第11話 ボクらの夏合宿 中編
「ここ、よかね?空いとるやろ?」
合宿2日目。午前の練習を終えてお昼を食べていたボクらに、見知らぬ顔の女の子がお盆を持ってそう言ってきた。
愛ちゃんと同じぐらいきれいに切り揃えられたボブカット。
だけど愛ちゃんの柔らかな感じとは反対に、キリっとした顔つきに自信がみなぎってて、勝ち気な印象がする子だった。
「ひーちゃん……」
その子の後ろには同じようにお盆を持った、対照的にどこか気の弱そうな女の子が心配そうに立っている。
「榊原……来たとね。別に座りたかったら、空いとるとこ座ってよかよ」
恵子がその子に答える。
「横田、ありがと。じゃあお邪魔するけん……あ、あたしは馬津中1年の
「ひーちゃんったらもう……同じ馬津中1年の
名乗った馬津の2人が、ボクらのテーブルに座る。
当然2人とも今日から来るって言う、馬津なぎなた会の人たちなんだろう。
だけどわざわざボクら中央のみんなが座っているテーブルに、来る理由が良く分からなかった。
「横田、そして……そこは大野よね?」
榊原が美咲を見ながら言う。視線は鋭く、まるで相手の実力を確かめるような目つきだった。
そっか、2人は3年前ぐらいから薙刀やってるから、顔見知りでもおかしくないんだ。
「榊原、キョロキョロして、誰ば探しよると?」
「……横田、村田はおらんとね?あたし、村田とまたやりたかってずっと思っとったとよ。ウチの先生が今、中央の先生と話よるけん。せっかくだから合同練習とか練習試合とかしましょうって」
榊原の目がギラギラと光っているように見える。
拳をぎゅっと握りしめながら、続けざまにまくし立てる。
「あたし村田に絶対、あの胴の借りを返すけん!」
村田って愛ちゃんの事だよね……あっ、そうかこの人、あの時の試合で愛ちゃんに胴を打たれて負けたんだ。
そのリベンジって事?でも愛ちゃんはこの夏合宿に来ていないんだけど。
「相変わらずやね榊原……残念やけど、ウチのにこにこエースはおじいちゃん家に行ってておらんよ」
恵子がそう言うと榊原は肩を落として、露骨にがっかりした表情になった。
「なんねそいは……村田とやるとば楽しみにしとったとに…誰かほかに、面白か者はおらんとね?」
榊原は本当に残念そうに息を吐く。その時ちょうど、ボクと目が合った。
彼女の勝気な瞳がちょっと見開いたように見えた。
「……おっ、あんた確か藤野やろ?中央の背の高かボクっ子。あたし、あんたともひと勝負やってみたかったんちゃんね」
突然名前を呼ばれ、ボクは思わず姿勢を正した。榊原はちょっと笑って、さらにグイッと身を乗り出してくる。
「上段からの面打ちで、久保ちゃんと引き分けたあの試合。アレは良かったばい。身長ば活かした綺麗な面打ちやった……あんた、今まで知らんやったけど、薙刀結構やっとるとやろ?」
勢いよく褒められて、ボクは少したじろいだ。視線を落としながら答える。
「えっと……ありがとう。でも、薙刀歴まだ半年ちょっとだから、その……」
榊原の目が丸くなる。
「半年ちょっと!?ウソやろ?という事は3月の時は始めて3か月……それであんな……うわっ、凄か!」
感激とも驚きともつかない声を上げる榊原。
その熱意に押されて、なんだか恥ずかしくなる。
「いやいや、偶然上手くいっただけで、全然まだまだだよ。周りがみんな強いから、必死に練習してるだけで……」
そう言うと、榊原は少し顎に手を当ててボクをじっと見た。
まるで興味深いものでも見るような視線だ。
「ふーん……でもやっぱ、あんた面白か!もし練習試合やるならそのとき、絶対藤野ともやるけんね!」
榊原の笑顔は挑戦的で、どこか楽しそうだった。
午後の練習開始前、佐々木先生がボクたちを集めた。
「えー、中には知っている人もいるでしょうけど、この後の午後練習はたまたま一緒にここに来ている、馬津なぎなた会と合同で稽古をして、最後には練習試合もしたいと思います。急でごめんなさいね」
佐々木先生が頭を下げる。ボクは驚くというよりもやっぱりそうなったかなんて思っていた。
「……でも、他所のクラブと練習や試合をするのは、とても勉強になりますし、非常に貴重な機会です。。積極的に馬津の子達と組んでいきましょう」
特に馬津と中央は、県内で最大のライバル同士だから。
という意味が含まれてるのかなやっぱり。
先生の言葉に、みんなではいと大きく返事をする。
ちょっと離れた所では、馬津の人たちも同じような事を言われているみたいだった。
「やっぱり、こうなったね……そういえば祐希ちゃん、なんだか榊原に目をつけられてたね」
「あのグイグイくる感じ、毛色は違うけど、どこか村田さんみたいね」
心配そうな美咲と榊原を分析をする感じの明日香。あー、確かにちょっと愛ちゃんっぽさあるかも。
愛ちゃんも薙刀に関しては、肉食系というか、かなりギラギラしてるところがあるから。
「……愛理と違うとは、ちょっと言葉や気配に、棘や圧ば感じるとこやろうか。あの子の人あたりの柔らかさは才能やろうしね」
ボクの後ろで恵子が言う。確かに例えるなら、愛ちゃんは天性の柔らかさの下に上手く剣を隠している感じ。
対して榊原はその剣を全然隠してないって感じがする。
「強いんだろうなぁ」
唯がちょっと不安そうな顔をする。初めてヨソとやるんだもん、無理もないよね。
「……大丈夫だよ唯。ボクたちは普段、榊原に勝った愛ちゃんと稽古してるし、強い人とやるのって楽しいじゃない?先生の言う通り勉強と思って戦っていこうよ」
「祐希、愛理っぽい事言うやん。まあいいセリフやけど」
ボクらがそう言ってた時、ちょうど偶然榊原と目が合った。
力のある眼差しが、ボクたち中央のメンバーを真っ直ぐ見据えている。
なんだか胸の奥で小さな緊張が弾けた気がしたけど、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ、強い相手がボクとやりたがっているという事実が、ボクの心を動かしそうな気ががしていた。
「やああっ!」
「おおっ!」
気合いを入れた声が体育館に響く。ボクと相手の薙刀がぶつかり合う。
近すぎる距離をあけるために離れる瞬間、面越しに相手のボクを睨むような鋭い視線が分かった。
ボクが今地稽古をしているのは、馬津の久保田。あの人生初の試合で、ボクと引き分けた人。
「コテッ!」
「めんっ!」
相変わらず薙刀の扱いはボクより全然上手い。だけどボクもあの時とは少しは違う。
ダメ元の上段を使わなくても、なんとかついていきながら戦い合えてる。
前は久保田の半分も打突を出せなかったけど、今日は3回打たれたら2回は打てている。
少しずつ、だけど確実に差を縮められているのが嬉しい。
「やめっ!小休止、水分補給を忘れずに」
「……ふーっ、ふーっ…」
ヤバい。暑い。めちゃくちゃ暑い。やってる時は集中してたり、興奮してたりするからまだ良い。
だけど立ち止まると、暑さと辛さでどうにかなっちゃいそう。
急いで面を外して少しの涼しさを味わいながら、スポーツドリンクを口に流し込む。
……はぁ〜美味しい……!こんなに美味しい飲み物はないってぐらい美味しいよ。
「……藤野さん、お疲れ様」
ボクがスポーツドリンクをもう一度飲んでいたら、ボクよりショートの髪の女の子、馬津の久保田が話しかけてきた。
そういえばお互い、面をとって話すのは初めてかも。
「ああ、久保田…さん、お疲れ様です」
「藤野さん、3月に試合した時とは別人みたいに上手くなっててビックリしたわ。ついムキになっちゃった」
なんて言って苦笑いをする。じゃああの鋭い目はそれで。
「でも、上段の構えしなかったね。私、いつ上段が来るのかってずっと思ってたわ」
うーん、なんだかボク=上段って思われちゃってるのかな。
まあ、あの時ああいう試合をしちゃったんだから、ある意味しょうがないんだけど。
「……あの時のボクは、半分イチかバチかだったとよ。上段の構えは好きだけど、やたらに使わずに、ちゃんとよか時に出せるようになりたいって思ってる」
「そいはよか心がけたいね」
いつの間にか、ボクと久保田の後ろに榊原が立っていた。彼女とも地稽古はしたけど、当然何度も打たれた。
「藤野、半年ちょいで、そんだけ上手くなったのは大したもんたい。地稽古しとっても、力の足りんなりに、常になんとかしよう・真っすぐぶつかってこようって、伝わってきて楽しかったばい。この後の練習試合、ご飯の時に言ったごと、あたしとやろうで。あんた、やっぱり面白そうやもん」
榊原は笑っている。言葉には期待と好奇心が込められていて、断りづらい雰囲気を出していた。
「……ひかり、藤野さんとは私がやりたかとやけど」
「久保ちゃんは3月に公式戦で、もうやっとるやろ。練習試合くらいあたしに譲らんね」
「あんときの藤野さんとは、違うやろ」
久保田が少し拗ねたような口調で抗議する。
「祐希ちゃん、大人気やね」
美咲が汗を拭きながら笑っている。
「やりたがってくれるのはありがたいんだけど、練習試合のオーダーを決めるのは佐々木先生だし…」
どっちがボクとやるかでもめている2人を見ながら、ボクはそう呟いたけど榊原にも久保田にも聞こえてはいなかった。
結局ボクは榊原とあたる事になった。
練習試合は5人制でやるみたいで、佐々木先生が組んだオーダーでは、ボクは先鋒。馬津の先鋒は榊原。久保田は次鋒に入っている。
「祐希、榊原は強かよ。愛理とどっこいぐらいはあると思う。やけど、今のアンタなら逆にそれば聞いたら燃えるやろ」
ボクはうんって言いながら、頭に手ぬぐいを巻く。
愛ちゃんと同じぐらい強い。愛ちゃんより強くなりたいボクには、恵子が言う通り燃える相手。
こないだの愛ちゃんとの順位戦みたいに、今のボクの出せるものを全部出すつもりで行こう。
「よし、それじゃあ練習試合を始めます。お互いに礼をしたら始めますから」
馬津の先生の言葉が響いて、両チームがコートの中で挨拶をする。
先鋒のボクと榊原は面を着けていて、榊原はこっちをみて少しだけ笑ってる。確かにちょっと愛ちゃんっぽい。
挨拶を終えて、一旦戻ればもう先鋒の試合が始まる。よし、やるぞ。きっとボクは自分より強い人とやる方が強いタイプなんだから……なんてね。
ボクは気持ちでは負けないように、審判の馬津の先生の呼ぶ声にボクなりのかなりの大声で返事をした。
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