第3話 プロローグ ③
ネオ江戸郡、新東京の西部・八王子エリア
柔らかな日差しが静かな住宅街を照らし、桜木の枝には膨らみ始めた蕾が揺れている。
青い越屋根が目を引く三階建ての一軒家は、屋根に発電機能を備えた近未来的なデザインだ。
少年の部屋には太陽の光が差し込み、温かさが漂う。壁には星座早見表が大きなパネルに収められて飾られ、机には組み込み型のパソコンが置かれている。そのスクリーンには、巨大な青い星の写真と「Hino Yota」という英文字が映し出されていた。
鏡の前に立つ少年。茶髪はマッシュカットで、ところどころ青みがかった癖毛が跳ねている。胸元に「SUPER」と白い大文字でプリントされた赤いパーカーと、白のコットンパンツという少し野暮ったい服装を身にまとい、部屋を出ると階段を下り、リビングへと向かった。
リビングからはテレビ番組の音が聞こえてくる。
「バキッ」という棒状クッキーを噛み切る音が響く。
ソファに伏せるようにしてテレビを見ているのは、前髪を真ん中で分けた可愛らしい少女だ。触角のように跳ねる青い癖毛、細い眉、そしてアーモンド型の瞳が印象的な顔立ちで、何度見ても飽きない。
彼女はキャミソールに短パンというラフな格好で、ソファの背もたれに片足を乗せ、揺らしながらお気に入りのドラマに夢中だ。ローテーブルには駄菓子が開けっぱなしの状態で置かれている。そのどれもが、キラキラとしたパッケージに包まれていた。
少年がリビングに入ると、ちらっと少女の様子を確認してからキッチンのほうへ視線を向けた。キッチンではエプロンを着た母親が料理をしている。
少年はキッチンカウンターに寄りながら声を掛ける。
「お母さん、今晩の夕食は焼き餃子?」
「ええ。お父さんが中華を注文してくれたからね。それに陽太の大好物、唐揚げも作るつもりよ」
花柄のエプロンを身につけ、ストレートの長い髪を太い三つ編みにまとめた女性は、子供を三人も産んだとは思えないほど若々しく美しい。彼女の名前は
陽太は嬉しそうに微笑んで言った。
「ありがとう!ところで、僕、これから出かけるよ」
テレビに集中していた少女もその言葉に反応し、耳を傾ける。
「どこに行くの?」
「いつもの場所」
「エアーチャリンコで行くの?」
「うん、そうだ」
黛璃は微笑みながら、ふと何かを思い出したように手を合わせた。
「あっ、そうそう、唐揚げ粉を買ってきてちょうだい」
「わかったよ。行ってくるね」
すると、少女がテレビから視線を外し、陽太のほうを見て言う。
「お兄ちゃん、いちごムースケーキも買ってきて!」
陽太は一瞬考え、首を傾げた。
「いつものお店のやつ?」
「そう!どうせ商店街に行くんでしょ?代わりに、2個分は私が奢るから」
陽太はすぐに頷いて答えた。
「わかった、買ってくるよ」
黛璃は手際よく餃子を包みながら、ソファにいる娘へ優しく声を掛けた。
「
少女、陽菜は首を傾げながら答える。
「それは夕食用でしょ?お兄ちゃんに頼んだのは夜食用なの〜」
黛璃は陽菜を弄るような口調で問いかけた。
「あら、お菓子を食べ過ぎるとニキビができちゃうわよ?」
その言葉に、陽菜は少し飽きたような表情で言い返す。
「ちゃんと洗顔料で洗ってるから平気だもん!」
陽太がリビングから出ていこうとすると、陽菜は慌ててキッチンカウンターに置かれた電子機器を手に取った。
それは銀と赤の円盤状に、下部には楕円形のスティックパーツが組み合わされた
玄関で靴を履いていた陽太に声をかける。
「お兄ちゃん、MPデバイスが忘れてない?」
陽菜は両手を後ろに回し、首を少し傾けて意地悪そうに微笑む。
陽太はポケットを探り、デバイスがどこにもないことに気づいて焦った顔を見せた。
「ない! 部屋に置いてきたのかな……?」
陽菜は赤い円盤状のデバイスを見せびらかすように差し出した。
「ほら、これ」
「えっ、いつの間に!」陽太は驚きつつ受け取ると、首を傾げて問いかけた。
「なんで陽菜が持ってるの?」
「キッチンカウンターに置きっぱなしだったよ」
「そうだったのか……ありがとう、陽菜!」
陽太が礼を言うと、陽菜は腰に手を当てて少し呆れたように言った。
「お兄ちゃん、物忘れをどうにかしないと、本当に彼女できないよ?」
陽太は苦笑しながら頭をかく。
「わかった、気をつけるよ」
しかし陽菜は容赦なく追い打ちをかけた。
「高校生にもなるのに、そんなドジじゃねえ……ダサすぎ! ねえ、彼女いない歴何年目だっけ?」
「そんな簡単に好きな人なんて見つからないよ」
「まあ、いなければ陽菜が面倒みてあげてもいいけど?」
その言葉に陽太は驚いて眉を寄せる。
「野良猫扱いしないでよ……」
陽菜はクスクスと笑った。
「で、今日はまた太陽を観測しに行くの?」
「うん、行ってくるよ!」
「そんなに太陽ばかり見てて面白いの?」
陽太は朗らかに笑いながら答えた。
「大好きだからね」
陽菜は小さくため息をついて、呆れた顔を浮かべた。
「変人扱いされても平気で太陽を
陽太は苦笑しながらもどこか楽しげに笑う。
「まあ、そうかもね」
「それで、帰りにちゃんとケーキ忘れずに買ってきてよ!」
「もちろん。じゃ、行ってくる!」
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