レーヴェンの天秤

謎崎実

プロローグ

 墓石に囲まれ、桜の絨毯が敷かれた墓地参道をきっぱりとした足取りで歩いていく。

 もう春も終わりに近づいているというのに外はまだまだ肌寒く、手のひらから指先まで少し悴む。予報では気温が高いとのことで薄手の長袖にしてみたものの、肌寒さは未だ残っていた。


「遅くなったな」


 一基の立派な墓に辿り着くと、新しいオレンジ色の花が花立に挿し込んであった。

 もう30だというのに、恥ずかしながらも墓参りをしたのは今日が初めてである。もちろん、墓の礼儀などの基本知識はゼロ。とりあえず適当にスーパーで買ってきた白い花を一輪、花立に挿し込んだ。


 意外にも、ここの墓地は整備がされており、周りが自然に還るなか、ここは管理が行き届いていた。まるでつい先程まで人がいたかのように。

 しかし、時折聞こえる木々の葉擦れが妙な静寂さを掻き立たせ、やはりここにいるのは自分一人なんだと改めて実感させられる。


「周りが静かだから寂しいだろ」


 掃除するまでもなさそうな艶の出た墓石を、新品の乾拭き雑巾で念入りに拭きながら時折声をかけてみた。

 もちろん返事などはない。所詮はただの石。ある時代の誰かが勝手に決めた、勝手な風習に過ぎない。そう返事をするかのように墓石の上に乗っていた桜の花びらが空へと舞った。容赦なく身体を襲う皮膚を刺すような冷たい風に、思わず情けない声が漏れ出た。


「また来る」


 悴んだ手を静かに合わせて、瞼の裏を見つめる。

 そのとき、シャッ、シャッ、シャッ、とほうきで何かを掃くような音が静寂を崩した。

 聞こえるはずのない物音、いるはずのない人。最初は侵入に気がついた警官が駆けつけてきたのかと思った。

 しかし、音がする桜の敷かれた参道には警官とは程遠い格好をした女性が、竹ほうきを手に敷石に散らばる花びらを掃いていた。


「幽霊とかじゃないよな……」


 今にも冬眠してしまいそうな寒さに肩をすくめながら、恐る恐る女性へと近づいた。


「あの、ここ立ち入り禁止なんですけど」


 赤色のワンピースを着る女性の背中に向けて声をかけるとともに、胸の内ポケットから二つ折りの黒い手帳を取り出し、それを開いて見えるように提示した。

 すると、女性は竹ボウキを持つ手を止めた。そして、こちらへと振り返っては囁くような小さな声でこう言った。


「東京を廃都にしたのは貴方ですか?」

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