第28話 薬師、弟からの扱いに戸惑う

 遅れた騎士はルクシード辺境伯家の騎士団長だった。

 だから部屋にこもっていた俺の存在を知っていたのだろう。

 厳しく指導すると言っていたため、あとは騎士団長に任せることにした。


「誤解が解けてよかったですね」

「ラナがいなかったら、俺は今頃牢屋行きだな」


 騎士団長は新人と見習いを引っ張りながら戻って行く。

 ただ、あのクレイジー野郎は引っ張られながらも、ずっと俺のことをキラキラした目で見ていた。


「ステラもノクスと仲直りできてよかったな」

「けんかしてないもん!」

「ほんとかー?」


 自然とステラとノクスは話していた。

 さすが双子の兄妹だからこそ、ある程度喧嘩していても仲が良いのだろう。


「今日って授業はない日なのか?」

「おやすみだよ」


 授業は毎日あるわけではないようだ。

 だから中々会うことのないノクスが庭付近にいたのだろう。


「じゃあ、俺達も戻るか」

「うん!」


 ステラ達と三人で戻ろうとしたが、どこか視線を感じる。

 チラッと振り返るとノクスは隠れながら後を追いかけてきた。

 ステラが気になるのだろう。


「ノクスもそんなところに隠れてないので、一緒に勉強するか?」

「はぁん!? 僕はお前が危なくないか観察しているだけだ!」


 前までは俺に関わろうとしなかったが、心境の変化があったのだろう。

 しかし、そんなノクスをステラはキリッと睨んでいた。


「まだけんかしてる!」


 プイッと顔を背けるステラに、ノクスは悲しそうな表情をしている。

 俺のことを悪く言われると、ステラは嫌なようだ。


「おにいしゃま、いくよ!」


 ステラは俺の手を握り、離れの屋敷に引っ張っていく。

 ニヤけないように無表情を貫き通すが、俺の表情筋はどこまで頑張ってくれるのだろうか。

 すでに口元はピクピクしているからな。


 部屋に着き、勉強の準備を始めるが、ノクスが扉の外から中をジーッと眺めていた。

 前よりは廊下も暖かくなっているが、さすがにずっとそこにいるのも辛いだろう。

 その証拠に小刻みに震えている。

 それにここまで付いてくるのは、ノクスが仲直りをするきっかけを探している気がする。

 今まで屋敷にすら顔を出すことがなかった子だからな。


 ここはやっぱり兄の俺が手を貸す出番だろう。


「今日は調理場で勉強しようか!」

「ちょーりばで? あっ、しゅきやき!」

「残念! 今日はステラが好きな甘いものを作ろうかな? 食べたい人!」

「「はーい!」」


 甘いものと聞いて、ステラとラナの目は輝いていた。

 甘いものって果物くらいしかない。

 それに砂糖を手に入れても、すき焼きしか作っていなかった。


「あれー? ノクスはいらないのかなー?」


 扉で隠れていたノクスは、まさかバレていると思っていなかったのだろう。

 名前を呼ばれてビクッとしていた。


「のくしゅは――」

「せっかく面白い勉強ができるのになー」


 ステラが余計なことを言わないように口を押さえる。

 また喧嘩になったら意味がないからな。


「メディスン様が作るお菓子はきっと美味しいですよ! あー、楽しみだな」


 ラナも俺の思惑に気づいているのか、協力してくれるようだ。


「うっ……」


 正直なところ気にはなっているのだろう。

 あとは体が本能に従うように、誘導をかけるだけだ。


「調理場まで競争だ! よーいドン!」

「なぁ!?」


 俺は合図とともに、ステラの口元から手を放して走り出す。

 だが、子ども達の足の速さを舐めていた。


「おにいしゃま、おしょいよ!」


 ステラはすぐに俺を追い越していく。


「たまには剣の稽古をしたらどうですか? 僕が容赦なく打ちのめして差し上げますよ」


 遅れて走り出したはずのノクスすら俺の隣にいる。

 ノクスはどこか冷めた目で見ていたが、やはり俺をいじめたいのだろう。

 俺の足が遅いのは仕方ない。

 だけど、足が遅いからって兄を剣で打ちのめすのは弱いものいじめだ。


「メディスン様、早く調理場にいきますよ」


 それにラナまで俺を置いていく。

 急いで走る姿を見てると、実は協力することに気づいたわけではなく、単純に新しく作るものが気になって食べたかったのだろう。


「はぁ……はぁ……みんな早すぎるよ」


 必死に調理場まで走るが、着いた頃にはソワソワした三人が待っていた。


「おにいしゃまがおしょい!」

「メディスン様、早く作りますよ」

「本当にこの人が兄なのか?」


 しっかりノクスも混ざっていることに嬉しくなるが、まずは自分の体力のなさが問題だろう。

 ノクスなんて俺を兄かどうか疑い始めるレベルだ。

 伊達にずっと引きこもってきたわけではないからな。


「早く回復するには……」


 マナタブレットが作れるなら、ライフポーションのようなタブレットも作れるはずだ。

 ずっと息切れをしているぐらいなら、ドーピングした方が効率が良いからな。


【合成結果】


 (エーテルエキス+魔力粉)+ゼラチン

 製成物:初級ライフタブレット

 効果:魔力を筋骨格に働きかけ、体力を回復させる。少しだけ自然回復力も上がり、耐久力を底上げさせる。


「おっ……本当にできた」


 手には赤色のタブレットがいくつか出てきた。

 本当にマナタブレットとほとんど同じ合成方法でできるようだ。

 俺はすぐに口に入れて噛み砕くと、息苦しさはスーッと治り、体が楽になった気がする。


 マナタブレットがエナジードリンク味なら、ライフポーションはどちらかといえばスポーツドリンク味に似ている。


「おにいしゃま、なにたべてりゅの?」

「一人だけずるいです!」

「やっぱりあいつ頭がおかしいぞ。毒を食べたのか?」


 やっぱりノクスにはちゃんと兄を人間として見るところから指導が必要だな。


「ああ、ライフポーションのタブレットバージョンを作ってみた。自然回復力も上がるし、耐久力の底上げもできるらしいぞ」


「「「ええええええ!」」」


 三人は驚いていたが、俺は気にせずにライフタブレットを食べ続けた。

 これでもう少し息切れせずに走れるなら便利だな。

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