第13話 薬師、新たな相談を受ける

「変質者の兄ちゃん、ちょっと寄っていかないか?」


 帰ろうとしたらお店の人に声をかけられた。


「いや、金を持ってきて――」

「ちょっと頼みたいことがあってさ」


 男はその場で靴を脱ぐと足を俺に見せてきた。


「この時期は足がかゆくなるんだが、どうにかならないか?」

「あー、しもやけになっていますね」


 しもやけは寒さや湿気に長時間晒されることで、血行障害が起こる皮膚の障害。

 足を見ると赤く腫れており、水疱すいほうもできている。

 ここの領地なら少なからずあると思っていたから仕方ない。

 そもそもの原因として、靴が薄い革製品なのが原因だろう。

 靴下を履いていてもどこか湿ってはいるし、靴が防水じゃない限りは難しい。


「これは薬でどうにかならんかね?」

「簡易的な予防策はあるけど、材料があればできると――」

「何をすれば良いんだ!?」


 男は俺に詰め寄ってくるが、俺もそう簡単に教えるつもりはない。


「俺のことを変質者の兄ちゃんと呼ばなければ教えてやる」

「根に持っていたのか……」


 いくらなんでも変質者って呼ばれて嬉しい人はいない。

 それで喜ぶのは生粋の変態ぐらいだろう。


「いやなら――」

「わかった! これからは薬師の兄ちゃんと呼ぶぞ! それにみんなにも広めておくけどどうだ?」

「交渉成立だな」


 薬師の兄ちゃんなら特に問題はない。

 周りで聞いていても、名前を知らない人は商会のおやじって呼ばれていたりする。

 この世界では初めにどういう人なのかを付け加えたいようだ。

 まぁ、俺が名前を教えられたら問題はすぐに解決するが、身分がばれてしまうからな。


 今はメディスンよりは変質者の方がまだ良い。

 ただ、変質者の兄ちゃんはひどい。


「まず大事なのは温めることと保湿が大事になる」


 しもやけは末梢の血行が悪くなることで起きてしまう。

 そのため温めて血行を良くすることも大事だが、保湿も重要な役割を持つ。

 保湿ができていることで、皮膚のバリア機能を維持して乾燥を防ぐことで炎症の軽減になる。

 簡単にできることは動物や植物から出る保湿オイルを使うことぐらいだ。


「だから家にいるやつらはなりにくいのか」


 どうやら露天で店をやっている人達に多いらしい。

 商会がやっている屋内の店はある程度暖かいからな。


「薬は準備しておくから、なるべく体を温めるんだぞ」


 薬に必要なお金を一部預かり、その日は屋敷に帰ることにした。

 必要になってくるのは四種類の薬になるだろう。


①ビタミンE薬

②保湿剤

③ステロイド外用薬

④抗生物質入りの軟膏


 ビタミンE薬は血行を促進して、皮膚の修復を助ける。

 ビタミンE薬と保湿剤に関しては簡単に作れそうな気がする。


 問題になるのは後者の二つだ。

 どちらもアセトアミノフェンと同じ化学物質で作られている。

 ステロイド外用薬は軽い炎症を抑えるが、もし水疱が割れてしまったら抗生物質入りの軟膏が必要になってしまう。

 ステロイドは免疫反応を抑制するため、水疱が割れて細菌やウイルスが入ってくると、素早く反応できなくなる。

 その結果、感染性を引き起こしてしまう。


 声をかけてくれた男はまだ水疱が割れてはいない。

 ただ、他にしもやけになっている人がいたら必要にはなってくるから用意しておいて損はないだろう。

 これでしばらく屋敷に引きこもる日が続きそうだ。



 屋敷に戻ると、なぜか本を持っているステラとラナが立っていた。


「二人してどうしたんだ?」

「おにいしゃま、おしょい!」

「メディスン様、どこで寄り道をされていたんですか?」


 どうやら俺が帰ってくるのを待っていたようだ。

 ステラが持っている本が関係しているのだろうか。


「ステラ様がメディスン様にお勉強を教えていただきたいということで……。もちろんメディスン様はあまり頭の方が――」

「ああ、空いている時間ならいいぞ」

「やったー!」

「ええ、いいんですか!?」


 せっかく兄を頼りにきたなら、勉強ぐらいは教えることができる。

 それにゲームで散々謎解きをするのに、学園で勉強するイベントがあったからな。

 ラナは俺が断ると思ったのだろう。

 確かにメディスンの記憶だと、学園自体も部屋にこもっていたからな。

 ただ、その記憶ばかり残っていて、学園での交友関係や同級生すら知らない。


 勇者に覚醒する王子すら同じ学年なのに、記憶が一切残っていないからな。

 それだけスキルの研究に没頭していたのだろう。


「ラナは机を一緒に片付けてくれ」

「わかりました」


 机の上を片付けて、ステラが座るために高さがある椅子を運んでくる。

 小さな体のステラにはやはり机が高いのか、正座して本を広げている。

 その隣で俺も紙を広げて必要な成分を探す。


「メディスン様、雪の病魔は収まったのでは?」

「ああ、しもやけが今度は流行っているらしくてな」


「しもやけ……胸焼けの仲間ですか?」

「ははは、胸焼けとしもやけじゃ全然違っ……そんなにこっちを見てどうしたんだ?」


 視線を感じたと思ったら、ステラが俺の方をジーッと見つめていた。

 きっとまた気持ち悪いと言われるのだろう。


「おにいしゃまってやさしいね」


 想像と違う言葉に俺の顔はニヤニヤしてしまう。

 純粋にステラから褒められて嬉しいのもあるが、メディスンがずっと妹に言われたい言葉だったのだろう。


「ぐへへへへ」

「でもきもちわりゅいね」


 持ち上げてすぐに落とすとは、恐ろしい妹だ。

 嬉しくていつもの気持ち悪い笑い方が出てきたようだ。

 それでもなぜか心地良い気がしてきた。


 うん……ドMってわけではないからな。

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