の一つは、いかに素早く、国家の格を育てるかであった。


 ここ、常天連邦の場合。その国家の格が強すぎるため、周辺諸国一体の魔物の発生まで処理するに至っていた。

 コンロン大陸のその周辺に、いくつもの国家が成り立つことができた訳。それは、そこが魔物の発生しない安全な大地であったこと。それが要因として挙げられる。

 けれどもこの場合、そういう様にして成り立った国家には、ダンジョンが形成されない。


 一見いいように思えるが、実は、その資源や国力という視点で見ればそれは致命的である。

 故に、諸国は、親である常天連邦と交渉するのであった。そして、常天連邦が保持するダンジョンの一部をその国との関係、それに照らし合わせて、その分だけ譲渡するのであった。

 これは、言葉のままに、譲渡であり、ダンジョンが国からの国へ移動するのである。

 しかし、その譲渡も実際のところは借りているに等しく、親の政策次第でいつでも剥奪はくだつができるのであった。

 しかし、常天連邦はそう言った脅しをすることはない。それが国家の格の性質、精神、力のいかんを決定するからだ。

 だからこそ、譲渡なのである。


 それは周辺諸国にとって、鼻持ちならない、嫌味のような言葉の響きであった。


 実際に、常天連邦のその中枢も、その胸の内は、ずいぶんと計算高く、そして狡知こうちに長けていた。




 このダンジョン。これは魔物を捉えるおりである一方で、魔物の力がたまる箱庭でもあった。


 例え、どんなに強大な格を有す国家でも、その強大な文明、文化がために、より強力な魔物の力を生み出してしまう。

 故にその力の全てを消し去ることなど不可能なのだ。

 ―魔王 白蛇―

 

 

 

 ダンジョンの内側は魔物の領域。


 国家の格のその力が許される範囲、それは、魔物の力をダンジョンに閉じ込めること、それだけであった。故にダンジョンの形成、それは国家の自由が利きにくいものであった。


 かといって、ダンジョンの形成、そしてその内側、そこに全く手出しすることができないわけではない。


 国家の格がダンジョン内の魔物の力を一部、抑えることは可能であった。しかし、それには当然リスクがある。魔物の力、その領域に介入した分だけ、より強力な魔物の力が発生する。


 それは、その国家に本来、発生することのない魔物の力。総量で見れば、明らかに赤字。

 

 まるで、その力が牙をむき出し、いかるかの如く。


 しかし、このことに目をつむれば、やりようによっては、安全なダンジョン。民の強さに合わせたダンジョンを各個かっこ、形成することが可能であった。


 初心者向けのテーマパークのようなダンジョンも、食糧や資源の為のダンジョンも形成が可能である。そして、そこでは死人が出ない安全装置も導入することだってできる。


 魅力的な話である。それをするのはいい、国家の自由だ。けれども、この場合、いくつかのダンジョンは制御できない程、異常なレベルとなる。問題は国家がそれに対処できるか否かである。


 まず、入れば、死。それが確定する、そんなダンジョンなのだ。


 英雄たち。


 そういった異常なダンジョンを踏破する者を民はそう呼び、称える。


 それは、ダンジョンというものを放置し続けると、ついには崩壊し、力をためにため込んだ魔物たちが国家に解き放たれるからであった。


 奈落のダンジョン。そこへ足を踏み入れた者は例外なく英雄である。例え、帰らぬ人となろうとも。

 ―君主 仁 宗徳―

 

 英雄を生む、そのダンジョンは奈落と呼ばれる。


 光すら、そして空気すらないのが当たり前であるからだ。


 それは悪意が集結した姿、そのものであった。

 ―帰還者 リーリエ・ユリウス―




 そして、今現在。常天連邦には、数多あまたの英雄たちが存在する。国を守るその柱は、人口の比で言えば、決して多くはないが、それでもその数は膨大であった。鍛えられ、生き残り、後進を育て続けた彼らは、いかにその数が多くとも、全ての民が絶対的な敬意を払う存在であった。


 彼らにとって、今、奈落のダンジョンとは、もはや赤子の手をつねるが如く容易なダンジョンであった。

 一人一人の力が強大なのだ。そして数の力。それで物を言わせるのだ。


 現在、彼らが取り組むその段階は、奈落の小数撃破であった。そして、それは昨今、達成されつつあった。


 それが完全に達成された時。常天連邦は国家の文明を跳躍させる決断をするだろう。


 文明、文化のレベルによって、発生する魔物の力は増大する。ならばそれをコントロールすることで、魔物の力を抑えてはどうだ?

 文化の方はその発展を制御、操作することはできない。もちろん、文化を排斥することで、それがかない、結果、魔物の力を抑えることはできる。がしかし、それは、常天連邦の国家の格と異常に相性が悪いために不可能な選択であった。


 当然のことであるが、文化を抑圧することで魔物の力をコントロールする国家。というのもある。それら国々により様々な事情があり、常天連邦のような国家を目指すも、文化を抑圧するしか今をやり過ごせない国というのも、ままあるのだ。

 一方で、文化の排除が直接、国家の力とつながる国もあるのだが。


 文化がこうである一方。文明の発展は操作が可能である。今現在、常天連邦の文明の発展は数百世代先までの進化を見込むことができるものであった。

 しかし、そうやすやすと発展していいものではない。

 その発展の速度を何も縛らなければ、いつか制御が効かなくなり、ついには、奈落の対処が不能と化すのだ。


 ダンジョンを操作しなければ、国家が魔物の力を処理する難しさは、そこまでない。しかし、跳躍ちょうやくのその手前で、一度しゃがみ込むのが必要なように、文明の跳躍的発展はその操作が必要なのであった。


 具体的には操作したダンジョンから得ることのできる資源である。その資源を恣意的に操作できたからこそ、数百世代先の発展を望めるのである。もし、常天連邦が、その操作をしなければ、文明の発展はいびつなものであったことだろう。生き急いで、まるで溺れるかのように。

 力、そして、文化が貯蓄されたからこそ望める次なる景色というのがあるのだ。


 そして、この文明の発展の抑制は、各々おのおのの命に係わる事態であったから、民意でそれが許されていたのであった。


 地球の概念で判断すれば、常天連邦は自由民主主義かつ文化主義であるが、その経済は資本主義ではない。あえて言葉を創るならば、その経済は段階制限資本主義。


 限られた資本。そして許された技術での発展のみが許される経済。


 先々の文明のその発展の仕方が、既にタイムスケジュールで決められているのだ。


 司法、行政、立法といった権力の三権も、その半分は次に訪れる発展を想定、検証して動いている。


 文明が次の段階に進む前に、今の文明を、経済を、文化を熟成させろ。そして、その次に訪れる発展に備えよ。というものであった。


 つまり、インターネットの技術はもう既に十分なレベルで完成した。その技術は、あと100年で解禁される。だからそれに備えて各々が予測、準備、検証せよ。ということであった。


 許可されていない文明技術。それを経済資本として用いてはならないし、個人が理想を持つのは大いに結構だが、その理想は今、許可されている文明技術で成り立つものであるか。それを考えなさい。

 それが方針であった。


 ただ、国民の生命に関する事態だけは例外である。いついかなる時も、医療と軍事は最新の文明でなければならなかった。


 そして、それを支える要素として、研究主義が最も重要なポジションをしめているのは言うまでもない。経済の発展と科学技術の発展は分離して成長を望まねばならなかった。


 しかし、人々の向上心。これが廃れては終わりなのであった。


 一見、アニマルスピリッツ。ハングリー精神。といった野心、欲望が減退してしまうかのような国家体制のように思われるが、この世界と地球は事情が異なる。


 力。


 個人の三大欲求を叶える手段。その手段として力があるのだ。


 具体的には戦闘の場が常に存在すること。つまりダンジョンに潜れば一攫千金、名誉を狙える。

 そのため、これがある意味で資本を持たぬ者のどころ、その野心となるのである。


 一方で、戦闘に向かない人々もいる。だが、これも、もう結論が出ていた。


 一個人の保有する資本の限度を文明の発展段階によって解放していく。


 文明が発展するたびに、より多くの資本を持つことが許される。(ただし、土地の規制は厳しい。)そして、その資本の相続は全て個人の権利であり、国家はそれを回収しない。ただ、物価の上昇。インフレの問題。それだけは政府は、その解決に消極的な立場をとる。やったとしても、あくまで福祉の充実。それくらいである。


 以上の条件をそろえると、資本家は、その資産の拡大をより未来へ、そして子孫へ残すが為に、または将来のインフレに備えて、積極的に資本を投資へ回す。


 そして、個人の資本の限度。それを超えるための、抜け道。それが投資であった。


 純資産として限度額以上の資本を保有してしまうと、それが政府に回収されてしまうのである。唯一それを回避できる道が、投資。けれども、その投資に回された資本というのはその資本家の自由にできない資本であった。


 その資本。これは政府の預かりとなる。そしてその半分は労働者の賃金へと反映される。


 これはある種の税のような、しかし、資本家の保険のような形となっていた。


 必死で稼いで貯めた莫大な資本の、その大部分は今は、所持することが叶わない。故に、所持できない分は別の分野に投資するのである。その半分はボーナスとして労働者に支払われるが、もう半分は、保険として残る。政府は未来の銀行である。次の発展の時にその資本の上限がどこまで解放されるか分からないが、インフレするこの経済で中途半端な資本の形成はリスクがある。だから、資本家でありたいのならば、贅沢を極めたいのならば、資本をどんな形でもいいから増やし続けるしかないのだ。


 一方の労働者側は、その企業の成功が直接、多大なボーナスとして反映されるので、欲望を求めることができる。

 しかし、この国の経済はインフレ経済である。数十年たてば、その資本の価値は瞬く間に半減してしまう。

 投資するのもいいが、使い切ってしまおう。贅沢するのだ。と多くの者が思うのだった。


 また働けばいい。それに、この国の福祉は充実しているのだ。

 欲を満たすまではいかないが、豊かな、そして文化的な生活が望める。それで生きるというのもいい。




 他にも、この常天連邦がその経済、文明を成り立たせるために行う操作というのは多々あるのだが、ここで紹介しきるのは難しいだろう。ただし、これだけは述べて置く。


 この国の文明の発展を国が操作するというのは、憲法上の決定事項である。もしこれを民意で否定するのならば、それは積み上げられてきた歴史の否定、つまり、国家の格が落ちる事態。もしくは全く別の性質に変化する事態。

 そして、それが分かっているだけに、改革が叫ばれるというのは、まず滅多に起こらないことであった。

 

 好きなことができる理想の地。ただし、それは、その時々の文明の発展の制限の中で。


 もし、文明の発展を渇望するのならば、研究に携わるしか、道はない。


 恐らく、その進みは無駄に遅いものなのかもしれない。しかし、すべては国家の生存戦略。その発展よりも、生き残ること。その安全が優先されているのだった。


 それを理想国家という者もいれば、文明の発展が抑圧される事実を嫌い、それを非難する者もいる。

 しかし、生まれは選べないのである。


 常天連邦の、その名前の由来は、「常に今ここが天」である。


 常天。


 文明の発展をわざと制限し、今ここが天であることをかたる、国家。


 周辺諸国は心の内で、かの国をそう評していた。

 なぜならば、彼らの国の文明の発展もまた同じく抑圧されていたからである。それも協調、そして文化という主義の名のもとに。


 彼らがそれを脅すことはない。


 いつも理想を語るのだ。


 我ら文明文化はその熟成をみて、次に進む。今はその跳躍のために足元を固めなければならない時である。

 ―常天の盟約―




 文化が豊かさを作るなんこたぁない!豊かな時代を迎えたとき、異なる豊かさが求められる。それだけだ。それが文化というやつの正体なんだ。もし、豊かな時代が終わるのならば、文化は何の役にも立たない。疎開地そかいち!それがいいとこだ。

 けれども、それが豊かさの根幹を作ると主張する馬鹿がいる。奴らは何もわかっちゃいない!大抵そいつらは恵まれた環境、もしくは理想を抱かなければ息ができない環境にいるか、文化の権威ってやつに騙されているかだ!だから、そんな事を主張する奴らは大抵、傲慢か、ボロボロか。それともそれを承知の上で発言しているかだ。

 だから文化人のお前が理想をそうやって表で主張するんなら、その第一の主張は物質的な豊かさの為であるべきだ!それも実に戦略的な!その後は好きに言うがいい。

 で?それで?お前はどうする?それでも声をあげるのかい?ほう。諦めないというのかい。そうかそうか、それはいい。俺ぁ諦めちまったからなぁ。うらやましいよ。何でもできるあんたが。俺ぁ無理だ。だからな、俺ぁあんたが輝いて見えるよ。実のところな、さっきの主張はどうでもいいもんなんだ、口から出まかせ。あんたの足を止めるために言った妄言さ。人ってのは様々な生き方があるもんだからね。しかしね、そのあんたは真剣に耳を傾けてくれた。俺ぁそれが嬉しい!涙がちょちょぎれそうだよ。

 ところでだ、今思いついたことなんだが、どうだい、さっきの俺の妄言とやらがお前の琴線きんせんに触れたのならば、そこから沸き起こった決意とやらを、形で示してくれやしないかい?つまりだな、言いにくいんだが、分かるだろ?俺に金をめぐんでおくれ。ほら、物質的な豊かさというやつじゃないか。

 ......え?なんだって、なにっ!この!ちくしょう!!くそっ!消えちまえ!やっぱりお前は理想主義者か!へんてこな論理を語りやがって!結局は働きたくないだけの乞食こじきだお前も!この覚悟もない軟弱者めが!お前が立つその足元は過去の血肉で出来ているんだぞ!この甲斐性なしが!ロマンチストはここに来るな!こっちに来るな!

 ......違う!!俺はお前と同じじゃない!お前は普通の人生に満足できない奴なんだ!欲深い奴なんだ!俺にはお前みたいなプライドも輝きたいって欲望もない!分かったか!!だから金をくれ!


 ...........ちくしょう。余裕のない奴はだめだな。ケチだ。

 ―諦念の乞食―




 文明、文化が発展する一方で生命にはその輝き。そう寿命がある。この世界の大多数のその基準は、300年である。これは1年を300日としたときの数字である。(この基準は文明を形作かたちづくる生命のその基準である。文明を作ることのない生命の、その寿命は種族により、バラツキがみられる。)


 ここ常天連邦でもそれは同じであった。

 しかし、これもこの世界の常識なのだが、形作かたちづくられた力により、(もう少しかみ砕いて言うならば)力のある者は、その寿命を延ばすことができた。特に戦闘職はその傾向が顕著けんちょであった。

 そして、その常識はここ常天連邦でも当然同じものであった。

 特に、常天連邦の英雄たち。彼らは数世代に渡って生き続けている。それは彼らの力が圧倒的であるからなのだが、それとは別に、国家の格の力が彼らに寿命を与え、生きながらえさせているというのもあった。

 そして、その国家の格の力は寿命の引き延ばし、それだけではない。


 力の引継ぎ。


 英雄が死す時。敵対者にその経験値が奪われなければ、その力のすべてを次代へ引き継ぐことができる。


 この引き継がれる力というのは、強き国家の格でなければできぬもの。そして、どれほどの力を次代へ渡せるか、また、どういった力を次代へ渡せるかも国家の格のその強弱によりさまざま。


 常天連邦の国家の格は幾度いくども言うが圧倒的な強さを誇っている。大国。それも、超大国へと躍進することが望めるほどの格であった。


 故に、その長き歴史の積み重ねが、数多の英雄を育てるまでとなっていた。


 そして、その英雄たちが、今、コンロン大陸の各地の中枢機関、特級戦略室に、一斉に、集結していたのである。


 かの金色こんじきくれない。その一人がために。


 かの者の進行方向をとらえる監視カメラ。その映像を皆が見つめる。特級戦略室に入りきらない者も、別の政府の施設にて、同じくもくしてそれを見つめる。


 中央にたどり着くまであと二日。


 やはり、おそらくはあれを求めるのだろうか。


 今、彼らは、この事態の展開を預言する星読みの言葉を待っていた。


 しかし、全ての星読み、そして預言の力を持つ者は一様にただ、沈黙を貫いていた。




 1万5000年前、突如この大陸に出現した純白のたばこ。それは異様な代物であった。


 その香り、見目形、そして何者にも傷つけられない、汚されない物質。


 そのすべてが陶酔を呼ぶ。まるでこちらの欲望を掴んで離さないかのような。


 あれは、私の物だ!


 それを見た者の誰もが、そう思った。


 初め、それを見つけたのは乞食である。乞食はそれを売り払うことはしなかった。

 そのたばこが持つ魅力に取りつかれたためである。人目をしのんで隠しこむ。その興奮はもはや寝食を忘れさせていた。


 けれども、それは長くは続かない。


 乞食にあるまじき、高貴なる香りが、その甘美なる香りが、人々にそれを気付かせたのである。

 そして、それを奪う争いが巻き起こった。


 初めは市中。しかし、その規模は膨れ上がり、ついには、国家の知るところとなる。


 ロイヤル


 この意味が記された純白のたばこ。それに市中の民が狂っている。それは権力者の興味をそそるのに十分だった。


 もしかすると、それが、かの伝説の仙人が探していたものなのかもしれない。


 しかし、この国家は瞬く間に滅びる。


 そのたばこの回収を命じられた英雄たちが、そのたばこの魅力に取りつかれて、争ったのだ。そして、国家の権力者たちも、そのたばこを目にし、取りつかれてしまった。


 コンロン大陸の、その崩壊は早かった。


 滅亡事態の宣言。


 ロイヤルに取りつかれた国家権力が、英雄にロイヤルを奪われた腹いせで行ったその宣言は、コンロン大陸に破滅をもたらした。


 雑に切られた国家の格が、その力が、いかったのである。


 ロイヤルに取りつかれた権力者からしてみれば、滅亡事態の宣言で、ロイヤルを奪った英雄をれさえすればいい、それだけでよかった。そして、再び国家を再建すればいいのだ。


 もはや理性というものはロイヤルを奪われた、その憤りで、残ってなどいなかった。


 そして、国家の格ももはや、その理性はなかった。


 格の暴走。


 自身が切り捨てられたその憤りと悲しみとで暴走した国家の格が、かつて自国であった大地のみならず、周辺の国々まで暴れまわったのである。


 その力は信じられぬ程に強大なものであった。


 故に、コンロン大陸の全ての国家は滅亡事態を宣言するしか手がなかったのだった。


 国家と国家の格の戦い。


 甚大な被害を及ぼしたその闘いの中心には何もなかった。


 しかし、時が経つにつれ、コンロン大陸の人々は何故、このような事態が起こるのか、起こったのかを知るようになる。


 そして、ロイヤルにたどり着くのだ。


 そのロイヤルの誘惑。それはもはや、当初の誘惑の比ではなかった。時間が経つごとに各段と増すその誘惑は、いつかは、このコンロン大陸を覆い、その先の大地へと進出するだろう。

 何故、そうなのかは分からない。けれども、全ての者に、その存在を気付かせるかのように、ロイヤルは己の存在。ただそれだけを主張していた。


 すべての者が、その誘惑に狂った。理知を持つ各地の星読みさえも狂い、ついには、そのたばこが世界の重大な事項を決定する未来があるのだ。と宣言。その真偽はもはや当時、分からなかったが、人々の欲望をより一層、拍車はくしゃをかけて、かきたてた


 伝説の仙人が探したそれは、かのロイヤルである!


 もはや、確信。


 皆の目が血走り。理性が飛び、その終わりというのは、もう見えなかった。




 だが、それは突然。そのロイヤルの激烈な誘惑がぱたりと止む。


 そして、皆が、我に返る


 私たちは一体、何に、ここまで狂っていたのだ。




 これは、こことは別の、ここからかけ離れた、ある大陸で起こった出来事。


 闘神の失われし19本のたばこは、この世界の各地に散った。そして、ここコンロン大陸で起こった事件は、その各地でも同じように、同じ程度、起こっていた。


 異常な事態。


 どんな理性と力とを持ち合わせていても、その誘惑に抗うことはできなかった。


 ただ一人を除いて。


 その名は、羅王林。


 唯一このロイヤルの異常性に気付いた彼女は、その力、その寿命、そしてその存在の全てをかけて、このロイヤルの性質をある一点、それを一様に変更させた。


 こいつは私を求めているんじゃない。私じゃない誰かを求めて叫んでいるのだ。


 彼女が行った変更。それは、ロイヤルが待つ、その誰かのために発揮される誘惑という力のベクトル、形質の変更であった。


 お前が待つその心は、お前の持ち主にだけ、届けなさい。悲しみにくれちゃいけないよ。大丈夫。きっと来るから。堂々と待っていなさい。




 たばこの道しるべ。

 闘神が、その吸い殻が、彼らの元にたどり着けるその訳は、全て彼女がほどこした力のおかげであった。


 彼女がいなければ、もし、それから1万5000年後、闘神がこの果てなき大地に到着していたのなら、そこは、しかばね累々るいるいと、そして、永遠と広がる大地であっただろう。

 

 どのような形であっても、彼のたばこは、彼の元に来る運命、性質である。


 けれども、自身で動くことのできぬ、不安に満ちた、その、たばこたちは、そうするしかなかったのだった。




 これが、闘神が星読みから伝えられた歴史。


 羅王林。


 闘神は彼女に最大の敬意を払う。それは、とわに。



 

 異常な事態が収まった後も歴史は続く。

 理性をとばす誘惑の、その一点だけが消えただけで、その香り、そして見目形、加えて剛体ともいえる性質は何ら変わらなかった。

 そして、全てを狂わせた元凶として、しかし、欲望の対象として、今度は冷静に、理性を持ってそれを奪い合う。その争いが始まったのだった。




 神歴0年104日13時24分23秒


 闘神がその中央に到着する。


 そこは低いへいに囲まれた、常天の御所ごしょ

 星読みから伝えられた、その景色と同じ場所であった。


 円形に整備されたしばがどこまでも広がる。


 その中央に直方体の建物が一つ。ポツンとある。


 純白の白であった。


 ふと、風に、アロマの匂いが香った。


 それであった。


 ついにたどり着いたのだ。


 ただ、真っすぐと、その足で、向かっていく。

 その御所ごしょ芝生しばふに立ち入るその前に、一人の衛兵が突っ立っている。そしてその男が、何事か!とこちらをにらみつけていた。


「ここへの立ち入りは限られた者しか許されていない!部外者はさっさと立ち去れ!」


 どけ。


 その一言で済んだ。


 その衛兵はにらむ闘神の、そのまなこにやられ、すくんでしまったのだった。


 直方体の建物にたどり着く。神秘的なその建物は、コンロン大陸で発見された遺物。邪をはばむその建物は、いま、そのはばむ力を全く発揮していなかった。


 扉を開ける。そして、そこには、ショーケースに飾られた、それがポツンと一つ。


 そこは、その一本のたばこの為だけの部屋であった。


 ガラス越しにもかかわらず、強く匂いが香る。待ち望んでいた、待っていた。その願いが、彼には感じ取れたのだった。


 ガラスのケースを取り払う。それは、粉々に砕け、空中にきらめいた。


 その手で、二本目のたばこに触れる。


 すっと。まるで、何事もなかったかのように。強く香っていたそのたばこは、何の変哲もない、ただのたばことなった。なってしまった。

 それは、常天連邦から、ロイヤルの香りが消えた瞬間であった。


 そこにあった、かつての輝き、そして、その歴史、1万5000年のその重みは、もはやどこにもありはしなかった。




 この時、常天連邦は最終事態を宣言する。


 国家存亡をかけた事態。それは、純粋な生存のためにもたらされた宣言ではなく、ただ、国家のプライドの為だけに宣言されたものだった。




 ロイヤルが奪われ、けがされた。


 その事実が、全ての民にもたらされる。


 国家の全てのかなめどころ、そして過去の悲惨な歴史、その象徴。


 それを奪われた憎しみは、それをけがされた屈辱は、民のその血をいからせた。



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