8 雨の日に起こった事ごと
第42話 雨の日に起こった事ごと ①
翌日。
陽太が家を出る頃、空には積雲がちらほらと浮かび、太陽の光は少し淡く黄色みを帯びていた。
登校中、隣を歩く陽菜が空を見上げて言う。
「お兄ちゃん、傘持っていったほうがいいよ。雨、降ると思う」
「でも、天気予報じゃ降水確率3%だったよ?」
「1%でも降る可能性はあるでしょ?」
「なるほど、陽菜ちゃんの“雨センサー”は天気予報より信頼できるね」
それは、陽菜が小さな頃から持っていた不思議な感覚だった。彼女の髪がひどくうねり、青い毛先が浮くときは、どんなに晴れていても必ず雨が降る。
「ありがとう、念のために持っていくよ」
「ふふっ。昨日のどら焼きのお礼ね」
そうして陽太は玄関に置いてあった折り畳み傘をカバンに入れ、二人で出かけた。
その日、陽太は学校で平穏無事に一日を過ごした。
そして、陽菜の予感は見事に的中する。
午後の体育の授業中、突如としてゲリラ豪雨が降り始めた。
雨は放課後になっても止まず、小降りにはなったものの、やむ気配はない。
昇降口の階段を降り、靴を履き替えた陽太は、余裕のある表情でカバンから傘を取り出した。
玄関を出ようとした時――
オーニングの下で雨が止むのを待っている学生たちの中に、
彼女と話すのは、あの振られた日以来だった。
まだ少し気まずさは残っていたが、彼女の横顔はどこか困っているように見える。
その表情に、陽太は迷った。
――話しかけるべきか? それともやめるべきか?
だが、先日、陽菜に言われた言葉を思い出す。
――『振られたけど、脈が完全にないわけじゃないと思うよ?』
その言葉を信じ、陽太は傘をしっかり握り直して一歩踏み出した。
「赤星さん、どうかしたんですか?」
実瀬は、傘を持っていないことに気まずさを感じたのか、肩をすくめて笑った。
「天気予報が確認してなくて、傘、持ってなかった……。このままだと、マネージャーとの約束に遅れちゃう。でも、駐車場まで走ったら、髪も服もびしょ濡れになっちゃうし……」
「よかったら、僕の傘、使いませんか?」
陽太は迷いのない手つきで傘を差し出した。
「でも、それじゃ日野君はどうするの?」
「僕は時間に余裕がありますから。雨が止んでから帰ればいいですよ。赤星さんはスケジュールを守るのが大事なんでしょう?」
「……それなら、いっそ一緒に駐車場まで行こうか?」
「いえ、大丈夫です。赤星さんって、誰に対しても平等に接したい人でしょ?」
その言葉に、実瀬は一瞬目を伏せ、何かを考えるように口をつぐんだあと、再び陽太に向き直る。
「……でも、傘、どうやって返せばいいの?」
「明日、僕の席に置いておいてくれたら、それでいいです」
「ありがとう、助かった。また明日ね」
「うん、また明日」
そう言って、実瀬は傘を差し、小走りで校門の方へと駆けていった。
その様子を、板津修吾が校舎の影から睨んでいた。
嫉妬の火が、その目にゆらめく。
陽太は空を見上げ、まだ雨雲が漂っているのを確認すると、雨が止むのを待たずに駆け出した。実瀬とは反対の方向へ――。
その走る姿からは、まるで放たれた熱が雨を蒸発させるかのような勢いを感じさせた。
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