闘神ヤニカス戦記

@tennyakiisa

神の選択


 自室の書斎に突然、石板が現れた。

 黒色の板である。

 それは宙に浮いていた。まったく動く気配がない。

 ひじ掛け椅子に座っていた私もまた、動くことができなかった。驚いていたからである。


 石板にはこう記されていた。


 所持ポイント 100P


 カスタマイズしてください......


 格

 ------------------

 農民5P、薬師8P、戦士10P、剣士12P、騎士11P、探偵13P、科学者19P、魔法使い14P、作家12P、文学者13P、発明家13P、鞭使い11P・・・

 ・・・剣聖50P、聖人53P、大魔法使い30P、賢者55P、発明王47P、魔王59P、文豪44P、探究者58P、修仙者59P、召喚士60P、魔物使い49P、黒魔術士44P・・・


 ずるずると、文字をたどる。そして



 *100Pを超える格は老い、寿命とは無縁です*


 海神109P、空神109P、地神110P、戦神112P、剣神110P、魔神112

 P、仙人118P、闘神120、人神115P、情報神112.5P


 ------以上------

 スキル一覧は次のページへ→


 夢のある話だ。そう思った。

 しかし、どうやら、こいつは一ひねりいるようだ。

 所持ポイントが100Pしかないならば、手の届かない選択肢とやらを提示するなと言いたいところである。大体、「格」に全ポイント使ってしまったら、スキルなんて一つも選べやしないんだから。


 スキルのページはおびただしい文字の羅列が、紙にするといく枚も続いていた。だから、一旦置いておくことにした。


 さて、不死とは明言されてはいないものの、不老で寿命に限りがない選択は、魅力的だ。欲の限りを尽くすことも夢ではない。


 この時、書斎の壁に掛かった時計は秒針すら動いていなかった。17時55分32秒。


 しかし欲の限りとはいうものの、内実伴ともなわなければ無意味である。具体的には、力だ。提示された他の選択などをみても、力が求められ、望まれる様子であった。適当に目のついた、「格」の詳細を見ていくが、やはりどうしても100Pを超える「格」ばかり見てしまう


 ------------------


 海神 109P

 ・水中自在 

 ・海戦最強

 ・水の友軍を得る、その力強大なり

 ・海に連なるものの繁栄をもたらすことができる


 空神 109P

 ・空中自在

 ・空戦最強

 ・空の友軍を得るその力強大なり

 ・空気を浄化し満ち満たす


 地神 110P

 ・陸地自在

 ・地戦最強

 ・地の友軍を得る、その力強大なり

 ・豊穣をもたらすことができる


 戦神 112P

 ・常勝無敗の理に通ずる

 ・その身に余る強大な力は友軍の数に比して伸び、友軍もまた、強大な力を得続ける

 ・最後の一人になるまで不死の身を得る

 ・友軍の犠牲はこの力をより増大させる


 剣神 110P

 ・想うところに剣あり


 魔神 112P

 ・全ての魔法の理に通ずる

 ・一切の制限なく魔法を行使することができる


 仙神 118P

 ・修練において最も重要かつ無二独尊な資質を有する

 ・その強大な力は修行によりさらに高まり、留まるところを知らない


 闘神 120P

 ・単騎最強


 人神 115P

 ・人とは何か。生命とその輝き、そして文化文明を歩む者である

 ・信仰がある限り蘇る

 ・信者に恩恵を与え、自身も信仰により更なる力を得る

 ・天軍を創造することができ、軍は信仰により更なる力を得る

 ・信仰、それすなわち、人神を多神の中における最高神と崇めることである

 ・戒律を作ることはできない

 ・信者は人神、そして天軍の許しにより信者たりえる

 ・他の神々に連なる者は、信者ではなくなる

 ・弱き者のために天軍が派兵される。その制限はない


 情報神 112.5P

 ・全ての情報にアクセス可能

 ・情報空間を創造でき引きこもることができる

 ・自身のアバターを創造でき、外の世界にてアバターでの活動が可能

 ・情報空間と外の世界では物資のやり取りも可能


 ------------------


「格」さえそろえばあとは何もいらないのではないだろうか。スキルなど、これら最強格(100Pを超える格をそう名付けよう)と比べて数段見劣りするものばかりである。

 ここで石板の右上から別ページを開く。先ほど見つけたページで『あなた』と記されていた。そこには以下の記載があった。



 あなた


 保有中のオプション


 ステータスオープン 10P

 ・自己の能力を詳細把握することができる

 デイリーミッション 20P

 ・一般意思に基づき要望と報酬が用意される

 アイテムボックス 10P

 ・アイテムを無限収納することができる

 完全言語理解 5P

 ・言語体系のある言葉の全てを理解できる

 レベル 20P

 ・敵対者の生命を経験値とし、力に変換できる

 ステータ 20P

 ・経験値を多様な数値に変換でき、より増幅させることができる

 スキル取得 20P

 ・スキルを取得できるようになる


 所持品(永久不滅)


 ・たばこ(Peace・Royal)40P

 ・ジッポライター 10P 

 ・スーツセット(黒)10P

 ・スマホ 20P



 保有中のオプション、そして所持品。これらに掛かるポイントは取り外し可能であった。つまり、全てのポイントを取り外すと、自己のポイントが185P増加することとなり、総合して所持ポイントは285Pとなる。100P以上の最強格を取得するのであれば、取り外すのが正解なのだろう。そして、最強格を2つも取得することだって可能である。故に、いらないものは積極的に削除だ。

 もちろん、取り外さないものもある。言語理解は、恐らく必須だ、ポイントの消費が比較的少ないというのも魅力的。それに、万人との交流が可能になる点は、やはり嬉しい。次にたばこだ。これは、是非に及ばず。論ずるまでもない。頂戴する。たばこの前では何事も些事さじである。

 一度思うと、途端に、吸いたくなるものである。


 たばこを手に取る。ライターに火をつける。これは新箱である。開けたばかりであるが故にラム酒の香りが強く広がる。このたばこの特徴であった。

 火から少し離して、ゆっくりと点火。ジリジリと着火の音がしたら、品のいい芳醇ほうじゅんな香りが漂う、そして一服......


 リラックスしてみるとより感じる。何やら部屋が得体のしれないものに満たされている。まあいい。

 それにしてもたばこがうまい。特にこのたばこがうまいのだ。ピース・ロイヤル。箱の絵柄が輝いている。金の鳥が枝をくわえた絵である。

 ピースのたばこは色んな種類が有れど、このロイヤルがダントツである。コンビニで640円。恐らくコンビニで売るたばこの中ではダントツに高いのではなかろうか。しかし、来月で廃止になることが決定してしまったのである。

 二の句がつげなかった。

 そんなピース・ロイヤルが、永久不滅で40Pである。この意味を特段理解したわけではない。ポイントもずいぶん高いようにおもう。しかし、永久不滅の名を信じれば、永遠に中身の切れることのないたばこが所持できるというわけだ。現実では廃止になってしまうこの愛しきロイヤルがである。期待せざる負えなかった。もう他のことは瑣末さまつな問題なのかもしれない。


 たばこが吸い終わり、少々クールダウンする。少し熱くなっていたようだ。

 では本格的にポイントの割り振りを考えてみることにする。


 言語理解と所持品のたばこだけを残し、後全てを削除すると所持するポイントは240Pになる。ライターは・・・まあ、何とかなるだろう。スマホは、あればもしかすると最強アイテムになりえるかもしれないが、とりあえず外すことにする。服はいらない。

 他の、保有オプションや、スキルについては、選ぶ最強格次第である。というのも、同じ最強格を重ねて取得した場合その内容が大きくグレードアップするのだ。恐らく、それが、その格本来の姿なのだろう。


 *格が重複ちょうふくしました*


 ---------

 海神 218P

 ・陸海空自在

 ・海を起すことができる

 ・海戦最強

 ・海神その命尽きるまで、友軍不老不死

 ・海に連なる生命の創造、繁栄ができる

 ・海中都市創造

 ・友軍の力がその身に宿る 


 空神 218P

 ・陸海空自在

 ・大気を起すことができる

 ・空戦最強

 ・空神その命尽きるまで友軍不老不死

 ・空に連なる生命の創造、繁栄ができる

 ・空中都市創造

 ・友軍の力がその身に宿る


 地神 220P

 ・陸海空自在

 ・大地を起すことができる

 ・陸戦最強

 ・地神その命尽きるまで友軍不老不死

 ・大地に連なる生命の創造、繁栄ができる

 ・大帝国創造

 ・友軍の力がその身に宿る


 戦神 224P

 ・常勝無敗の理に通ずる

 ・その身に余る強大な力は友軍の数、また質に比して伸び、友軍もまた、強大な力を得続ける

 ・最後の一人になるまで不死の身を得る

 ・友軍の犠牲はこの力をより増大させる

 ・戦神その命尽きるまで友軍不老かつ復活の力を得る

 ・復活の制限はなく、その行使は個人の意思による

 ・浮沈空母創造

 ・シュミュレーションシステムを自由に活用できる


 剣神 220P

 ・想うところに剣あり

 ・不死の身を得る

 ・剣に負けた時、不死の身剥奪。不死の身は相手方に譲渡される

 ・相手方に剣にて勝利すると不死の身が戻る

 ・相手方が勝負に応じない場合もまた不死の身が戻る


 魔神 224P

 ・全ての魔法の理に通ずる

 ・一切の制限なく魔法を行使する

 ・魔物を幻種へと転化させ仲間にできる。召喚の契約が結ばれる。制限はない

 ・召喚の箱庭を制限なく創造できる

 ・箱庭の中では不死の身を得る

 ・魔神その命尽きるまで仲間不老かつ箱庭にて即時復活する

 ・召喚に関する制限はない

 ・箱庭の入り口は全ての魔法の理への悟り、そしてその完全運用なしには通行できるものではない。かつ入口不定である

 ・召喚の箱庭から外の世界を観測でき、箱庭に引きこもりながら、無制限に外へと召喚可能。

 ・箱庭の内側から外への魔法は、仲間に対してのみ可能

 ・魔法により仲間が追うダメージはない

 ・召喚中の仲間の分だけ死につながるダメージを回避することができる。この時仲間は身代わりとなるものの、箱庭にて即座に復活し、再度召喚に応じることができる。このことに制限はない。そして魔神の危機に応じ自らを召喚可能

 ・一定の年月を経た幻種は魔神の力を借り、魔物を幻種へと転化させる力を得る。ただしダンジョンの魔物にこの力は及ばない


 仙神 236P

 ・修行において最も重要で無二独尊な資質を有する

 ・不死である

 ・修行の境地に終わりはなく、ただ、当人の境地が全修行者の最高の境地となる

 ・誕生と同時に仙界が創造される

 ・仙界は仙気に満ち溢れ、また、それは俗世にも漏れてゆく

 ・俗世の天運が形作られる

 ・万物は皆この影響を受け、利益を享受し法則と成る

 ・俗世から仙界への登仙には制限があるものの、仙界から俗世への制限はない

 ・仙界の中心点には大天意石があり、仙界での強さの位が示される。これは、率いる勢力、また個の強さを基準に大天意石が測るものである。

 ・上位5席とその庇護を受ける者には不死の確約が与えらる。庇護の範囲は、その者の力が及んでいる範囲である

 ・5席より落ちるとその確約は失われる

 ・大天意石は100億の位まで記される

 ・大天意石の子機である天意石は仙界、俗世にあまねく存在する

 ・大天意石に名が刻まれている者は大天意石を通じ全ての天意石に転移できる

 ・大天意石の領域では皆不死の身であり、境地が大乗円満を超える者の修行が禁じられる

 ・大天意石の領域と豊かさは仙神の境地に影響を受ける

 ・一度でもその石板に名前が刻まれれば、転生により死を回避可能。なお、修為は失われ、俗世に落ち、大天意石の加護もなくなる。なお、他の神々に連なる親の元、強大な力を有す者の元へは転生不可能

 ・第一席に近づくほど、仙界の資源を独占することができる 

 ・仙神は大天意石に名が記されていない。また全ての禁制事項に縛られない

 ・すべてを手に入れたことのある者は、大天意石に名が記されない。なお、不死となり全ての禁制事項に縛られない

 ・大天意石が与える恩恵は世界の禁制事項である。何者も不死を独占できず、何者も因果を断てず、何者も世界の中心たりえない


 闘神 240P

 ・天上天下唯我独尊


 人神 230P

 ・人とは何か。生命とその輝き、そして文化、文明を歩む者である

 ・信仰がある限り蘇る

 ・信者に恩恵を与え、自身も信仰により更なる力を得る

 ・天軍を創造することができ、信仰によりさらに力を得る

 ・信仰、それすなわち、人神を他神の中における最高神と崇めることである

 ・信者は人神、そして天軍また使徒の許しにより信者たりえる

 ・使徒とは一定の信仰値に達した信者のことを指す

 ・他の神々に連なる者は信者ではなくなる

 ・弱き者のために天軍が随時派兵される。その制限はない

 ・人神その命尽きるまで天軍不老不死、信者不老、寿命無限

 ・信仰問わず、その生に限り一度だけ死者蘇生が許される。なお人神に連なる者がそれを行う

 ・信者は願いの奇跡を起こすことができる。その質に応じ、一度きりの死者蘇生も再度実行可能である

 ・信者は力を求めることができず、取り上げられる代わりに、力を貸し与えられる

 ・使徒は力を求め、高めることが許される

 ・戒律は使徒のみ存在する

 ・天界創造。信仰朽ち果てるまで次元の結界が邪を阻み、各地の教会と出入りが繋がる。そして使徒は教会より、天界、そしてそこを経由し、各地の教会へ転移可能

 ・使徒は死後、転生可能。記憶は次第に蘇る。なお、他の神々に連なる親の元へは転生不可能

 ・転生の条件は処女しょじょ懐胎かいたいであること、母体がそれを受け入れているということである。その際、母体は啓示けいじを受け、拒否した場合、その記憶は消える。また、それを了承した場合、多大なる庇護ひごを受ける

 ・使徒は俗世に消極的にしか関わることができない。それを破る場合、力が減退してゆき、ついには使徒は信者へと格落ちする

 ・自身が創造した天軍の信仰は信者に還元される。人神の蘇生に関わることはない


 情報神 225P

 ・全ての情報にアクセス可能

 ・情報空間を創造でき引きこもることができる。自身のアバターを創造でき、外の世界にてアバターでの活動が可能

 ・情報空間と外の世界では物資のやり取りも可能

 ・意識レベルが一定の生命に等しく空間スクリーンを配布。情報空間に接続できるようになる。何者にもそれをこばむことはできない。

 ・保持する資産の価値の濃度と関連する文明の繁栄の濃度だけその力が増す

 ・文明があり続ける限り不死

 ・通貨発行が可能

 ・商店を開くことができる

 ・WWW(ワールド ワイド ウェブ)を設立でき、皆が等しく利用、活用、運用できる

 ・偽造システムを付与できる

 ・思考の制限がない

 ・アバターは無限創造でき、かつ全能力を駆使可能

 ・情報に対する偽造ができない代わり、全スキルを使用可能となる

 ・情報神との関係は利害であり、庇護ではない

 ・文明を管理することはできない。管理するほどに、その文明から得る力とその文明が情報神から得る利益が減る


 ---------



 これが格を重複ちょうふくさせた結果である。存在自体が世界を狂わせるものばかりだ。中でも、不死であることが保障されている仙神に目移りしてしまいそうになる。しかし選ぶなら、闘神一択ではないか。

 

 仙神

 ・修行の境地に終わりはなく、ただ、当人の境地が全修行者の最高の境地となる


 常に修行者の頂点であることは結構。だが、修行に終わりが見えないというのは厄介で面倒。かといって、修行に終わりがあるというのも考え物ではあるのだが。まあ、それを踏まえても、あと一押しのところであった。というのも仙侠、武侠ものをよく読み、楽しませてもらったことがある。仙人というものにあこがれていた。だからこの選択は一考する余地があったのだ。しかし、我が身の話になるとやはり別である。他にいい選択肢があるのなら、そちらを選ぶ。そう、「天上天下唯我独尊」の闘神である。

 言葉が俺を誘っている。もはや勘だ。だが、こう言ったとき俺の勘は当たる。今までそれで生きて来た。ここぞという時にはドジらないのだ。とは思う一方で、冷静に考えても、この選択しかありえないように思う。格の中でも必要なポイントが最も高い。というのがほぼ全ての理由であるが、「天上天下唯我独尊」という言葉の大当たり感がまた良い。釈迦が誕生してすぐ発した言葉というのだから尚のことである。仏教において、神は仏の下なのだから。闘神が他の格の中でも別格なのだろうと思わせる。ポイントも240Pでちょうどピッタリ使いきれる。

 しかし、優劣というものを考えていると、ふと溜息ためいきれる。先ほどから、先送りにしてきた違和感が、かたちを持ちつつ頭をもたげて来たからだ。

 結局、どんなに無視しようとも向き合わずには済まない。


「俺はいったい何を相手にしているのだ」


 石板である。そうだろうとも。

 しかし、何者が、どんな意思で私に介在しているのだ。急に現れたそれはSFのそれで、ただ、答えも、導きもなく、選択を迫るだけ。そしてきっと最後には、この身を拉致する気なのだ。


 こんなのは、おとぎ話か何かだ。

 しかし、例えこれが白昼夢はくちゅうむであろうとも、当事者である私としては真剣に、この状況を受け入れ熟慮しなければならない。万が一があるかもしれないのだ。

 たばこがもらえる。ただそれだけのために馬鹿になってしまうほど愚かではないということは付け加えておかなければならないが。


 ポイントの割り振りは既に終わっている。闘神240P、言語理解5P、たばこ40Pである。あとは、『旅立つ』という選択を押すのみであった。


 中でも、最高格は取り扱いが難しく警戒が必要だといえる。それらを選択すれば、どれも素晴らしい権能といえるものを手にすることができるだろう。しかし一方で最高格のその多くは、権能という名の仕事、役割が与えられているように思う。世界規模の働きを求められているのだろうか。


 深読みが続く。次第に、思考の論点がずれていく。いつの間にか、一つ一つの最高格をまた読み直していた。そして、そのたびに各々の最高格の欠点や弱点を考えては心地よくなっていた。

 考えに都合がつくにつれて、やはり選択すべきは、闘神なのだと満足を覚える。


「独立独歩の威厳がみえる。闘神のそこがまたよろしい。人神は恐ろしいほど勢力を広げそうだが、その管理が厄介すぎる点に難がある。」


 世間から離れて自由に歩むという基準でいくならば、次席は剣神であったが、権能の特殊性から剣の勝負に挑まれること、ひっきりなしとなることだろう。剣にて奴を上回れば、不死なる身が手に入るのだから、存在自体がお宝である。


 では、この権能や、もっと言えば、スキルや、ステータスといったものは、誰から与えられ、誰が管理するのか。身もふたもなく、はっきりと言いきってしまえば、つまりは、上位者が存在するかどうかである。


 ついに核心へと向き合うも、やはり、まったく面白い話でない。だからといって考えないわけにもいかない。目の前の石板から始まり、そしてそれが示す内容。これは上位者が用意したものなのか、はたまた、偶然の産物か。それとも、スピノザの神に似た人格のない超越者の仕業か。

 他者の意図である可能性だけは認めたくない。神という絶大な権能を手に入れられるというのに、その上がいるとなると得た力もきょうざめである。人格なき超越者ならば正直、無力であって欲しい。


 もちろん、それが明確ならばいてもいいのだ。歓迎はしないが。

 上位者はいる。ならば出てきて欲しい。こちらは、へりくだることも吝か(やぶさか)ではないのだ。軍門に下りたい。恩恵をたまわる身としてつつましく生きよう。

 これは精神衛生上の大問題である。

 そしてまた、自分のこの不可思議な状況。これが唯一、自分にしか起こらないイベントなのかどうなのかも切実に知りたい。


 脳内討論は終わらない。果ては存在論にまで及ぶ勢いであったのだから、もうどうしようもなかった。普通なら、夢であるとバッサリ目の前の現象を切り裂いてしまえるものだが、そもそも、夢を見ている時に、夢を疑い切り、これがまぼろしだと確信するのは難しいものである。

 彼は今、一つまみの冷静さしか持ち合わせていなかった。夢中。だから、例えば外部と連絡を取ろうなどといった考えは実に論外であった。目の前の怪奇かいきが逃げてしまうと思っていたからである。




 もう一本とたばこに手を伸ばし、火をつける。一息つくと、さっきまでとはまるで、気が変わっていた。馬鹿らしい。真剣に考えてしまった自分が不憫ふびんでしょうがなくなった。

 投げやりに置いたたばこの箱が机を滑った。指先で弾いたからである。


「何が何だか分かるわきゃないんだから」


 自虐的じぎゃくてきな気分になった時には、全てが終わっていた。

 ままよ。意思が、指先が、『旅立つ』という選択をもう押していた。


 意識が途切れるのだろうか、それとも、夢がめるのだろうか、いろいろなことを考える余地はあったのだが、ポイントを取捨選択する際に、10Pの服を捨てたことに思い至り、裸スタートなのか、それとも慈悲があるのかなどと考えていたのも束の間、体が、周りの品々が、宙に浮きだしていることに気付く。

 あっ。となった時にはもう手遅れであった。手には火のついたピース・ロイヤルのたばこ。目の前に浮かぶ、吸い殻。先ほど吸った一本目である。そしてその奥に、残り18本の中身の入ったピース・ロイヤルの箱。ただ、先ほど投げやりに置いたそれは、既に手が届くかどうかぎりぎりのところに浮かんでいた。ゆっくりと離れてゆく。


 おぞましい感覚が背筋をかける。


 即座に手を伸ばす。届いた。伸ばしたその手が箱に当たる。そして事態は破滅にいたる。

 箱に当たった手の衝撃のせいかどうかはわからない。ただきっかけであったのは確実。ピース・ロイヤルの箱、そして、その中身が吹っ飛び、ぶちまけられたのである。事態は踊る。

 何故だろう、箱はその浮遊をやめ、すとんと、机に落ちた。もう絶対に届くことはない。ぶちまけられた中身の18本は部屋のあちこちに飛翔し、あわよくば、壁や机に跳ね返ったそれが、偶然こちらに飛んでくる可能性があった。しかし、急転直下。18本のたばこが、一本、また一本と、光に包まれて消えていったのである。駆け巡る思考、わずかな時の流れのなか、巡ったそれは思い出であった。


 いつの間にか、目の前に浮かんでいたはずの、吸い殻までもが消えていた。それでも、いや、それだからこそ、手にした最後の一本のピース・ロイヤルは決して離しはしなかった。体が、白い光に包まれてゆく。手にあるピースもまた、同時に包まれてゆく。そして、彼は旅立ったのであった。

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