君はまぎれもなく初恋だった

菖蒲 茉耶

その夏は幸せだった。

 あの夏に起こったことを、いつになったら忘れることができるだろうか。

 悲劇というには幸せで、喜劇というに辛い思い出を、どういう名前で呼んだらいいのだろうか。


 君は、本当に私の初恋だったのだろうか。




「ちょっと小夜さや、聞いてる?」

「ごめん、なんだっけ」

「だーかーらー、受験シーズンなんだから、遊び納めしとこうよって」


 高校三年生、七月下旬。

 とある教室で、二人の少女が話している。他には誰もおらず、窓からは夕日が差し込んでいる。

 もうとっくに受験勉強を始めていなくちゃいけない時期だというのに、二人はそれに手をつけられずにいた。


「うん。そうだね」

「……なんか最近そういうの多くない? ボッーとしてさ、なんかあった? 悩みとかあんの?」

「ないよ、悩みは。でも、うーん……なんて言うんだろ。恋人と別れたみたいな、ペットのワンちゃんが死んじゃったみたいな、そういう感じの無気力なら、あるかも」


 小夜には恋人もいなければペットも飼っていない。実際にそんな経験をしたことはないが、今の感情を形容するには、この例え話が最適だと思った。

 もう一人の少女は、ジト目で小夜を見る。


「……恋?」

「違うよ。満月みつきって、そういう話好きだよね」

「そりゃ女子高生だし?」


 その女子高生も、もう数ヶ月で全て消費される。後は、無駄に長い受験期間が過ぎるのを待つだけに等しい。


「で、どうなの? いるの、好きな人」

「……どうかな。わからない」

「えー、教えてよー。私らの仲じゃーん」


 小夜は観念したように小さく微笑んで、「ちゃんと聞いてね」と言ってから、話し始めた。

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