ボーイズトーク ①
ちゃぷちゃぷと揺蕩う浴槽から、
うっすら白い湯気に揺らぐ視界で、その金は淡いながらもきらきら輝いていた。
いつもは細い三つ編みにして背中に流した、長い白金の髪。洗う際にほどかれたそれは、いつも結えられているせいなのか波打ちながら彼の背筋に零れ落ちた。湯船に
「ちょっとガイさん。やらしい目で見ないでよ。僕、そんな趣味ないよ」
「オレだってねえよ」
どの角度から見ても隙のない、やや猫目気味の整った目鼻立ち。はっきりした容貌は
王都警備隊でも屈指の美男と自他共に認める第二小隊長、リュジニャン・ド・フロンサック。ガレノスはなぜか真っ昼間から、彼と庁舎の大浴場で裸の付き合いをしている。聞けば休暇を取ったのだそうだ。睡眠返上で何日も追いかけていた事件が解決し、隊長に駄々をこねてもぎ取ったという。
「伸びたな、髪」
彼とゆっくり会話をするのは久しぶりだ。夜警隊所属のガレノスは、どうしても昼夜逆転の生活になる。夜警隊以外の同僚とまったく顔を合わさない日もザラだ。そういえば他の小隊長とはこの1ヶ月、すれ違いすらしない。
前々から髪の長いリュジニャンだが、見ないうちにますます伸びたように思う。切る気はないのか。伸びるに任せているみたいだ。
「そー。結構お手入れ大変なんだよ? 乾かすの時間かかるし、香油の減りも早いし。また実家から送ってもらわなきゃ」
「切りゃあ良いのに。楽だぞ?」
濡れたら肩に貼りつく程度の長さのガレノスは、ハサミで適当に切っていた。おかげで毛先の長さはバラバラだが、それがかえって粗野な色香に一役買っていると酒場の女たちに人気なのだ。その意味ではガレノスは、リュジニャンと対照的といえる。
リュジニャンは髪紐から零れた一筋の髪の毛をくるんと指に巻く。きめ細やかな白い指。少し動かすだけで、巻きついた白金がガレノスの目に一瞬の光を残す。
「やだよ。せっかく綺麗なのに」
「自分で言うか、それ?」
「僕だけじゃないもん」
リュジニャンは口を
「トリスくんが褒めてくれたんだもん」
理解できず唖然とするガレノスをよそに、リュジニャンは別に聞きたくもない昔話を語り始めた。
**・***・***・**
警備隊の幹部を代々輩出してきた名門、リュジニャン伯爵家の子息である彼は、とにかく他人と馴れ合うことが嫌いだった。
決して人に弱みを見せるな、常に強くあれ、足元を見られるな――――それを『舐められるな』と解釈した彼は、成長するにつれ生意気な子供になった。
人の言葉の揚げ足を取る、相手が嫌がることをあけて口にする、自分の意に沿わないことがあれば千倍にも辛辣に返す。出自の由緒正しさと並外れて美しい容姿、そしてなまじ頭も切れるものだから、周囲もなかなか非難することができなかった。
士官学校に入学するとその扱い辛さは顕著になり、いつしか同級生たちは彼と距離を置くようになった。精神的にも、物理的にも。
あの日は射撃の実践講義だった。教官が講義室で注意事項を読み上げる中、いつも通りリュジニャンの座る席は離れ小島だった。
長机にクッション敷きの椅子が並べられただけの講義室は自由席なのに、誰もそこへ座ろうとしない。それだけでリュジニャンの立ち位置は明確だった。
別にどうとも思わない。独りには慣れている。初めは彼の隣に
教官の話を聞き流しながら、
今日は対戦相手を決めて射撃の対決をするらしい。技能の高い者が勝ち上がり、講義の時間が許す限り競い合う。早くも講義室がうるさくなり、友達同士で対決しようなどと言い合う声が相次いだ。
馬鹿馬鹿しい。本当の戦闘になったら友達も何も関係ない。いかに自分が的確な行動を取り得るか。それが重要なのに。
どうせ自分は対決の誘いにあぶれたしょうもない学生と組まされるのだろう。そしてそれなりに勝ち上がる。決まり切った未来にリュジニャンはうんざりと重い息を吐いた。
――――と。
「ねえ。相手、良いかな」
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