第42話 薬師、オークより危ないやつを知る

「あー、何で格好つけちゃったんだー!」


 今頃になって弟妹にカッコつけて町へ駆け出したことを後悔している。

 まぁ、俺はメディスンではあるけど、ゲームの中のメディスンとは違うからな。

 そんな後悔をしていても、周囲からはオークと若手騎士が戦っている衝撃音が聞こえてくる。


「戦争じゃん……」


 今まで田舎の薬局で働いていた俺が、突然現れた謎の生物と戦うところを見て動けるはずがない。

 震えてくる体をギュッと掴む。


「メディスン様、なぜこちらに来たんですか!」


 俺に気づいたクレイディーが怒った顔をしてこっちを見ていた。

 そりゃー、怒るのも仕方ない、

 さっきまで逃げろって言われていたからな。

 ただ、俺はクレイディー達のような若手騎士にも死んでもらいたくはない。


「クレイディー後ろ!」


 クレイディーの背後からオークが近づいてきている。

 倒したはずのオークが、まだ死んでいなかったようだ。


「メディスン様、今名前を呼ばれましたね!?」


 ただ、俺に気を取られて気づいていない様子。


「いや、だから後ろにオークが――」

『ブモオオオオ!』

「この狂おしき崇愛すうあいとの語らいに割り込むなど、身の程を弁えよ!」


 クレイディーは振り返ることもなく、オークの首を一刀両断する。

 オークの首は一瞬にして切り落とされ、血が吹き出す。


 あれ……?

 これって俺が来なくてもよかったんじゃないのか。

 むしろここにいたら邪魔のような気がしてきた。


 それに周囲をしっかり見ると、血だらけになっている若手騎士がいても全員ピンピンとしている。

 むしろ興奮して息が荒いぐらいだ。


「メディスン様、私にご褒美をください」


 クレイディーも息を荒げて俺に近寄ってくる。


「お前、ライフタブレットの食べすぎか?」

「いえ、私は正常です」


 真面目な顔をして俺を見つめてくる。

 ああ、こいつが興奮しているのはいつものことだったか。

 まるで変態に好かれたような気分だ。

 俺のことを変態薬師と町の人は呼ぶが、ノクスとステラは俺に対していつもこういう気持ちを抱いていたのだろうか。


「気持ち悪っ!」


 つい口から出てしまった。

 だが、目の前の男は俺とは違う。


「ああ、まるで毒のような愛の言葉だ……」


 とろんとした目で見てくるクレイディーに全身の震えがさらに強くなる。

 オークより厄介な存在が目の前にいると、今になって実感してきた。


 ただ、町に入ってくるオークの数は増えてくるばかり。

 いくらライフタブレットを服用しながら戦っていてもどこかで限界が出てくる。

 それに外は暗くなってきているため、魔物は活発になる。


「オークって豚と生態は一緒だよな?」

「ああ、もう一度愛の言葉を……」


 完全にクレイディーの意識はどこかに逝ってしまった。

 このまま放置していても大丈夫だろうか。

 いや、むしろ放置して頭を冷やした方が良い気がしてきた。


「豚と同じだと仮定すると豚の苦手なものって……においか!」


 豚はトリュフの匂いを鼻で探すことができるぐらい嗅覚が優れている。

 それを利用すればオークも少しは倒せるかもしれない。


【製成結果】


 カプサイシン+酢酸+ゼラチン

 製成物:灼酸霧弾しゃくさんむだん

 効果:霧状の刺激成分を広範囲に散布する。人間には害はないが、刺激臭は感じる。


 高濃度の成分では人に害が出る可能性があり、食品に含まれている成分を使うことにした。

 魔力を多く使ったため、結構無理な合成だったのだろう。


 俺はできたばかりの灼酸霧弾をオークに向けて投げつける。

 オークの体にぶつかったと同時にカプセルが割れた。


『ブモォ……?』


 初めはオークもぽかんとして、困惑していた。

 まるで頭の上に疑問符が浮かんでいるようだ。

 ただ、効果はすぐに出てきた。


『ブモオオオオ!』


 赤と白の霧がオークを中心に広がると、その場で悶えて、霧から逃れるように走り出した。


「さすがメディスン様……私にも一つ投げてください」


 俺の隣ではクレイディーが相変わらず意味のわからないことを言っている。

 どうやら俺も少しは力になれそうだ。

 その後も俺はオークに向かって灼酸霧弾を投げていく。


 人間にしたら鼻を刺激する程度だが、オークにとっては辛いのだろう。

 どんどんと町から外に向かって逃げていく。

 これでしばらくは安心できそうだ。


「オークって食料になるからもったいないことしたよな。睾丸とかも薬に使えそうだしな……」


 逃げていくオークが俺の目には肉の塊に見えてきた。

 それにオークの睾丸は精力剤にも使えるし、売ると良い値段になる。

 

「あいつって金になる――」

「お前らオークを逃すなあああああ!」


 ボソッと呟いていた俺の言葉をクレイディーは聞き逃さなかった。

 すぐに他の若手騎士達に指示を出して、オークを追いかけていく。


「メディスン様にオークを捧げろ!」

「「「「捧げろ!」」」」

「メディスン様に睾丸を捧げろ!」

「「「「捧げろ!」」」」

「一匹たりとも逃すな!」

「「「「イエス! 金〇!」」」」


 若手騎士達は逃げていく金〇……いや、オークに向かって問答無用に切りかかっていく。

 俺から見たらどっちが魔物かわからなくなってきた。


「イエス! 金〇!」

「メディスン様! 金〇!」


 お互いを鼓舞するように声を出していく。

 ただ、このままだと俺は金〇になりそうだな……。

 いや、変態とあまり変わらないか。

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