地獄のパーティメンバー
ポメル・ノベル
第1話 つよつよ幼女とヤンデレと
●第一章
ここは遥か昔。
まだ人間という種族がいない神代の時代に、世界は天国と地獄と――。
「飽きたなァ」
幼いふわふわロング髪の幼女が、ぼんやりと呟いた。天蓋付きの豪華絢爛なベッドの上で『喉元に突き立てられそうな刃を摘まみながら』、それが瑣末であるかのように、ぼんやりと。
「はい?」
刃の先――ハート型をした包丁の持ち主である女性は不思議そうな表情をした。
黒と紫が混じるストレートロング髪の彼女の頭には熊のようなふわふわの耳があり、背中には小さな蝙蝠の翼、そしてワンピースの一部をくり抜かれたお尻からは、ハート型のこれまたふわふわのしっぽが生えている。
しかし、幼き少女が彼女の反応を気にすることはなかった。
少女は、サイドにお団子をこしらえたパステルブルーとピンクで彩られた髪をふわりと揺らす。そのまま、上等で緻密な絵柄の描かれた赤いカーペットの上に、ばふんっと大の字で転がった。
「天国がどうの地獄がどうのみたいな話も、この田舎暮らしも! ベルちゃんはもうぜーんぶ飽きた!」
ジタバタと駄々っ子のように手足をバタつかせると、熊の耳がついた愛らしく大きなパーカーが、彼女の動作に合わせてだぼだぼ揺れる。スカートも同じようにひらひらと舞って埃を発生させていた。
一方で容姿に相違ない子ども染みた様子で叫ぶ少女――ベルに、包丁の持ち主であるメイメイはひどく傷ついたような表情をした。
大きな紫の瞳に高い鼻梁、整えられた眉が歪んでいく。
「そ、そんな! 私と二人の愛の巣を出ていかれるというのですか!?」
詰め寄るようにベルに近づいて、メイメイは彼女の肩を掴む。
ベルはそんな彼女を見やりつつ。
「まあ、君がベルちゃんの愛用クマちゃんマグに毒塗ったり風呂入ってようが寝てようが隙あらば殺そうとしてくる生活は結構楽しかったが」
「そっそれなら……!」
「でも、流石に何十年もこれじゃあなァ」
ベルはメイメイを押しのけると、パンパンと床に寝転んだせいでついた汚れを払い落とす。
けれども、そんなことでメイメイは納得しない。
再びベルに詰め寄ると、先ほど彼女に向けていた包丁をこれでもかと取り出しながら。
「何でですか結婚生活停滞期ですかマンネリですかもう私のこと好きじゃないんですか!? それならあなたを殺して私も死にます!」
「それ君のデフォルトじゃね?」
ベルは平然と彼女の様子を眺めながらツッコむ。
ついでとばかりに肩を竦めながら。
「大体ベルちゃん、君に好きだと言った覚えもないし結婚もしてないし」
それにメイメイはそれはもう、それはもう! 心の底からずたぼろにされたような、絶望を腹いっぱいに流し込まれたかのような表情を浮かべた。
「そっそんな……何でそんな酷いこと言うんですか? 私はこんなにあなたのことが好きなのに! そんなの、そんなの……もう殺すしかないじゃないですか!」
「だからそれデフォルトじゃん、君の」
ぎらりと光るハート型の包丁をもちもちの頬の先に突き立てられても、やはりベルの様相は変わらない。
そう、デフォルトなのである。これが、ベルとメイメイの。
ベルはくるりとメイメイの拘束から抜け出ると。
「てワケで」
言いながら、メイメイにウインクする。
「ちょっと街出てくるわ♡」
しかしそれに驚愕の表情を浮かべるのはメイメイである。
彼女はその大きな瞳をこれでもかと見開きながら、ベルを引き留めようとする。
「何をおっしゃっているのです! 街にはあなたを拒む結界が張り巡らされているでしょう!」
「んー、いや、もしかしたら今なら入れるかもしれねえんだよな」
豪奢な西洋風の茶色い扉の前で振り返ったベルに、メイメイは少し冷静になったように問い返す。
「どういうことですか?」
「なぜかは知らねえが、結界が弱くなってんだよ」
「そんなことがわかるんですか!?」
「わかるさ。ベルちゃん舐めんなァ。ベルちゃんにビリビリきてたのがなくなってるもん」
愛らしい口ぶりとともに、扉をくぐって廊下から階段へ。そして大きな屋敷の玄関ホールへと進んで行くベルを、メイメイは慌てて追いかけながら呼びかける。
「何言ってるんですか! あなた低級悪魔じゃないですか! 嘘が分かるからこれまで大きな事件には巻き込まれなかったようなもので……それだって一級悪魔には通用しないですし、大して珍しいものでもないのに!」
「もー、メイちゃんは心配性だなァ。だァいじょうぶだってェ。それでベルちゃんがヤバい目に遭ったことある?」
「いくらでもありますよ!! あなたは面白そうだとか言ってすぐトラブルに頭から突っ込んでいくんですから!」
「そりゃあ、面白えことがこの世で一番大事だからな♡ 何事も面白くなくちゃァ。ベルちゃんはいつでも笑ってたいからさァ」
にい、と唇の端を持ち上げていつも以上の笑顔を作る。可愛い八重歯がきらりと光った。
メイメイはそんなベルの可愛さにうぐ、と言葉を詰まらせそうになりながらも、慌てて意識を取り戻す。
「ッそれで命を失ったら意味ないでしょう! 命は大事なんですよ! 私に殺される前に殺されるなんて、そんなの……! そんなの……! それなら今ここで私があなたを殺します!!」
「矛盾って知ってる?」
言うや否や、何の躊躇もなく振り下ろされた包丁を寸でのところで避ける。
「うォッあぶねっ!」
「そもそも! あなたは何でこんなところで田舎暮らしをしてるか忘れたんですか!? どうせあの男に会いに行く気なんでしょう!! 今度こそ本当に殺されますよ!!」
しかしベルはそんな都合の悪いことは耳に入れないとばかりに、小さな両手で両耳を塞ぐと。
「あーあー聞こえなァい。とりあえず行ってくるから留守は任せたぜ♡」
人差し指と親指でメイメイを指しながら軽快なポーズを決める。そのまま颯爽と玄関から出ていこうとする彼女に、仕方なくメイメイが折れた。
「えぇっ!? もう! それなら私も行きます!」
「君が来ると色々ややこしくなりそうだからダメ。君だって、何でベルちゃんとここに居るのか忘れたワケじゃねえだろ?」
ベルの言い分に、確かにそうだと思い直した彼女は、結局またしても折れた。
「……う、わかりました」
しゅんと肩を落としつつ、うるうると瞳を潤ませながらベルを見ると、思いっきり彼女を抱きしめる。まるでぎゅうっとそのまま圧縮せんばかりに抱き潰されて、ベルは「うぐぇっ」と蛙が潰れたような声を出した。
しかし彼女は悲しみと寂しさのあまりそのことには気づいていないようで。
「ベルちゃんっぜったいぜったい、早く帰ってきてくださいね! ムチャしないでくださいね! あと浮気とかしたら殺します!!」
色々言いたいことはあったベルであったが、ここで余計なことを言うとさらに長引きそうだと察して「わかったァ~」と頷いておくことにしたのだった。
***
「うっわー、変わってねえなァ」
開拓されていないため、真昼間の陽射しに加えてマグマや炎がさらに周囲を照らし出す荒地の中、ベルが独り言を呟きながら街の入り口である門の前に立つ。
門の上にはテーマパークの入り口のようにデカデカと天界文字が躍っている。
地獄の第五都市――ヘルファイブ。
それがこの都市の名前であった。
「すげえ安直な名前だよな。絶対適当に考えたよ」
聳え立つ黒い鉄柵に挟まれた仰々しい門は開かれているが、普段のベルであればここから先には入れない。結界によって侵入を拒まれているからだ。
しかし――。
「へェ、やっぱ通れんじゃ~ん♡」
そっと人差し指を門の先に差し込んでみても、何の拒絶反応も起こらない。手を弾かれることも、焼かれることも、激痛に苛まれることもない。
ベルはそれに、にんまりと笑みを一層深くすると、英雄の凱旋だとばかりに門の先へ足を踏み入れた。
「英雄って表現は好きじゃねえなァ」
くるり、とステップを踏みながら。
「主人公の凱旋さ。この街に主人公が帰ってきたんだよ」
言って、見た目にそぐわぬ悪魔のような笑みを浮かべてみせるのだった。
舗装された道路、高層ビル、湖、橋、おおよそ近代的と言えるものは何でもある街並みの中に、時節マグマのような炎が燃え盛っている。地面から漏れ出るように燃えていたり、建物のオブジェと化していたり様々であるが、それが妙に地獄らしい。
「おーおー懐かしい我が家って感じだなァ」
道行く人たちは人の形をした者もいれば、様々な種類の角が生えたり、羽が生えたり、尻尾が生えたり、巨大だったり、小さかったりする者もいる。
どうやらここは街の一番街のようで、服飾店や装飾品店、カフェにバーなどが並んでいた。それぞれの店がピカピカと光る看板や、魔法による立体映像などを映し出しながら客を呼び込んでいる。
「有り体に言えばサイバーパンク地獄ってカンジだなァ。その都市を支配してる奴の好みが景観に反映されてるのがセオリーだが……まさかこんな派手になるとはなァ」
ちなみに、ベルが一歩歩くたびに悲鳴と銃声と血が飛び散る生々しい音が聞こえ、街の中は世紀末のように荒れまくっているが、人々はその中を普通に行きかっていた。
あっちでは男たちが少年っぽい見た目の一人をカツアゲし、こっちではなぜか千切れた腕が飛び、そっちでは道路の一部が血で赤く染まり、ベルの頭上をナイフが掠めて飛んでいくが、彼女はスイとそれらを避けて進んで行く。
そのとき、キキィイ――ッッ!! と甲高いブレーキ音と共に、ドンッと何かが跳ね飛ばされる。
「うわっ何だァ?」
思わず視線をやれば、車に轢かれて腹から血を流し、腸がこぼれている男が藻掻いていた。
しかし、彼らはこの程度では死にはしない。彼らを殺すのであれば、頭部の大部分を破損させるとか、ミンチにするとか、その程度のグロテスクさが必要である。
とはいえ身体が大損壊している者のそばを素通りするのも気が引けて、ベルは轢かれた男に視線をやりながら声をかける。
「おーい、大丈夫かァ?」
「ぐうッッ!! アイツいっつもここでボクを轢いてくるんだ!!」
遠くから呼び掛ければ、男は遥か先を行く車を指さしながら叫ぶ。
真っ赤な血そのもののような真紅のオープンカーがそこにはあった。遠巻きながらも光の加減によって真紅の一部が黒になったり模様が浮き出して見えたりする。
「おわァ、パラディーゾ666インフェルノの限定モデルだァ! しかもあれだいぶ塗装に手間暇かけてそォ~~」
目をキラキラさせながらベルがド派手なオープンカーに目を惹かれている最中にも、男はいくらか身体を回復させている。あのまま放っておけばその内完全に再生するだろう。
まるで一話で殺されても二話では当然のように生き返っているコメディアニメの登場人物のようだが、逆に言えばそれゆえに、これほど街中が荒れまくっているのかもしれなかった。
と、ちょうどそのとき、何かがベルにぶつかってきた。
「ぅわぷっ」
「でゅあっ」
妙な呻き声を発しながら尻もちをついたのは、金色とライムグリーンの混ざったカール髪。耳の位置に獣人特有のふわふわお耳がついている女だった。
女の手はふもふしていて獣人のそれだが、耳の位置が人間と同じなので獣人と何かのミックスなのかもしれない。
女はベルの姿を見るや否や、ズサササッと滑り込むようなスライディング土下座をした。
「もっもも申し訳ないでありますうッ!! 小生、ちょっとよそ見をしていたのであります!! 許してほしいのであります!!」
「あらァ、何てキレイなスライディング土下座」
軍服を土埃に塗れさせながらあまりにも洗練されたDOGEZAをかます女に、思わずベルも感嘆の息が漏れる。
しかし何やら女は焦りを滲ませながら。
「ただ申し訳ないのでありますが小生少々急いで――」
「待てやオラァッッ!!」
女の台詞に被せるように、後ろからドタドタと足音と怒号が飛んだ。どうやら女を追いかけてきたらしい5、6人の男たちはあっという間にベルごと取り囲むと、目玉が飛び出すんじゃないかというくらい凄んでくる。
「テメェ、もう逃がさねえぞ!!」
「ワァーッッ申し訳ないでありますッッ!! でも肩がぶつかっただけであります!! それに謝ったであります――ッッ!!」
「あア!? 舐めた態度取りやがって何が謝っただゴラァ!!」
おそらくは女が男の一人にぶつかり、その対応が気に食わなかったがためにわざわざ追いかけてきた、ということのようだ。
そんな状況でスライディング土下座してる場合か、とベルは先ほど自身へ向けられたあまりにも綺麗なスライディング土下座を思い出しながら若干呆れた。
しかし、それにしても肩がぶつかった程度で一人を追いかけて取り囲むとはやりすぎである。仕方なく、仲裁に入ることにした。
「まーまー、落ち着けよお前ら。ここはベルちゃんの可愛さに免じて許してやってくれよ、なっ!」
ぴこんっとウィンクしながら愛らしく舌を出すベル必殺のkawaiiポーズを披露する。しかし、怒髪天を衝く勢いの男たちには効かなかったらしい。
「テメェも仲間かゴルァ!! 袋叩きにしてやる!!」
「えッエェーッッ!! メイメイ相手ならコレで何でも許してくれるのに――っっ!!」
ベルが驚いている隙に、男たちは一斉に魔法によってやけにゴテゴテした光を放つ剣やら銃やら棍棒(?)やら丸太(!?!?)やらを生み出していた。
「みんな丸太は持ったな!! 行くぞォ!!」
「ベルちゃん吸血鬼じゃないんですけどォ!? いやてか魔法て、ガチすぎねえ? ◆◆◆――あー、変換できねえのか、ええと、“魔力”の無駄遣いよ?」
「何でそんな落ち着いてるでありますか!? 巻き込んで申し訳ないでありますが武器構えてほしいんですぞ――ッッ!!」
泣きそうな女が自身の爪を魔法で強化しながらベルに叫んだ。ベルはやれやれとでも言うように、ふう、と小さくため息をつくと。
「ったく仕方ねえなァ。このベルちゃんに武器を出させるんだ。――おたくら、ちょっとばかし高くつくぜ?」
言うや否や、ベルは自身の片手に魔力を込める。すると、まるでそれが形を成していくかのように、彼女の手にはその体格に見合わないほど大きく柄の長い大槌(ウォーハンマー)が生み出された。
髪色と同じパステルブルーとピンクの炎を纏っているそれは、愛らしくもあり――どこか、得体の知れない悍ましさもあった。
女はベルのその武器と強者っぽい風格に目を輝かせる。
「おおっ! 実はお強いのでありますか!?」
「いや、ベルちゃん低級悪魔だからすぐ魔力切れ起こして本当に高くつくの」
「そッそんな――ッッ!!」
とても良い微笑みと共に告げられたベルの情けない告白に、女はついに泣き叫んだ。
さて男たちの方はといえば、もはや勝ち試合だとばかりに笑みを深くすると、一斉にベルたち目掛けて襲い掛かった。剣に刀、槍に棍棒にあと丸太が土砂崩れのようにベルたちを覆い隠す――。
が、しかし。ベルも負けてはいない。
サイズだけは巨大な大槌を振り回して、それらを一掃する。男たちの悲鳴とともに、血しぶきが飛び散りびちゃびちゃとベルに降りかかった。
「きひっひゃひゃひゃひゃっ!! イイねェ!! さいっこー!! ベルちゃん愉しくなってきたァ!!」
向かってくる男の頭蓋を容赦なく打ち砕けば脳髄が飛び散り、腹を掠めれば内臓が飛び散った。最早ベルはヒャッハーとどちらが悪役なのかわからないほど飛び散る血を浴びはしゃいでおり、まさしく悪魔の様相である。
そんな血と臓物と、果ては腕や足や目玉までが飛んでくる大乱闘の中で、この騒動の要因である女といえば、もう懸命に腕を振るうしかなかった。合間に遠方から打ち出される銃や投擲物をピンクとブルーに発光した防御魔法の盾で懸命に叩き落としながら泣いていた。
「おぉっ! 案外やるじゃねえかお前!」
「もっもうムリであります~~!! 小生戦いは不得手なのでありますよ――ッッ!!」
ウワァアンッと情けない声を上げながら、女はなんとか男たちの攻撃から距離をとる。
しかし、存外男たちは怯んでいた。すぐに袋叩きにできるだろうと踏んだ、弱そうな二人組に思ったより押されていたからだろう。
ゆえに、耳の長い男の一人が暴挙に出た。
男が右手をかざすと、彼の前には何重ものをピンクの魔法陣が展開され、次いでベルたちを囲うようにピンクの膜が正方形に埋め尽くす。
「ッ結界魔法! 種族魔法は厄介だぜオイ!」
種族魔法。それは特定の種族のみが使用できる魔法のことで、例えばエルフ族であれば結界魔法、鬼族であれば召喚魔法などとその種類は多岐に渡る。
結界魔法などは完全に発動された場合、術者を叩くか同じ結界魔法を扱える者でないと対抗できないため、非常に厄介なのである。
「チィッ! 仕方ねえな」
ベルは舌を打つと呟いて、大槌を正面に構えた。
ベルが魔力を込めると、途端に大槌はパカリと蓋でも開けるかのように内部を展開させ――。
そして、瞬く間に九つほど何かを発射させた。
「コレでも食らいやがれッッ!!」
それはまさしく、ミサイルであった。
シュルルルッッとまるで打ち上げ花火のように発射されたそれは、結界魔法の術者だけではなく、周囲一帯をあまねく巻き込むことは明白で。
そしてそれは無論、ベルたちも例外ではないワケで。
「なッウソでありましょ――ッッ!?!?」
言い終わるが早いか、途端に女とベルの視界も光に包まれ、ドゴオオンッッ!! と爆発音が鳴り響いたときには……。
「爆破オチなんてサイテーであります――ッッ!!」
と叫ぶ声が響き渡ったとか、渡らなかったとか。
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