第1話 正義の味方!?私、綻枇つむぎ!!
季節は三月。
春風が靡き、桜の花弁が徐々にその顔を見せ始める中。
「待て~~~っ!!!」
夏場に輝く太陽のように明るい声が、この
「んだアイツッッッ――!!」
頭からつま先にかけて、全身を黒色で統一した素顔を隠した男が、今持てる体力の全てを使いながら、貴重品が入っているであろうバッグを持ちながら走り、嘆く。
彼は、一介のひったくり犯。
この時期の中では珍しい、日傘をさした初老の女性に目星をつけ、手にぶら下げていたバッグを奪うという悪事を実行した者である。
そして、そんな彼を追いかける少女がここに一人。
「やっぱ、大人は足が速い…………けど、だからって私は負けない!!」
額から流れ地へ落ちる汗を置き去りにし、切れ始める息をものともせずに追いかけ続ける。
彼女の名前は
140cmという小柄な身長を持ち、白色のショートヘアーに翠色の輝く瞳を宿す、これから新中学生になる12歳である。
「しつ……けぇッ――!!」
男は走る体力が無くなってきてしまったのか、言葉はスムーズに口から出ず、息さえも荒くなってきている。
一方、つむぎの方も限界なんてものはとうに到達していたが――絶対におばあちゃんのバッグを取り返すというそのたった一つの善意だけで、限界を超えていた。
周りの人間は不思議そうな顔をしてチラッとそんな彼女達を見るが――まさか、誰もがひったくり犯を追いかけている少女という状況であるとは思えないだろう。
そして、白熱した逃走劇の末――。
体力が切れた男は、とうとうその足を人気が無い場所で止め、少女に向き直った。
「さぁ、早くそのバッグを返しなさい!!おばあちゃんが困っています!!」
つむぎはあくまで、諭すように告げるが――頭を回すだけの体力を残していなかった男は、相手が少女という事もあり――。
「大人を舐めやがってッ!!」
力で組み伏せようと、その拳を握りながらつむぎに向かって一直線に突っ込む男。
それは、単純で短絡的な攻撃。
相手を下に見ているからこそ出た、詰めが甘すぎる代物。
「――――――――」
真っ直ぐに突き出た男の拳を、地についた左足を少し蹴り、右に体を逸らす事によって避ける。
そしてそのまま、男の突き出た腕とその付け根をしっかりと掴み――。
「ハアッッッッ―――!!」
力を込め、足を使い、背中を使い――つむぎは男を背負い、投げた。
「ガッ…………」
その攻撃は男にとってはあまりにも予想外であった為、何が起きたのかを完全に理解したのは、背中に衝撃が走ってから数秒経った時だった。
「嘘、……だろ」
そして、それと同時に男は全てを諦めた。
一周回って、冷静になったのだ。
「警察を呼びます。ちゃんと反省して、更生してください」
△▼△▼△
「ありがとね~お嬢ちゃん」
警察に事情聴取された後、ようやく解放されたつむぎは、警察署の外に出て精一杯の伸びをしていた――その時だった。
バッグの持ち主であった初老の女性が、つむぎに頭を下げてきたのは。
「いえいえ!!これくらい当たり前です!!」
胸を張り、告げる。
そんな彼女の様子を見た女性は、ふふっと上品な笑みを浮かべ、口を開く。
「貴方みたいな子が居るうちは、まだ日本は安泰ね。そうだ!お礼をしたいのだけど――」
「いえ!!お礼なんてとんでもない!!大丈夫です!!それでは、また会える日まで!!」
無理に別れの言葉を告げ、つむぎは足早にその場から去る。
「…………ふぅ、危なかったぁ」
――そうして数十分にも及ぶ道中の末。
つむぎは、額の汗を腕で拭いながら、ホッと一息ついた。
パッと見だけの判断ではあるが、かなりの貴婦人であると悟ったつむぎは、とんでもないお礼をされそうだと思ったので、強引に話を切り上げ逃げたのだ。
「なんだか、ちょっと心につっかえるなぁ」
あまりよろしくない別れの仕方をしてしまったせいで、少しだけ心にもやがかかる。
「まっ、でも人助けは出来たし――寝て忘れよ~」
そうして、つむぎは自身の住宅の方に向かって歩を進める。
「さぁて。早く家に帰って、夕飯になるまでごろごろタイムだ~~!!」
なんて事を、口に出していた時だった。
「ギャアアアアアア!!!」
突如として、遠くから誰かの叫び声にも近い何かが聞こえてきたのは。
「なになになに!?」
つむぎは慌てた様子を見せながらも、左右をくまなく見渡し、声の主が居ないかを確かめる。
しかし、この辺りには家はあれど人はおらず、誰かが家の中から叫んでいるような様子も無かった。
「死んじゃいますううう!!」
しかし、確かに声は聞こえてくる。
「助けます!!一体どこに居るんですか!!?」
つむぎも必死に声を出し探すが――返事は返ってこなければ、やはり人は居ない。
「一体どこにいるのー!!」
その時、つむぎは顔を空に向けて精一杯の声で言葉を発した。
そして――見てしまった。
「え……?」
今もなお空から落下している最中の、日本では先ず見ないであろうドレスに身を包んだ金髪の少女を。
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