第12話 ボクらの夏合宿 後編
面越しにボクの目の前にいるのは馬津の榊原。多分ボクらの世代の馬津なぎなた会では一番強い人。
なんだかワクワクする。今のボクがどれだけ通用するんだろう。
榊原と良い勝負ができたら、愛ちゃんともできるかな?
「藤野さん、緊張せず楽にね」
川井先輩が良いタイミングで声をかけてくれる。……うん、大丈夫。ボク、そんなに緊張してない。
これがS県の大会の優勝を決める一戦!……とかならカッコいいんだろうけど、実際は夏合宿の中の練習試合。しかも先鋒同士だから勝負を決める一戦でもない。
まあ、それでも良いさ。まだまだ初心者のボクには、それぐらいでちょうどいいでしょ。
「はじめっ!」
ボクは愛ちゃんとの順位戦みたいにいきなり仕掛けた。
開始早々の出バナ面。愛ちゃんにはあっさりかわされちゃったけど。
でも榊原は避けなかった。試合が始まると同時にボクとほぼ同じタイミングで、同じ面を打ってきた。
バシン!薙刀が面に当たる音が頭の上で爆発する。
旗は上がらない。ボクたちはすぐ次の攻撃に移る。
「「スネっ!!」」
次の打突も同じ場所。また相打ちで、審判の旗は上がらない。
「いいよ祐希!負けてないよ!」
恵子の声が聞こえる。うん、負けてない。強い人とちゃんと戦えている。
だけどやる以上ボクは勝ちに行きたい。
クラブの順位11位のクセに生意気かな?いや、コートの中でそんなの関係ないよね。
榊原の眼差しは鋭く、まるでボクを見透かすようだった。
でも、同時にわかる。この人本気だ――この試合を楽しんでいるんだ。
「コテっ!」
「めんっ!」
打突の場所がやっと分かれた。この攻撃はボクも榊原もかなりズレてしまった。
榊原の面はボクの頭の左側に当たり、ボクの小手は榊原の肘のあたりを叩いてしまった。
一瞬だけ榊原の顔が痛みで歪んだ気がして、思わずゴメンって口が動きそうになる。
だけどそんな余裕は当然なくて、すぐに強烈な榊原の攻撃が飛んで来て、頭がいっぱいになった。
試合が進むとやっぱり実力差が出る。ボクはだんだんとだけど、榊原に押されだして来ていた。
榊原は久保田みたいに、手数が多いタイプじゃない。
じゃあ愛ちゃんみたいに、こっちの攻撃に対応したりとか、巻き落としとかが上手いというわけでもない。
なんて言うか、間合いが上手い。ボクが打ちにくくて自分が打ちやすい場所にスーッと入ってきて、強い一撃を打ってくる。
その精度の高さとリズムに、ボクは翻弄されて、気づけば攻め込まれている。
ボクは最近よく間合いを気にして練習しているけど、まるでお手本みたいだ。
「ン…ヤァァっ!」
そして声も気合いが入っている。始めたばかりの頃のボクなら、きっとこれだけで少し怖がってたと思う。
そんな榊原にボクはなんとか、一本取られずにくらいついているって感じ。
ポイントは取られてないけど、もちろん団体戦にない旗判定なら絶対負けてる。
「祐希ちゃん、もう時間ないよ!」
美咲の声が聞こえる。このまましのげば引き分け。
………いや、違う。本当の試合ならともかく、練習試合で引き分けを狙ったってしょうがないよ。
最初に思ったとおり、勝ちに行くんだ!やられるかもしれないけど、一本を取りに行かないと!
ボクが打ちに行こうとすると、また榊原がスッと間合いを入れてくる。
これだと打っても、ポイントは取れない………よおーし、それなら。
ボクは打たずに一歩引いて、薙刀を振りかぶった。
「ひかり!上段よ!」
後ろで、次鋒の久保田が叫んだ。ボクが彼女から一本を取れた構え。
でもこれに頼ってるわけじゃない。やたらとやっているわけでもない。やるべき時にやる──それが、今だと思ったから。
間合いを取るのが上手い、榊原からこのままじゃ一本は無理。
それなら少しでも、榊原がやりにくいって思うことをやらなくちゃ。
というボクの考えに反して、榊原はあんまり戸惑ってない。むしろお待ちかねという感じもした。暑さで吹き出す汗まつ毛から下に落ちる。
だけどもう本当に時間がない。色々考えすぎずに手を出さなきゃ!
ボクは上段から思いっきり薙刀を振り下ろす。榊原は怯まずに合わせて攻撃をしてきた。
「めんっっ!」
「スネぇっ!」
ボクの渾身の一撃が相手の面に届く――そう思ったけど、ほんの少しズレていた。
逆に榊原のスネ打ちは、正確にボクの足を捉えた。
「スネありっ」
そう審判が言うのとほぼ同じに、試合終了のブザーも鳴った。
…………結果は一本負け。榊原と互いに礼をして自分のベンチに戻る。
面を外して、頭の手ぬぐいを取って汗を拭く。
──悔しい!。全力でぶつかって、上段の構えも使ったけど、届かなかった、勝てなかった。
薙刀歴が違うとか、榊原の方が格上だとか言い訳はいくらでもできるけど、絶対そんなことは口にしたくなかった。
よく粘ったよって、川井先輩が言ってくれているのが聞こえる。
人から見たらそうかもしれない。でもこれで満足してたら、ボクはこれから絶対榊原にも愛ちゃんにも勝てない。
「………まだまだ弱いなぁボク……強くならなきゃ─」
ボクは誰にも聞こえないぐらいの声で呟いた。
練習試合は終わった。最終的には2勝2敗1分の同点。だけど1ポイント差で僕ら中央なぎなたクラブが勝った。
試合後に佐々木先生が一人一人アドバイスをしてくれた。
ボクは『良く頑張ったわね。上段の構えも、ああいうタイミングで使うなら悪くないと思うわ。一本を取りに行く姿勢も良かった……後はやっぱり藤野さんは一つ一つの技の精度を上げる事と、経験を積む事ね』って言ってもらった。
試合の後ボクはちょっと身体から力が抜ける感じがしていた。多分合宿の疲れがどっと押し寄せてきたんだと思う。
晩ごはんを食べてお風呂から上がるとなんだかものすごく、眠気が襲ってきた。
多分今日は昨日と違ってすぐ眠れると思う。
なんて考えながら歩いていたら、青少年の家のベンチから呼ばれた。
「藤野、今上がったとね?良かったらこっちきてちょっと話さん?」
榊原だった。彼女もお風呂上がりっぽくて、髪が少し湿ったままベンチに1人腰掛けている。
「あ……うん」
疲れのせいか、あんまり考えずにボクは頷いてベンチの方にペタペタとサンダルの音を出しながら向かう。
「いやー、お疲れお疲れ。藤野、あんたやっぱり良かよ。面白かし、薙刀ばやる姿勢のよか!」
ボクがベンチに座るといきなり褒め出す。
恵子が言ったみたいに、ちょっとトゲや圧を感じないでもないけど、悪意がないって分かるから嫌ってほどじゃない。
だって普通勝負に勝った方が、負けた方を褒めるなんてイヤミにしかならない。
だけど、なんだか素直過ぎてそうは感じないもん。
「あ…ありがと……キミに負けたんだけどね」
「いやいや、練習試合の勝ち負けなんかどーでもよかとよ。それにあんた、引き分けにしようと思えばできたろ?そいとに勝ちにきたでしょ?アレが本〜当っ良かったばい!気持ちの良か!」
そう言う榊原の声はとても明るく、何より力強かった。
「いや〜あんたじきに強なるばいね。楽しみやけど、あんたと村田のダブルエースってなったら、中央ば倒すとは難しそうやねぇ。負けるつもりはなかばってん」
豪快に笑いながら言う榊原。ボクと愛ちゃんのダブルエースなんて、言い過ぎだと思う。
「…本当にそう思ってるの?」
「あたしは嘘とかお世辞は好かん。思った事ばそのまま言っとるだけたい。半年ちょいであんだけやれて、薙刀にまっすぐ向き合う姿勢、強くならんわけないやんか」
その言葉は率直で力強く、ボクの胸にスーッと落ちた。
榊原は本気でそう思っている。そこに疑いの余地はなかった。
「うん、ありがとう。榊原の期待に応えられるようにボク頑張るけん……そして、次は勝つから」
「おう、その意気たい」
なんだかその時、榊原と友達になれそうってボクは思った。
「まだ消灯まで、ちょっと時間のあるね……あたしが小学生の時に、薙刀の全国大会に出た時の面白か話でもしようか」
ボクは自然と身を乗り出した。薙刀の全国大会の話なんて、聞く前からちょっと興奮する。
「うん、教えてよ。てゆーか小学生の薙刀の全国大会とかあるんだね」
「あるとさ。で、あたしが関西のOの日下部月子って奴とやった時に……」
なんだかんだボクたちは消灯時間15分前まで話し続けた。
こうして夏合宿は終わった。3日目も午前中は榊原たち馬津の人たちと一緒に稽古をした。
ボクが単純なのかもしれないけど、そうしているとなんだかもっと前から、一緒に稽古をしていたように思えてくる。
それにボクらが青少年の家を出る時は馬津の人たちは見送ってくれた。
普段はライバルでも同じ薙刀をやっている人同士、みんないい人だなぁ…って思えてボクは嬉しかった。
それから3日ぐらい休みを挟んで、普段の稽古が再開する。
ボクら中央中の1年は、3人で道場に向かっていた。
「なんだか、道場に行くのも久しぶりな感じだね」
美咲の言葉にボクも恵子も頷いた。
「合宿もキツかったけど、楽し……ん?」
話しながら歩いていたボクたちに向かって、手を振りながら走ってくる人影が見えた。
愛ちゃんだ。なんだかすごく嬉しそう。髪が向かい風に揺れている。
「恵子ちゃん、ユウちゃん、美咲ちゃーん!久しぶり!」
こっちに走ってきた愛ちゃんは、そのまま恵子に抱きついた。
「ちょ、ちょっと愛理!たった10日ぐらい会っとらんぐらいで大袈裟かよ!」
「だってぇ、皆に会えないのと、薙刀できないので、もぉ〜辛くて辛くて……来ないはずのパパもいきなり来るし…」
恵子に抱きついたまま愚痴る愛ちゃん。
恵子は苦笑いしながら、愛ちゃんの頭をよしよしと、撫でてあげている。
そうしていると落ち着いたのか、愛ちゃんは恵子から離れてボクの方を見た。
「……愛ちゃん、おかえり」
そんな言葉が自然に口から出た。
「うん──ユウちゃん、ただいま。私、大分稽古サボっちゃったから、合宿頑張ったユウちゃんに、かなり追いつかれちゃったかも」
そう言ってボクを見つめる、くりくりの目がなんだか懐かしい。
「……なんでボクが頑張ったか分かるの?テキトーにやってたかもしれないよ?」
ボクは冗談っぽくなく言うけど、愛ちゃんは全然動じない。
「私の知ってるユウちゃんが、せっかくの合宿で頑張らない訳ないじゃない」
当然の事でしょ?って感じで愛ちゃんはボクに優しく笑いかけた。
「実はねー、愛ちゃん。祐希ちゃん馬津の人たちに大モテでね」
「そうそう。祐希って特に強い人にモテるみたいばい。榊原なんか藤野はよか〜!ってずっと言いよったもん」
美咲、恵子、モテるって言い方はどうなの?なんか変な感じに聞こえるよ。
「………なんで合宿に馬津の人がいるの?」
愛ちゃんが不思議そうに首をかしげる。
あっ、そうか。愛ちゃん合宿来てないし、RINEのグループでもその話してないから知らないんだ。
「ま、まあ後で教えるよ。それより、ボクの合宿の成果を見せるから」
「おっ、そうこなくっちゃユウちゃん」
愛ちゃんを交えたボクら4人はそんな事を言いながら久しぶりの道場に賑やかに向かった。
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