第5話 闇影を生み出す獣 ①

 地平線に沈む夕陽が、商店街を赤く染めていた。洋風のケーキ屋から出てきた陽太は、手にした白い紙箱をエアチャリンコの前カゴにそっと置き、ハンドルを押しながら通路を歩いていた。その時――突然、爆発音が響く。


 500メートルほど先から黒煙が立ち上り、微かに獣のような叫び声が耳に届く。

商店街には鋭いアラームが響き渡り、掲示板や信号機には「シャドマイラ警報」の文字が点滅。避難ルートを示す矢印が表示され、音声案内が流れる。


<シャドマイラが来襲、シャドマイラが来襲。速やかに避難してください>


八百屋の店主が叫ぶ。

「シャドマイラが現れたぞ!」

路人の若い女性が慌てて言う。

「嘘でしょ!?なんでこちらの町に……!」

青年の男性も叫んだ。

「逃げろ!」


商店街は一瞬で騒然となり、人々があちこちで混乱する。


巡回中だった地元警察も、エアバイクのスピーカーで緊急アナウンスを開始する。


「シャドマイラが来襲中です!落ち着いて避難シェルターへ移動してください!」



陽太は驚きに満ちた表情を浮かべるが、何とか自分を落ち着かせようとする。


「まさか……シャドマイラが、こんな町に……。家に戻らないと。でも遠回りしないと危険か……」


そう呟くと、爆発音と建物が崩れる音を背に、陽太はエアチャリンコに飛び乗り、黒煙が立ち上る方向とは逆へ向かって走り出した。




 シャドマイラ崩れた建物の前に現れたのは、身長5メートルを超える異形の怪物だった。四つん這いの姿勢で、チンパンジーのような動き。禍々しい赤い四つの目が光り、鋼鉄のように硬そうな胸部にはコブのような突起がある。

 その怪物は、セイウチのような二本の牙を剥き出しにし、ラーテルのように鋭い爪を振るうと、商店街の建物が簡単に斬り裂かれ、崩れていった。

怪物は1体ではなかった。次々と複数のシャドマイラが現れ、街を破壊し始める。


 数分後、街の上空に現れたのは黒い中型飛行マシン4機だった。カブトムシを思わせるフォルムの機体は分厚い装甲に覆われ、重武装を備えている。尾部のエンジンブースターからは青白い炎が噴き出し、側面にはUCBD--United Cryptid-existence Buster Departmentの頭文字が描かれている。

 マシンの先頭から左右に分けてライト赤、青、黄色のライトが点滅し、高音のサイレンが鳴り響く中、4機のマシンがそれぞれ広場や駐車場に着陸。後部ハッチが開くと、斜面が地面に降ろされ、黒いフルアーマーに身を包んだ隊員たちが次々と跳び出した。


 隊員たちはフルフェイスのヘルメットを被り、青いライトが点灯した単眼のようなレンズが光る。左肩には「UCBD」のロゴ、右肩には所属機関のエンブレムが描かれている。背中にはビームライフルやバズーカ、ビームガンといった重火器を装備している。


「こちらチームA、着陸完了。各チーム、応答せよ」


指揮官らしき中年の男性が通信機越しに指示を出すと、他のチームも次々と応答する。


<チームC到着、作戦スタンドバイ!>


<チームD、作戦待機です>


イヤホンから青年男2人の声が返事した。


<チームB、着陸完了。指示をお待ちしています!>


若い女性声が続いて応答した。


「よし、包囲網を展開し、一匹たりとも逃がすな!殲滅する!」


「「「了解!!」」」


隊員たちは一斉にビームライフルを構え、シャドマイラが暴れる商店街へ突入していく。



一方、夜空には別の特殊マシンが飛んでいた。白銀に赤と青のラインが描かれた流線型の機体。その横を、黒いUCBDの機体2機が護衛する。

白銀のマシンのコックピットに座るのは30代の女性、李瑶妤リー・たまよ。黒髪をローポニーにまとめ、大きなクリップで固定している。白衣を纏ったその姿は、知性と冷静さを漂わせ、一輪の凛とした花のようだ。胸にぶら下げた識別証には、彼女の写真と名前が記されている。


隣のアシスタント席には、20代前半の青年エリック・グラットンが座っていた。丸メガネを掛け、ボリュームのある髪を整えている彼は、前方のレーダーに映る5つのライトポイントを見つめている。


「こちら重装特務隊486。シャドマイラを退治中。科援隊、応答願います」


「こちら科援隊。現場に向かう途中です」


「到着まであとどれくらい?」


瑶妤が冷静にメーターを確認しながら答える。


「5分間を頂戴」


エリックは焦りを隠せない。


「先生、現場がもう持ちません!」


瑶妤は即座に指示を出す。


「干渉波生成装置の発射準備を。タイミングを知らせるから、照準を外さないで」


「了解しました!」


エリックは深呼吸し、操作レバーを握り締める。


マシンの機体両側に内蔵式のミサイルポッドキャニスターが展開した。


遠方を見ると、灯火が宝石のように散らばる町の一角から煙が上がっている。付近の住人はすでに避難しているが、ある商店街では激しい炎があちこちを焼き尽くしている。


さらに――ドッカン!

激しい爆発音が響き渡った。


いくつもの光束が暴れる異形に集中砲火を浴びせている。

UCBD重装特務隊員たちは大型ビームライフルを両手に構え、ひたすらシャドマイラを撃ち続けていた。


「ゴラーテルトンα型か……また厄介なやつが出やがった!」

「しかも5体同時に現れるなんて、珍しいことだな!」


身に纏い隊員と違い深緑色のスーツ、またバックパックに装備する兵装が違いキャノン砲が背に負う隊長らしい人が怒号を飛ばす。


「怠けるな!03、05、撃ち続け!」


「了解!」


隊員たちは左手でビームライフルのハンドガードを支え、右手でトリガーを引き続ける。

発射されたビームが狙いを正確に捉え、ゴラーテルトンの体表にあるコブを撃ち抜くたびに、異形は大きな悲鳴をあげた。


「オギャアアアアアーーー!!!」


ゴラーテルトンは太い腕を上げて防御の姿勢を取りながら、胸と腹が次第に膨らみ、コブが赤く光り始めた。その様子を見た隊長が叫ぶ。


「衝撃が来るぞ!防御を構えろ!!」


異形の口が大きく開かれると、エネルギー弾を吐き出した。三方向に放たれたエネルギー弾が着弾するたび、激しい爆発が発生する。


UCBD隊員たちはバリアシールドを展開し、爆発の衝撃を防ぎながら態勢を整えた。

その間にゴラーテルトンの一体が大きく跳躍し、逃走を図る。


「こちらチームA、チームC、こちらの個体があちらへ向かった!」


<了解しました>


「04、05、06、お前たちで追跡しろ!」


「分かりました!」


 3人の隊員はゴラーテルトンの逃げた方向へ走り出した。1人は地上を進み、残り2人は商店街の屋根に飛び上がると、足部アーマーに搭載されたブースターでビル間を軽々と飛び移りながら追跡を続けた。

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