第10話 お叱り

 気が付くとそこは転生してから何度も見てきて、もう見慣れてしまった天井が目に入った。


「帰って来たのか……」


 口に出して思い出す。

 確か俺はゲートを出たあと克服したはずのゲート酔いにみまわれて……それで……。


 そうだ!ミリアに倒れる瞬間に抱き留めてもらったんだ!


 そう思って体を起こそうとする。

 ――ッ。鈍い頭痛に加え、何かが右腕を抱きしめているような感覚で自由に動かせない。

 

 それでも何とか腕を動かそうと躍起になっていると『むにゅ』という慣れない感触が腕に感じられた。


 「……なんだ?これ?」


 慣れない触感の正体が気になり、自由に動く左手でそれを触ってみる。

 ふむ、非常に弾力がいい……しかもなんだか安心感がある。

 俺は正体がわからないままのそれから手が離せない。


「んっ、んぅ、ふふ……ロティス起きてすぐそんな……だめよ。今のあなたは魔力切れで倒れたばかりなんだから」


 ……?

 ミリア?

 ………………まさか、俺が触っていたものの正体は――。


 俺は自分のしでかしたことの重大さをようやく認識した。


「ミっ、ミリア!ごめん!俺、気が付かなくて……というかどうして俺はミリアと一緒に寝てるんだっ!?」


「あら、ここに運んできたときはちょっと起きたのに覚えてないのね?私がゲート前で倒れる寸前のあなたを運んできた後、ここに寝かせて水浴びをしてこようと思ったらあなたが私の腕をつかんで言ったのよ。ミリア……って。それで私キュンってきちゃって、一緒に寝ちゃったわけ」


 ……。

 なんだその恥ずかしい出来事は!?


 ってちょっと待てよ。

 ここミリアの部屋だよな?

 ここに寝かせて水浴びをしてこようとしたって言ってたけど、結局戻って来るつもりだったんじゃ……。


 まあ、でも助けてもらったことに変わりはないし、別にいやという訳でもないからいいか。

 

「なるほど、ゲート前での事はありがとう。危ないところだったから、ミリアが来てくれてほんとによかった」


「それは、本当に反省しなさい。私がどれだけ心配したと思ってるの?どうして一人であんなに奥まで行ったの?」


 さっきまでとは打って変わって、訓練をつけてくれている時の先生の顔になって言うミリア。

 だが、それも当然だ。

 俺はミリアとの約束である『一人でクエストを受けないこと』と『二人一緒でも森の奥まではいかないこと』を破ってしまったのだ。


「今の実力を試してみたくなったんだ。コボルトやオーク程度じゃ、もう相手にならなくて……」


「それでも、ゲートまで行く必要はなかったわよね?確かに少ないけど、森の中にもハイコボルトくらいならは探せばいるし、あなたの探知能力ならそう時間をかけずに見つけられたはずよ?」


 それは確かにそうだ。

 でも、あの時ダンジョンゲートを見つけてしまったらその魅力に抗うことはできなかった。


「森の奥に行ってみたかったんだ。そしたらあのモヤが見えて、それで……なんて言うか抗えない魅力があって、入ったみたらあのすごい目眩に見舞われたんだ」


 倒れる前の記憶を思い出す。

 あの時のミリアの焦りようからダンジョン内を探索して2階層への階段の前まで行ったことは伏せておいた。


「そう……それはダンジョン香とその香の副作用として現れる眩暈ね。ダンジョン香っていうのはロティスが感じたようにダンジョンに人を引き寄せる魔力のこと。香って言っても匂いじゃないのよ。そしてその魔力はダンジョン内に入ると全くの0になるの。このギャップで眩暈みたいな症状を引き起こすのよ」


 なるほどあの魅力は魔力によるものだったのか。


 ……ってことは魔力に対する抵抗力を上げればあんな反復横跳びをしなくても良かったってことか!?

 身体強化魔法の応用だけでよかったなんて……ちゃんと勉強してから行ってみるべきだった。


「ロティス?今、次は中まで行ってみようとか考えたでしょ?ダメよ!ダンジョンはクラス4になってから!危ないんだから!」

 

 当たらずとも遠からずの直感を働かせるミリアに思わず冷汗をかく。

 さすがにもう大体10年くらい一緒に居るのだ。

 露骨な思考は簡単に読まれてしまう。

 もう一度ダンジョンに行く機会はミリアが遠征依頼や護衛依頼で町を離れている状況かつ、エモニが付いてこないような状況を作る必要があるということだ。


 ミリアについてはこれからも何度でも機会はあるだろうが、エモニが今回のように風邪を引いていて付いてこれないと言ったような状況はどれほどあるだろうか。

 

 俺としてもエモニを無理に引きはがしたいわけではない。

 俺の目標はエモニたちが笑っていられるようにすることだからな。

 だが、その未来を迎えるためには俺があの魔将に対抗し、打ち勝てるほどの実力をつけることが絶対条件だ。


 そう言えば、今日倒したハイコボルトはクラス4相当の能力だったが、ああいうクラスの変動はよく起こることなのだろうか?

 どうにかミリアから情報を聞き出したいが、俺が今日ダンジョン内に入って探索をしてきたということを悟られるわけにはいかない。


「ミリアは本気出すとどのくらいの魔物が倒せる?」


 とりあえず、雑談から情報を引き出せないか試してみることにした。


「ん?急にどうしたの?まあ、でもそうね……魔物はクラス5からありえないほど強くなるの。しかもただ魔法が強いとかそういう強さだけじゃなくって動きが複雑になったり、オークロードみたいに群れの王として君臨しているようなやつは連携をとってきたりするようになる。だから、私が本気を出してもクラス6は厳しいと思う……ってところかな」


 ミリアの言葉にふむふむと頷く。

 なるほど、クラス4と5では3と4以上に大きな差があると。

 

 「そういえば、魔物って大体種類ごとにクラス分けされてるけど、例えばハイオークがクラス5の実力を持ってるとかそういうことってあるの?」


 ここで本命の質問を投げた。

 社会人時代、一番の目的をどこで相手に伝えるべきかと言うことは何度も考えてきた。

 一番最後に持ってきたり、最初に投げかけて見たり、反応を見てだったり……。

 もちろんどれも効果があるのだとは思う。

 でも結局は変にもったいぶらず、意見を伺いたいのですがといった姿勢で臨むのが最も成功率が高かった(と思う)。


「う~ん、ハイオークがクラス5程度の実力を備えていたっていう例は聞いたことがないけど、そう言う事例が全くないわけじゃない……かな。オークからクラス3を示す青緑の魔核が出て来たとかは数えられる程度だけど報告が上がっていたはず。まあ、だけどそれは……」


 そこまで言ってなんだか複雑そうに口をつぐむミリア。


「それは……?」


 気になった俺は純粋な子どもの眼差しで話の続きを促した。


「……そうね。勉強に熱心なロティスのために教えてあげる。知っておいた方がいいことではあると思うし」


 大きく息を吸って深く吐く、まるで告白を目前に控えているような緊張を落ち着けるしぐさに見え、俺は全身にいやな予感を感じた。


「基準クラス以上の魔核が検出された付近のダンジョンはダンジョンブレイクが近いことを表しているの」


 ミリアの口から発せられた思いがけない事実に、俺の脳内で警報が鳴り始めた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


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