第2話「異世界での初めての食事にコメントを」
ギルドに案内された一軒の賃貸物件に足を運ぶと、この世界に台風や地震といった自然災害はあるのかと心配になるような古めかしい建物が俺を出迎えた。
「まあ、半年はタダだもんな……」
キッチンに向かうと、日本人でも使い勝手の良さそうな造りが俺のことを待っていた。
木製の棚の中を確認すると、様々な調理器具や食器が整然と並べられている。
石造りの調理台も、使っているうちに慣れるだろうと前向きに考えたい。
「とりあえず、食材を冷凍させるか」
これといった夢も希望を抱くこともなかったが、人生に絶望しているというわけでもない。
高校生だから、高校に通っていたという当たり前をこなしていくのに、なんとなくの気だるさを感じていたところでの異世界転移は幸運に恵まれていたのか。それとも、不運なことなのか。
「今日、食べる分は除いて……」
夢も希望もない日々を送ってきたこともあって、自分の好きな物を食べられる瞬間だけは、ほんの少しの輝きが宿る自覚はある。
(食べることくらいしか、楽しみがなかったんだよな)
食材の鮮度を長持ちさせる魔法という斬新な魔法を授かったと、我ながら自画自賛。
「frofreez【冷凍保存】」
ギルドの受付の説明通りに呪文を唱えると、魔法に一切馴染みのなかった日本人高校生にも食材を凍らせるための魔法を使うことができた。
「野菜は、冷凍できるのとできないのがあるか……」
食材の鮮度を長持ちさせる魔法を授かったため、もちろん冷蔵技術も付与されているはず。
だが、初めてみる異世界の野菜たちは、どれが冷蔵向けで、どれが常温向けなのか。もっと欲を言うのなら、冷凍できる食材も知りたい。
(見た目だけは、日本で食べてきた野菜なんだけどなー……)
見た目はトマトに見えて、実はニンジンっていうオチが待っていないわけでもない。
そう思って、今から食べる分を除いて、野菜はすべてが冷蔵保存へと回した。
「coolcoldf【冷蔵保存】」
あとは、この魔法がどれだけの期間、持続するものなのか調べる必要がある。
魔法を授かった本人も、ギルド職員にすら分からない、未知なる魔法を俺は授かったということ。
(その、未知なる魔法を授けることができるギルド職員も凄いけどな……)
乱雑に置かれている木箱の中に凍らせた食材を入れ、なんとか冷凍庫っぽいものを完成させることができた。
見た目が衛生に宜しくなさそうな汚い木箱という点は、早々になんとかしようと思った。
「異世界での初の食事……」
異世界で支給された食材の味を確かめるために、ハムっぽい見た目の食材とたまごっぽい食材を用意。
ふわふわのパンで食べたかったと贅沢なことを思っても、紙袋の中に焼き立てのパンが存在するわけない。
炎の恩恵を受けられる魔道具で、パンに熱を通して温める。
「おっ、香ばしさが出てきた」
見た目はレタスとトマトだが、味の保証ができないところが異世界というもの。
トーストしたパンに、レタスとトマトっぽい野菜を挟む。
「これで、実は肉だったとかないよなー……」
加熱しなければいけない肉を生で食べようとしていることに恐怖がないわけでもないが、何事も経験しなければ異世界を生き抜けるわけがないと意気込み、もう一枚のパンを重ねる。
「こっちは、ちゃんとゆでたまごになったか」
たまごっぽい食材に熱を通すことで、理想通りのゆでたまごが完成した。
マヨネーズが見当たらないため、適当に酢の香りがする酢っぽいものと油と塩を混ぜて完成させた。
マヨネーズっぽいものと、ゆでたまご、塩こしょうを混ぜ合わせ、パンにたっぷりと塗る。
そこにハムっぽい見た目の食材も重ね、二種類のサンドイッチが完成した。
「ただ、サンドイッチを作っただけなのに……」
疲労感が、半端ない。
見た目は日本で暮らしていたときと大差ない食材の数々なのに、異世界の食材を扱っているってだけで心臓は抱える負担の重さに耐えられそうもない。
「はぁ、いただきます」
いつか脚が折れてしまうんじゃないかって不安になるくらい古びた木製のテーブルに、出来上がったサンドイッチを運ぶ。でも、この食事に不釣り合いなテーブルのおかげで、サンドイッチの美しい色合いが引き立てられたような気もする。
「…………」
パンの香ばしさ、ハムの旨味、レタスとトマトの新鮮な味わいを感じられたのは成功だと思う。
見た目と味が違うっていう、恐ろしい展開を迎えることはなかった。
「味、普通だな……」
初めての食事が美味いと感じるのは、どうやら夢や物語の世界だけのことらしい。
現実は、特にコメントすることのないごく普通の味を摂取することしかできないということ。
「満足できない……」
腹が満たされたことだけは合格点。
でも、夢も希望も抱いてこなかった人間は、こんな腹に収められたらOKとなるような食事で満足することはできない。
「ドレス姿では、お寒いでしょう」
「そんなことは……」
換気のためにギルド職員が開けておいてくれたのか、借家の窓が開きっぱなしだったことに気づく。
外で言葉を交わしている男と少女の声が、家を借りている主に丸聞こえだった。
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