閑話 ライの叫び
これはロティスたちがヒルウァを討伐してからしばらく後のお話。
閑話ですが、結構情報量があります。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なあ、ギルドマスター。あの時のサンシャインギルドのナルってやつが今どこにいるか知ってるか?」
月の街ギルドに所属するクラス4のコントラクターライが早朝からギルドマスターに詰め寄っていた。
「これはライさん、おはようございます。はて?サンシャインギルドのナルさん?ですか?すみませんが私は聞いたことがないですが……」
朝からごっつい身体つきの男に詰め寄られ、迷惑そうな顔を何とか表に出さないようにしながらギルドマスターが対応する。
「はぁっ!?いやいや、おい!みんな!3年くらい前にうちのギルドに来たナルってコントラクターのこと覚えてるよなぁっ!」
「あ~あの片腕でライに勝ったやつか」
「そういやいたよな」
「なんかライのやつ、あのコントラクターに対して恥ずかしいこと言ってたよな(笑)」
今日も今日とて仕事もせずにギルドで飲んだくれている残念コントラクターたちは話題のネタが転がって来たとでも言うように昔の話を始めてしまった。
しかし、それはナルというコントラクターが実際にこのギルドに来た証明にもなっていた。
「ほら!ギルマスさんよ!みんなも覚えてるんだぜ?今更知らないふりは無しだろうよ!」
「そ、そう言われましても……おーいミナちゃん。3年前のナルってコントラクターのこと覚えてる?」
「え?ナル?さんですか?……うーん、どうでしたかねぇ」
月の街ギルドの受付嬢人気ナンバーワンのミナさんが口元に手を当てて思案顔を見せる。
すると奥の部屋からドタドタと足音が聞えて来た。
そしてその足音の主は奥の部屋の扉を蹴とばすように開けた。
「ギルドマスター!私、覚えてますよ!あの黒髪のクールなコントラクターさんですよね!彼がどうかしたんですか!?もしかしてまたこの街に来ているとかっ!?」
キョロキョロと辺りを見ながら飛び出してきた彼女は月の街ギルドでミナさんと人気を二分するもう一人の花、リアナさんだ。
「え?リアナちゃんは覚えてるの?」
「覚えてるよ!すごくかっこよかったもん!逆にミナちゃんは覚えてないの?ロティスくんと一緒に居たじゃない!」
「ええっ!?ロティスくんと一緒に居たの?私全然覚えてないんだけど……」
「あのロティスくんファン第一号であるミナちゃんも覚えてないなんて……珍しいこともあるんだねぇ~」
「もうっ!やめてよ!ミリアさんとかエモニちゃんに聞かれたら大変なことになるよ!」
「あはは~確かにそれは勘弁だね……。でも急になんであの人の話し?」
女性のおしゃべりは長いと言うがこういうことなのか……。
まるでお手本のような話のずらし方だったがここでようやく軌道が修正された。
「ああ、ライさんがそのナルさんの居場所を知りたがっているんだよ」
このような脱線にはもう慣れたことだと言わんばかりに表情を変えないギルドマスターが答える。
「あ、そう言えばこの間の魔将討伐の確認のために王都からコントラクターの方が来る予定がありませんでしたっけ?」
「そういえば!」
リアナさんの言葉にミナさんも思い出したというような反応を見せる。
「え?そんな予定……あぁっ!?忘れてた!!申し訳ないライさん!後の話はそこの二人にでも聞いてください!」
「あぁ!?ちょ、ギルドマスター!?」
「まあまあ、ライさん……もう少しで王都からのコントラクター方も来るみたいですし、その時に聞いてみたらどうですか?」
「あ、ああ……そうするか……」
結局ライはミナさんになだめられてすごすごと帰って行った。
………………
………………
………………
その話を指輪の変装の特殊能力で適当に姿を変えて聞いていたのが俺。
たまに一人になりたいときはミリアたちに黙って、こうして姿を変えて色々なところに顔を出しているのだが、どうにも少し問題に遭遇してしまったみたいだ。
うーん、多分問題ないだろうけど俺の話も出てたし何か手を打った方が……いやでも、だからと言って何をするんだって話だし……。
まあ、何か聞かれても忘れたことにすればいいか!
当日は冷やかしに見に来よう。
◇◇◇
あれから一週間ほどの時間が経った頃。
「これはこれは……ようこそお越しくださいました。早速ダンジョンの方へご案内いたしましょうか?」
朝から姿を変えてギルドで一人張り込んでいると、見知らぬ人が5人ほど現れた。
そのうちの如何にも偉そうな人にギルドマスターがペコペコしている。
今にも手でゴマすりを始めそうな勢いだ。
……アインの再現度は相当高かったのだと改めて実感する。
「ああ、ギルドマスター。そんなにかしこまらないでくれたまえ。調査と言ってもさすがにあの量の魔核が一度に出てきては疑いようもないことだ。ダンジョンの方へは明日向かうこととする。案内等は明日にお願いしたい」
「ハッ!そうでございますよね!皆様は王都からの長旅でお疲れのはず……まずは皆様の宿にご案内いたしますね」
かしこまらなくていいと言われてかしこまった対応を本当にやめる奴はダメだ。
これは社会人の常識。
まあ、それも相手が本当に迷惑そうにしていた場合は止めるべきだが……。
ギルドマスターの態度になぜか懐かしいものを感じてしまう。
……いや、思い出さないでおこう。
そんなことを考えながらギルドマスターたちのことを見ていると、5人のうちいかにも武闘派と言った風貌のコントラクターに話しかける男が一人。
「なあ、あんたたちは王都のコントラクターってことで間違いないんだよな?」
怖いもの知らずな面はあの頃から一切変わっていないライだ。
「おう!なんだてめえ!元気そうじゃねぇか!」
「ああ、すまない。俺はこのギルドでコントラクターをやっているライだ。クラスは4」
「ほう……そこそこ腕もあるってことか。俺は王都サンシャインギルドのバックス。クラスは5だ。それで?何か用があるのか?喧嘩ってんなら今日は勘弁……」
「いや、少し聞きたいことがあるだけだ。王都のギルドにナルってコントラクターはいるだろ?そいつが今どこにいるのかを知りたいんだよ」
「ん?ナル?だれだそいつ……おいユーリ!お前知ってるか?」
「僕よりコントラクター歴が長いバックスが知らないのに、僕が知ってるわけないでしょ」
ライの奴運がいいな。
というかコントラクター自体がこういう奴らばっかりなのか。
あんな態度でも全然気にしてなさそうだ。
「私も聞いたことないなー。ねえ、その人ほんとにうちの所属なの?」
ユーリと呼ばれた男が興味なさそうにしているのを見かねてか、女性にしては長身なコントラクターがそう聞き返した。
「ああ、間違いない!あいつは自分は王都サンシャインギルドのナルと名乗っていた。黒髪の男で三年前にクラスは4だった。そう言う男に見覚えはないか?」
ライが勢いよく詰め寄る。
あいつも何をそんなに気にしているんだ?
たかが一回負けただけだろうに……。
ライに詰め寄られるバックスと長身の女性は少し引き気味だ。
「ねえ、クラリス!あんたなら覚えてるんじゃない?」
詰め寄られた二人は5人のうちの最後の一人、この世界では珍しい眼鏡をかけた小柄な少女に声をかけた。
声をかけられた少女はカチりと眼鏡をかけなおす仕草を見せたあと全く表情を変えず、はっきりと言い切った。
「そのようなコントラクターがサンシャインギルドに所属していたことはありません。名前も特徴も合致する人はいないでしょう」
「なっ!?そんなはず……!」
ライがクラリスと呼ばれた少女にも詰め寄ろうとする。
それを今度はユーリと呼ばれた男が阻んだ。
「それ以上は近づくな……お前のような野蛮な男がクラリスの視界に入るなど断じて許されない」
「あ?なんだとっ!?俺は――」
「あーライ、そこまでにしてやってくれ。クラリスが知らないって言うんならそれに間違いはないはずだ。たまにいるんだよ。サンシャインギルドの名前を使うやつが。きっとそいつもそう言う類だったんだろう」
喧嘩腰になったライをバックスが止める。
ふむ、あのクラリスという少女。
面白い魔力をしているな、まるで……。
少し彼女の方に目を向けると、急にクラリスも俺の方を向き、ばっちりと目が合ってしまった。
………………
一瞬のことだったが、こちらをすべて見透かされているようなそんな風に感じられる視線だった。
とっさに目を逸らし、とっくに空になっている杯を傾けているとその少女が俺の方へ歩いて来る。
……なんだろう。ものすごく嫌な予感が……。
「あの……」
「ロティス~?ここで何をしているのかな?隠れてミナさんに会いに来たとかじゃないよね?」
俺が予期せぬイベント発生に身構えていると、全く想定していなかったイベントが発生した。
「え、エモニ?」
「そうだよ?ねぇ、なんで今日は朝から変装の能力まで使ってギルドに来てるの?ねぇねぇねぇ?もしかしなくても誰かと密会するためだよね?ねぇ?なんで?なんで?ロティスには私が――」
「あ、あー!エモニの作ったサンドイッチが食べたいな~!よしっ!エモニ!今から作ってくれないかっ!」
「サンドイッチ?いいよ!任せて!さあ、すぐ帰ろ!!」
ふぅ……なんとかやり過ごせたか。
結果的に予期せぬイベントには遭遇しなかったが、定期発生の病みモードエモニイベントに遭遇してしまった。
うーん、エモニの闇落ち展開は回避したはずなのに……。
「あ、でも……どうして朝から変装してたかは、後でじっくり聞かせてもらうからね?」
がっちりと俺の腕をホールドしたエモニが耳元でささやく。
うん、全然やり過ごせてなかったわ……。
こうして俺の平穏な日々は続いていくのだった。
これは別の話しだが……この日、二人の男の叫び声が街に響いたとか響かなかったとか……。
◇◇◇
「ロティス……凄い人だった」
眼鏡の少女は誰にも聞こえないような声量で呟く。
「あの人なら、もしかするかも……」
全く感情の感じられないような物言いをしていた彼女の頬が少し緩んだことに気付けた者は誰もいない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
怒涛の新キャララッシュでした。
リアナさん。ミナさんと人気を二分するギルドの花です。積極的な子。
バックス。ガタイや顔つきのわりにいい人。
ユーリ。クラリスの護衛をしている人?
長身の女性。名前出せなかった……ヒナさんです。
クラリス。メガネっ子。重要そう?
偉そうな人。きっとサンシャインギルドの偉い人です。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、第二章は王都編になる予定です。
次話も閑話です。
年始から忙しく、展開を決めている時間が……。
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