第3章 最弱の悪魔だけど、なにか?

第7話 出てきたら……ア゛ッ

 シン・トウキョウ。


 23ある特別行政自治区では至る所で高層ビルの建設が進んでいました。ロナータと(ついでに)神さまが住む雑居ビルの四方でも40階越えの摩天楼が上昇中で、旧時代には見えていたという雄大な山々も今は昔の話。ついには日差しすら入ってこなくなりました。


 鉄筋コンクリート五階建ての四階。12畳1LDKの大部分を占めるリビングダイニングには仕事机と接客用ソファ、ローテーブルがテトリスのように配置されていました。


 そのローテーブルの上には美味しそうな食事が並べられています。レタスときゅうりのサラダ、わかめの味噌汁、そして生姜焼きに白ごはん。


「うむ、うまい」


 ソファに座った神さまは空になった茶碗をロナータに差し出しました。ほっぺたにはご飯粒と生姜焼きのソースがくっついています。


「おかわりだ」

「はいはい」


 ロナータは食べていた手を止めて茶碗を受け取ると、キッチンへ向かいました。これで三杯目です。ロナータは神さまが来てから食費が増えていることにまだ気づいていませんでした。


「しかし、貴様の飯は本当に美味だ」


 大盛り白米を受け取った神さまは言いました。


「それはどうも」

「何故ダンジョン配信者になったのだ。ダンジョン配信者よりも料理人の方が上手くいくだろうに」


 ロナータは眉を顰めました。


「料理は得意だけど仕事にしたくないんだよ。仕事は好きなことじゃないと」

「では、貴様はダンジョン配信が好きだというのか?」


 彼は真っ直ぐな瞳で神さまを見つめました。


「うん、好きだよ。顔も本名も知らない人とのやりとりは、全部本音って感じがして」


 ロナータの話を聞きながら神さまは生姜焼き、味噌汁、ご飯の順番で見事な三角食べを披露しました。


「しかしだな」口を動かしながら神さまは言いました。

「あれ以来、さっぱり配信をしてないではないか」


 ロナータの肩がビクッとなります。


「配信をしなければせっかく獲得した視聴者もどんどん離れていってしまうぞ」


 事実、ここ数日で急増した視聴者は減少し始めていました。彼が唯一活躍したダーク・デーモンを倒したシーンは切り抜かれ、いまだに視聴されていますが、それ一本で食えるほどインターネットは甘くありません。数週間後にはネット版世界遺産に登録されてしまうでしょう。


「そ、そうだけど……」


 ロナータが萎れた声を発した時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴りました。


「誰だろう?」


 果たして、扉の先には——




 小さな女の子がポツンと立っていました。




 背丈は神さまと同じくらいでしょうか。白のミディアムヘアに赤のワンピース、大きな瞳が印象的でした。


 彼女はロナータが出てきたことに気づかず、何やら呟いています。


「出てきたら攻撃。出てきたら攻撃。出てきたら……ア゛ッ」


 ようやくロナータのことに気づきました。口を開けて固まった姿は、さながらイタズラがバレた時のようです。


「聞いたな!」


 女の子は頬を赤らめました。ロナータも嘘はつけません。


「ごめん」と謝ると、彼女の顔はみるみる赤くなりました。

「こ、こっちの作戦に気付いたからって、もう遅いぞ! これでも喰らえ!」


 早口で捲し立てると、女の子はロナータから一歩下がって大きく息を吸い込みました。


 そして——




「火遁・小火球!」




 そう言いながら息を勢いよく吐き出しました。


 ですが、何も出てきません。


 これにはロナータよりも女の子の方が驚いているようです。


「えっ、なんで〜!? 練習ではちゃんと出せたのに!」


 そしてもう一度、


「火遁・小火球!」


 けれども何も出てきません。


「ど、どうして……」


 彼女の目には涙が溜まり始めていました。


「えっと、ファンの子かな?」


 ここでロナータが口を開きます。彼はリア凸(意味がわからない人はググろう!)してきた際のセリフを思い出します。


「ごめんね、えーっと、来てくれたのは嬉しいんだけど、このビルにはボク以外にも人が住んでいて……」


「うわぁぁぁん ママ〜〜〜」


 ロナータが最後まで言い終わらないうちに女の子は泣き出してしまいました。


 彼女は大きな目からこれまた大きな水滴を次々と垂らし、ワンワンと泣き続けます。はたから見ればいい歳した大人が子供を泣かせているようです。加えてロナータは男性で、子供は女の子です。変質者として見られてもおかしくありません。


 ロナータは焦ります。


「え、えっと……え〜っとぉ」


 オロオロしていると後ろから声が聞こえてきました。


「貴様の目は節穴か?」


 神さまです。帰りが遅くて様子を見にきた神さまは、驚くべき一言を口にしました。


「そいつは悪魔だぞ」

「えっ?」


 神さまの一言にロナータは固まりました。

 女の子の泣き声だけが誰もいない廊下に虚しく響いていました。




   ***




 デーモン=ズッコ

  ●レベル:25

  ●体力:30

  ●魔力:35

  ●筋力:20

  ●防御力:25

  ●多才力:15

  ●速力:30

  ●魅力:10

  ●コアスキル:火遁の術



 信じられませんでした。


 ロナータにとって悪魔とは異形で凶暴なモンスターで、中には魔法を使うヤツもいるおっかない連中でした。


 それがどうでしょう。


「もぐっ、もぐっ」


 自分を悪魔だという少女が、目の前で自分が作った生姜焼きを美味しそうに頬張っているのです。


「おかわり!」


 ズッコと名乗った少女は空になった茶碗をロナータに差し出しました。


「う、うん……」


 少女の溌剌さに気押されたロナータは茶碗を受け取ると、キッチンへ行き白ごはんを盛り付けました。夜ご飯用に残していた一合あまりの白米は無くなろうとしていました。


「それで、用件は……」


 大盛りの茶碗を受け取ったズッコは目にも止まらぬ速さで食事を平らげると、

「お前を倒しに来た!」とロナータを指差しました。


 もちろん、ロナータの反応は

「えぇ……」

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