第9話 同居生活スタート
というわけで──
「衣服類ってどうしたらいい?」
「えっと……」
「とりあえず春物だけわかりやすいとこに置いとく。他のシーズンのは収納用品が揃ってからにしよう」
暁との同居生活が始まった。
「そうだ翔真。まさかとは思うけど、むやみやたらに荷物広げちゃ駄目だよ」
「え」
カッターナイフの刃を繰り出さんとする手が止まる。
「荷造りであれだけ手間取った作業が一日二日で終わるわけないんだから」
背後に気配を感じ取っていたのか、暁は翔真に振り返って注意をした。
「まずは最低限、生活ができるだけの荷物だけを取り出す。本とかは──」
「後から! 後からだよな、知ってる。俺もそうするつもりだった」
言い切る前ならセーフだ。段ボールの蓋を慌てて閉じた。飛び火して怒られそうなので側面にあるパンダの絵を隠す。ちょっとした遊び心で、パンダの額には本のマークのタトゥーを入れてある。
翔真的には疲労が溜まる前に重たい荷物の作業を終わらせようという考えでいて、すでに数冊は箱の外に出していたのだが、バレないよう静かに戻していく。
ここは素直に暁の言うことを聞いておこう。
「あ、それはしまわないで」
「へ?」
それ、と暁が指さしたのは『夜明けを君と過ごせたら』。例のBL漫画。
「え、あ、あのこれは」
「荷物に入れといてって言わなかったから、あれ、翔真って漫画どうしたんだろう? って思ってたんだけど。よかった、持ってきてたんだ」
「……そりゃそうだろ」
誰がこんな危険物を実家に置きっぱなしにする。
ボーイズラブはともかく、エロくてエモいが宣伝文句だぞ。家族に見つかったら何をどこからどう釈明するんだ。
「それで俺、昼から事務所に呼ばれてて。多分だけど今日あたりに台本渡されると思うんだよね」
「え」
「一話三十分、コマーシャル省いて二十三分の八話だから、一冊の台本になるのかな」
ちょっと分厚いかも、とかなんとか暁は言っているが、聞こえない聞こえない。
「『夜明け──』は夏クールのドラマでね」
「……へぇー」
「撮影までにはまだ打ち合わせとかいろいろ段取りが残ってるんだけど……って、翔真どこ行くの?」
バレた──うっかり静止した翔真に、
「台詞の練習」
暁は回り込んでにっこり笑いかけた。
「あ、暁、あの」
「主役だから出る場面も多いし、ガイとの絡みがメインだから翔真に読んでもらう部分も多くなっちゃ──」
「その件なんだけど!」
「うん?」
純粋無垢な不思議顔を前にして、翔真は脇の下にドバドバと汗をかく。
忘れていた。だけど暁は忘れていなかった。
卒業式の日、その帰り道に交わした約束。
──……じゃあこれからも台詞練習手伝ってくれない?
──それはもちろん
──本当?
──おう
深く考えずに承諾してしまったあの日の自分を恨む。
そうしたら恨まれた過去の自分が、じゃあどうしたらよかったんだよと嘆き、翔真はため息を噛み殺す。
「翔真?」
「えっと、次のドラマの台詞練習は……」
「うざい?」
えっ、と顔を上げた。悲壮感を宿す瞳で見られていた。翔真はさっと目を逸らす。
俳優だ、と思った。ずるいというか巧いと思った。言葉を操り、場を構築するプロだと。
『できない?』にはできないの事情を添える、『嫌?』には嫌だと思う理由を付け足す余白があるけれど、『うざい?』にはない。
暁がした質問は自身に対する思いをたずねるものであり、だから翔真はこうとしか答えられなくなる。
「……うざいわけないじゃん」
「はは、ちょっと気早かったかな。初主演だから気合入っちゃってて」
「……頑張れよ」
くしゃりと笑い、暁はうんうんと首を縦に振る。
曖昧な反応をするのも心苦しくて目を背けたら、後ろめたさの視界に──『夜明けを君と過ごせたら』。
配送の都合でカーテンがまだない窓から差す太陽で、美麗な男たちは比喩じゃなくキラキラと発光していた。
東京の3DK。利便性のいい立地。高層階。事務所の補助があるとはいえ、ハウマッチを聞いたら震えてエントランスさえくぐれなくなるくらい高いんだろう家賃。
まるで現世の極楽。そこで共に住む相手は、気心しれた幼馴染。
不平不満なんて湧くはずがない、かりそめとはいえ贅沢すぎる暮らし。
それは、
『俺のこと見て、いやらしいこと考えてたんだろう?』
『馬鹿だなぁ……でももっと、狂いに狂って離れられなくなればいい』
歯が浮くようなガイの台詞と引き換えにして、窮地の翔真を援助するのだった。
──いや、どんなだよ!
【Ep1】Fin.
(【Ep2】へ続く)
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