第2話
『エドワード探偵事務所』
やけに大きな安っぽい看板で飾られた事務所。
その家を組んでるレンガは所々かけており、その壁には大量のツタが覆い茂っているため、一見するとただの廃墟で、そこが未だに探偵事務所として機能している、と言ってもまるで現実味はなかった。
そんな廃墟――事務所の中で、一人煙草をふかす白髪の若い男が居た。
彼の名はエドワード・ジャック。
そのナリは、茶色のスーツを適当に着崩して、そのキレイな銀髪も一切手入れせずボサボサ。
だらしなくソファーに寝転がり、新聞を広げ煙草を咥えている始末である。
――と、なんともまぁ自堕落な格好をして入るが、ここの事務所の探偵である。
そんな彼の探偵業のこなし方はとても奇抜なものであった。
街の人々の言葉を使って、端的に説明するなら
――彼は、推理をしない。
彼はその超人的で天才的な身体能力に戦闘能力を駆使し、犯人を気合で突き止めたり、追い詰めたりする。そういうやり方でこの仕事をこなしてきた。
...その実、彼には推理をするだけの冴えた鋭い洞察力や、想像力が欠けているだけなのだが。
まぁ、過程はどうであれ、彼の依頼の成功率はかなり高く、街の人間からの評価はかなり高かった。
高かった。高い筈なのである。高かった筈。
「じゃあ、なんでこんな暇なんだよ...」
そのうえ金欠。
客室に備えられたティーカップは埃がかかり、茶葉はまるで新品そのものであった。
開かれたのはジャックが飲むためだけのコーヒー豆だけ...
そう、彼が高いのは評価だけであった。
その手並みは実際見事だし、その超人的で天才的な身体能力も戦闘センスも嘘偽りもない、自他ともに認めるものであった。
しかし、当然と言ってしまえば当然なのであるが――
逆に言ってしまえば、彼は並の探偵のように推理ができないないのである。
事件に巻き込まれたのなら、警察でいいし、守って欲しいなら、個人業のボディガード何ぞ、そこら中にいるし、そっちのほうがそういう面では頼もしい。
来るのは精々ストーカーの云々とか、そういうちょっとした物だけである。それすらも、警察とかで事済んですむことが殆どなのだが....
まぁそう。依頼が来ないのである。
――そろそろ転職、考えようかな...
新聞の端っこにある求人要項をまじまじと見る。
しかし、いつも通り、ぱっとするものはない。
だからといっても、今日も新聞の内容はここ最近ここらで起きてる幼女連続誘拐事件の話ばかり。それに、その内容も進展がなかったことを誤魔化すように、たった数ミリの進展を大きく書いたり、前の内容を書き方を変えているだけだったり。
とてもじゃないが、ここ最近の新聞は暇つぶしにもなりゃしなかった。
「はぁ...」
長い溜息と一緒に肺の中の煙を吐き出すと、机の上に置いてあった大量の紙の1枚を取る。
それは大量の依頼書であった。
その内容はすべて、直接でも遠回りでも、すべて殺しの依頼。
ジャックはどんだけ強かろうが、結局は一介の探偵でしかないのである。
都合が悪くなれば、簡単に始末できる。脅せば面倒事に発展しづらい。
そう考える奴らが、そういう面を見て、彼に殺しの依頼を押し付けに来る人間が大量にいるのだ。
――その度に断っているのだが。
しかし、金がない。
当然、殺しなんて極限な話なだけあって、そういう依頼はすべてかなりの金額を貰えるのである。
だから...ちょっとやってみてもいいかな...って。
そんなときだった。
カランカラン!!
と、玄関の来客を知らせる呼び鈴が鳴り響いた。
「すみません、エドワードさんはおりますか?」
聞こえたのは、だいぶかすれた老人の声だった。
「ああ、はいはい。ちょっとまってくださいね〜」
ジャックは声を張り上げると、ソファーから飛び降り、服を整え、急いで客を迎える準備をする。
急ぎ足で、一通り準備を整えたのち、ドアを開く。
その先に居たのは、いかにも老紳士といった姿をした、紳士服の杖をついた白髪の老人だった。
「どうも、エドワード探偵事務所、探偵のエドワード・ジャックです」
「フォックスです。よろしく」
かるい自己紹介が終わると、硬い握手を交わす。
「立ち話もなんです。中へどうぞ」
「どうも」
「ソファーへどうぞ」
と、フォックスと名乗った老紳士を客室へと招き入れると、ジャックは奥のキッチンに入り、老紳士のためのダージリンと自分のための珈琲を手際よく淹れると、それを客室へと持っていく。
「どうぞ」
「ああ、どうも」
ジャックはそのまま、老紳士と向き合う形で向かいのソファーに机越しに座る。
「で、今日はどんな要件で?」
「そうですね...エドワードさんはここ最近、ここらで起きてる連続誘拐事件をご存知で?」
「...?ええまぁ。新聞もラジオも、みんなその話題でつきっきりですからね」
「それが...なにか?」
「――この写真を見てください」
「...?」
老紳士が懐から出した写真を受取る。
その写真に写ってたのは、可愛らしい黒ゴスロリを来た金髪ロングの幼い女の子。見た目的に年齢は二桁行くかどうかぐらいだろう。
「この子は...私の孫娘です」
――成程、読めた。
どうせ、このじいさんは誘拐された自分の孫を探し出してくれ、だなんて言うんだろう。
実際、前までは連続誘拐の被害者がウチに訪ねてくることが多くあった。
そのたびにジャックは探したのだが、痕跡一つも見つからずじまい。しまいには、唯一の情報として『アルファド家』だなんて言うこの街を牛耳る馬鹿デカいマフィアが関わってる、だなんて恐ろしい話まで浮かんでくる始末だった。
だから、最近は面倒事を避けるためにも、過去の事例を引き出して断っているのだ。
だからジャックは老紳士が「この子を探してくれ」、なんていう言葉を待ち、それに返答することにした。
しかし、次に続けられた言葉は、ジャックの予想を遥かに超える言葉であった
「この子を...殺して欲しいんです」
「...は?」
さすがのジャックも、思いがけなかったその言葉に素っ頓狂な声が出てしまう。
「そりゃまた...どうして?」
「この子が...この連続誘拐事件の元凶だからです」
「どういう意味で?」
老紳士は少し
「信じてくれないかもしれないですがね。この子は――」
「人を喰ってるんですよ」
「――
「知っているのですか?」
「まぁな」
「しかし、フォックスさん。これまたなんで俺なんかにそんな仕事を?少女一人殺す事ぐらい、そこら辺のチンピラでも出来るでしょう?」
すると、老紳士はすこし自嘲気味笑った。
「――アルフォド家が、この子を保護しているのです」
「...なるほどな。と、なると
「....昔、大きな失敗をしてしまいましてね。孫娘を盗られてしまったのですよ。それで...」
ジャックはなんとなく合点が行った。
その娘は保護とは名ばかり、どうせいい実験体として使われているのだろう。
それに、ここいらの殺し屋、傭兵、何でも屋、そういう裏稼業に触れる人間の殆どはアルフォド家の息がかかっている。
逆に、ジャックはアルフォド家に接触してしまった過去があるせいで敵対視されてるまであるのだ。
「お願いします。これは探偵のあなたに頼むような話でもないのは重々承知ですが、貴方にしか頼めないのです」
「アリスを...孫娘を殺してしまえば、きっと誘拐事件もひっそりと幕を閉じます。そういう意味でも、お願いしたいのです」
そう言うと老紳士は深々と頭を下げる。
「...いいですよ。僕としても、これだけの事件を解決できれば、かなりのものですしね」
そういうジャックの口にはどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
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