Voice.30 みんなで勉強会しない?

 ――体育祭が終わった、6月下旬の日曜日。

 オレは自分の部屋でスマートフォンの画面を眺めて、ため息をついた。

 開いているサイトはメイトのオンラインショップだ。

 そこに表示されている商品は、液晶ペンタブレットだった。


「さすがに1万円札数枚ぶんは高いよな……」


 少ないお年玉貯金を崩してもたりそうにない。

 でも、これからもっと絵が上手くなるためには、液タブが必要だ。


「……よし」


 オレは立ち上がって、部屋のドアを開けてリビングに向かった。


「ダメ」

「……やっぱり」


 仕事が休みの父さんにお願いしてみたけれど、秒で断られてうつむく。


「いくらなんでも液タブは高すぎる。本当に欲しいならおこづかいを貯めて自分で買いなさい」


 すると、姉ちゃんが言った。


「拓夜バイトすれば? ちょっと頑張ったら液タブ買えるよ」

「バイト……?」


 その言葉を聞いて、無意識に拒否感が出る。


「高校受験の面接でさえ面接官の先生と目合わなくて微妙な空気になったのにバイトの面接で受かると思う?」

「そういえばそうだった。うーん、たぶん無理だね」

「もし受かってもバイトで会った人と話す自分が想像できない」


 そう呟くオレを見て、母さんが言った。


「お父さん。ちょっと高いけど買ってあげたら? 拓夜も部活で頑張ってるんだし」

「うーん……。でも何もなしにすぐ買ってあげるのもな……」


 父さんはしばらく考えるような仕草をする。

 そして、言った。


「じゃあ、こういうのはどうだ?」

「何?」


 オレが聞くと、父さんはある提案をする。

 その提案を聞いて、オレは思わず目をみはった。

 ――次の日。

 オレはゲーム制作部の部室で、みんなで集まって話をする。

 そこには、篠原達と、劇が終わった次の日からゲーム制作部に入った笹山が居た。


「……というわけで、今度の期末テストで五教科全部で80点以上取ったら両親が液タブを買ってくれることになった」

「よかったじゃん」

「オタクけっこう成績いいから大丈夫じゃないか?」


 メガネと文豪が言う。

 オレは、小さい声で言った。


「実は、オレのこのあいだの中間テストの点数は平均点くらいなんだ」

「またまた冗談言ってー」


 メガネと文豪が笑い飛ばす。


「言っても信じないと思ったから、その中間テストの解答用紙持ってきた」


 オレはそう言って、みんなに1学期の中間テストの解答用紙を見せる。

 机に広げた解答用紙の点数を見た音海が言った。


「……こんなに綺麗に平均点あたりの点数取ってる人初めて見た」


 言い方が胸に刺さる。

 笹山は苦笑いした。


「さすがにこの点数だと80点以上は厳しいと思うよ」


 さんざんな言われように、オレはうつむく。

 すると、篠原が言った。


「じゃあ、瀬尾くんが液タブ買ってもらえるように、みんなで勉強会しない?」


 メガネが声をあげる。


「それいいな。そしたらオレ達もテスト勉強できるし」

「集合場所はオタクの家で」


 文豪に言われて、オレは口を開いた。


「なんでオレの家なんだよ」

「オタクのための勉強会なんだから、オタクの家でやるだろ。何か都合悪いことでもあるのか?」

「それは……」


 オレと篠原の家が隣同士で幼なじみだってバレたくないだけなんだけど。

 オレはしばらく考えてから、言った。


「いいよ。今週の日曜日、オレの家に集合」


 こうして、日曜日にオレの家にみんなが集まって、勉強会をすることになった。


「友達の家来たの初めてだから、なんか嬉しいな」


 オレの家に来て部屋に入ってから笑顔で言う笹山に、篠原は頬を膨らませる。

 すると、笹山は床に座って本棚を見た。


「あ、これってもしかして漫画?」


 そして、オレが持っている少年漫画の1巻のコミックスを手に取る。


「あ、そっか。笹山って漫画読んだことないんだっけ」

「うん。初めて読む」


 そう言いながらコミックスのページをめくって、首をかしげた。


「これ、縦に読んでも話が繋がってないんだけど」

「漫画は縦じゃなくて横から順に読むんだよ」

「へー」


 オレが教えると、笹山はもう一度コミックスを読み直す。

 そして、第1話を最後まで読んでから、言った。


「おもしろいね。絵が綺麗だしセリフ回しとモノローグの言葉選びも素敵」


 そこで、篠原が言った。


「はいはい。そろそろ勉強会始めるよ」


 そして、6人で教科書とノートを机に広げて勉強会を始める。


「篠原、ここどうやって解くの?」

「ここの問題は小説文のこの言葉に注目すると答えがわかるよ」

「あ、本当だ。ありがとう」


 すると、笹山がオレに声をかけた。


「英語は私にまかせて。このあいだの中間テスト、90点以上だったから」

「それは心強いな」


 オレが言うと、篠原は口を開く。


「私だって英語得意だよ」

「でも私のほうが勉強できるから」

「……じゃあ、次の1学期の期末テストでどっちが五教科の合計点高いか勝負する?」

「いいよ。そのほうがテスト勉強のやる気出るし」


 そこで、オレが篠原と笹山の会話をさえぎった。


「ストップ。2人とも熱くなりすぎ」


 2人は驚いた表情をして、同時に言う。


「そうかな?」

「そうだよ」


 それから、みんなが帰る時間になるまで勉強会は続いた。

 そして、オレ達は1学期の期末テストを受ける。

 みんなが勉強を教えてくれたおかげで、オレの手ごたえは充分だった。

 それから7月に入って、教科ごとにテストが返ってきた。


「篠原」

「はい」


 篠原が呼ばれて、次はオレが呼ばれる番だ。


「瀬尾」

「は、はい」


 小さい声で言って、担任の先生が立っている教卓の前に行く。


「次も頑張れよ」


 いい点数か悪い点数かわからない言い方だ。

 オレは解答用紙を見ないようにして、自分の席まで戻った。

 それから、ゆっくりと解答用紙の点数を見る。

 五教科の点数は――全部80点だった。

 その後、液タブは約束どおり両親に買ってもらえることになったけれど、しばらく部活の時間にみんなにからかわれた。

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