奇々廻怪〜怪談師・都賀麦太郎の怪異じまい〜
猫屋ちゃき
第1話 カーブミラーの怪➀
「中間テストが終わってもう数日経つんだからなー。いつまでも気を緩めず、次の試験に備えるように。あと、寄り道とか無断外泊とか、そういうことはするんじゃないぞ」
帰りのホームルームで担任の原田が言うのを聞いて、
クラスメイトたちは担任の言葉に込められた意味になど気づくはずもなくて、「だるー」とか「次の試験とか言うなし」とか言っている。
だが、日向葵はわかった。
原田たち教師が、
だから、日向葵が何度も「目の前でいなくなったのを見た」と主張してもまともに取り合ってくれないのだ。
数日前、中間テストが終わったその日に、日向葵の親友の百合香がいなくなった。
テスト明けで部活に行く者、打ち上げと称して遊びに行く者がほとんどの中、百合香は図書館に行きたいと言い、日向葵もそれに付き添った。
途中のコンビニで昼食を調達し、公園で食べ、それから図書館に寄って新刊をチェックして、人気の本の貸出状況を司書さんから聞いて、各々気になる本を借りて読んでいるうちに夕方になっていた。
そこから二人で電車に乗り、駅を出て自宅方向に向かって別れるときまで、ずっと一緒にいたのだ。
「じゃあね」と手を振って歩き出した直後、日向葵は百合香の水筒を持ったままだと気がついた。カバンに本をしまうときに持っていてと頼まれて、そのままになっていたものである。
だからそれに気づいて振り返ったとき、百合香の姿はなかった。
正確には、何か黒い手のようなものが百合香をカーブミラーの中に引きずり込んでいるのを見たのだ。
日向葵が見たのは百合香の足が呑み込まれていっている様子で、ようやく叫び声を上げられたときには彼女の姿は跡形もなくなっていた。
何が起きたのかわからないまま、日向葵は震えながらまず自分の親に連絡した。
百合香とは中学の頃から同級生で、母であれば百合香の親御さんと連絡がつくと思ったからだ。
日向葵の母も百合香の母も積極的に〝ママ友〟なる存在を作るタイプではないようだが、お互いの娘が親しいとわかると、必要な場面もあるかもしれないと考えたからか、いつの間にか連絡先を交換していたようだ。
母の終業は基本は十九時で、そのときはまだ十八時台だったはずなのに、祈るような気持ちで電話をすると出てくれた。
「ママっ、百合香が、百合香がいなくなっちゃった!」みたいなことを、スマホに向かって叫んだ気がする。
尋常ならざる娘の様子に取り乱すでも怒るでもなく、電話に出た母は落ち着かせるように淡々と言った。
「そこは危ないかもしれないね。あなたはまず、家に帰りなさい。百合香ちゃんのお母さんと学校には、ママが電話をしておくから」と。
目の前で起こったことにパニックになっていた日向葵は、母のその言葉で自分もまさに危ないかもしれないと理解したのだ。
だから、言われるがまま自宅に帰り、母たちが帰ってくるまでリビングのソファで呆然としていた。
母が連絡したのか、いつもは二十一時前にならないと帰宅しない父も、母と同じくらいの時間に帰ってきてくれて、二人揃って日向葵の話を聞いてくれた。
両親の存在は、混乱と恐怖のただなかにあった日向葵を救ってくれた。
だが、それだけだった。
優しい両親とはいえ、「黒いものがカーブミラーから出てきて百合香を連れ去った」という荒唐無稽な話を、うまく呑み込むことはできなかったらしい。
父は、とりあえず娘を落ち着かせて寝かせなくてはと考えたのか、宅配で夕飯を注文した。
母は、熱を計らせ、体調について尋ね、見間違いや勘違いではないかと尋ね直した。それでもなお、日向葵の証言が変わらないのを確認すると、何かショックなことがあったのではないか尋ねてきた。
両親は、日向葵がテスト勉強で夜ふかしをした結果の疲労や体調不良で幻覚を見たのか、もしくはショックな出来事により心因性の記憶障害を引き起こしていると考えたらしい。
そのため、百合香の母親と連絡を取りつつも、日向葵の証言については詳細に伝えるのは控えたようだ。
百合香は塾に通っていることから二十二時近くに帰宅するのも珍しくなく、そのくらいの時間までは母親も気にしていなかったのだという。
だが、日付が変わっても帰ってこなかったことから、朝早くに日向葵の母に連絡してきたそうだ。
日向葵が登校すると、百合香の母から連絡を受けていた教師たちに話を聞かれた。
教頭と学年主任、百合香のクラス担任と日向葵のクラス担任にだ。
日向葵は迷いながらも、正直に見たことを話した。
両親ですら受け止めるのを戸惑ったような内容だ。教師たちがそれを信じてくれるか賭けではあったが、日向葵が言うのをためらったことで百合香に何かあってはいけないと思ったから。
しかし、教師たちから返ってきたのは日向葵が予想もしなかった反応だった。
「お前、クスリでもやってんのか?」と言ったのは、学年主任だったか百合香のクラス担任だったか。
驚きのあまり声を出せずにいたら、日向葵のクラス担任の原田が「クスリはないでしょうが、酒くらい飲んでたかもしれませんなぁ」と言った。
何がおかしいのかわからないが、それがきっかけで教師たちはお茶を濁すように笑った。
「とりあえず、阿部さんが目を離した隙に武田さんの姿が見えなくなってしまったというのはわかりました。親御さんがまだ様子見をして警察には届けないとおっしゃっているから、阿部さんもあまり騒がないように。騒ぎになってしまったら、武田さんがもし無事に帰ってきたとき気まずいでしょう?」
教頭になだめるようにそう言われ、日向葵はもう何も言う気が失せてしまった。この人たちに必死に訴えかけたところで、どうせ日向葵がおかしいのだと言われてしまうのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます