れいわのお仙!

ちゃんおく

第0章

江戸のインフルエンサー



『次のニュースです』

『都内で現存する数少ない江戸時代の蔵から、Apple 製品のiPhoneと思われるものが発見されました』


『取材によりますと、蔵の――』


ブチっ......


「なんだよこのニュース...... 嘘くさ」――――――――




 1770(明和めいわ7)年。 江戸 日本橋。


「――それでよう、三七さんしちの奴、姿くらましやがったんだよ」

「ハハハ!あにさん、そりゃあ大変でしたねぇ〜」

「おいおい、笑い事じゃねえんだって――」


 多くの人が行き交う昼間の日本橋、榑正町の通りで、町職人の与市よいちとその弟分の辰吉たつきちが話をしながら歩いていた。


「そんじゃあ、腹ごしらえでもしにいくかあ――」

与市がそう言ったその時。

「いてっ......!」

よそ見をしていた辰吉は、荒物屋の前に集まっていた人に気づかず、ぶつかってしまう。


「ったく.....何でえ、この人だかりは......」

「......ん?」


 目線を上にやった辰吉は、店の入り口の前に大きな一枚の錦絵が飾ってあることに気がついた。

そしてそこにいる人たちも、その絵を見ているようだった。



「何だ、これは......?」



「あ、兄さん兄さん!」

辰吉は先を歩いていた与市を追いかけて、裾を掴んで引っ張る。

「おっとと......あぶねえな、何だよ辰吉?」


 絵のある方を指さしながら与市に質問する辰吉。

「あ、あれは何でごぜえすか?」


「あれ......? あー!!」

辰吉の指す方向に目線を移した与市は特に驚きもせず、納得したかのような表情で口をひらく。


「おめえは江戸に来てひと月だから、まだ知らねえのか」

「え?へぇ…」


「そしたらよーく覚えとけ」


「あれはな、おせんっていう水茶屋の娘の錦絵だ」

「今、江戸で一番のべっぴんといえばお仙のことよ!」

与市は声を張りながら辰吉に教える。


「お仙.....? 水茶屋の娘の絵が何でこんなところに売られてるんで?」


 辰吉がそう問うのも無理はなかった。

お仙という娘は芸者でも花魁でも身分の高い立場でもない、一般市井いっぱんしせいの娘であった。

にもかかわらず、江戸の中心部である日本橋の店では彼女のグッズは爆売れ。


 それだけに留まらず、歌舞伎や狂言の題材に選ばれ、子供の流行り歌に登場するにまで至った。

当時の江戸ではこんなことは異常なのだ。


 しかしその理由は単純だった。与市はニヒルな表情で答える。

「――そんなの決まってんだろ」

「お仙が美しすぎる それだけだよ」

「美しい? そんなに......?」


「ああ、でももっとすげえのはな――」


「谷中の里は元は静かな寺町で、客なんて参拝客がちらほら来るくらいだったのによ」

「お仙が現れてから百倍も人が増えたらしいぜ」

「ひゃ、百......!?」


「ああ、特に*感応寺の辺りは日本橋と変わらねえ賑わいになるって噂だ」

*感応寺かんのうじ:現在の台東区にある天王寺てんのうじ


「へー、それほどの美人 俺も一度拝みてえす......!」


 田舎から出てきて働き盛りの辰吉は女性との接点も薄かったため、与市の話を聞いてお仙のことが気になって仕方がなくなっていた。



「じゃあよ――今から行くか?」


「――――え......?」  

 


「今なんて......?」

辰吉は意味が分からないといった表情で与市に聞き返した。

「いや、だから――――」


「今から、会いに行ってみるかって?」


「兄さん、待ってくだせえ――そんな簡単に会おうとして会えるんでごぜえすか?」

辰吉は予想外の与市に言葉にまだ理解が追いついていない様子だった。


「――――わかってねえな」


「江戸一番の美人、お仙はな――」

「茶を飲むだけで 会えんだよ 俺についてこい!」

与市はそう言うと、走り出した。



「ちょっ、兄さん!待ってくだせえ!」



 日本橋の上を行き交う人をかき分け、二人は一里以上離れた谷中へ向かっていった。







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