第7話 薬と魔法

遊んで暮らしている俺だが、完全に労働を放棄することは流石に無理だ。人頭税や教会税、城壁維持費など、払うべき税金も多いことだし、街の中にいる以上はある程度稼ぐ義務がある。


なのでこうして、月の初めくらいは仕事をする……。


と言っても、そう難しいことをやる訳でもないが。


窓もカーテンも閉め切った作業場で、魔法を使って薬を作るだけだ。


‎『לשמור על החדר קריר(クーラーつけといて)』


‎『התחבר לתת-חלל ולזמן סיר(あー、あと鍋出しといて鍋)』


‎『שומרים על הסיר חם(んで鍋温めといて)』


俺が喋ると、鍋が現れ自動的に温まる。


‎『שופכים מים טהורים, מחממים אותם לרגע לפני הרתיחה ושומרים על הטמפרטורה(んで水を良い感じに温めといて)』


水を温めているうちに……。


‎『חיבור תת-חלל, לגן הקוסם(庭園に移動するぞ)』


「庭園」から、薬草の類を採取してくる……。




「おっとと……。毎回毎回、転移魔法は慣れねえなあ。自分で作った世界に来ているとは言え……」


はい、やってきたのは『魔導師の庭園』。


神話にて語り継がれる魔導師達は皆須く習得していた、究極の魔法のうち一つ。


自分の都合がいい小さな世界の創造……。


それがこの、庭園なのである。


……って、マーゴットがゆってた。


……無論、俺の魔力にも限りはあるので、年々拡張しているとは言え、現時点では東京ドーム四つ分程度。


いずれは100エーカーの森にしてみたいもんだが、それは何十年後かの話だな。まだ半分もねえんだわ。


……で、そんな俺の庭園は、倉庫スペースや作業場、小規模炭鉱や本棚などを除く三分の一程度のスペースが畑だ。


それと、牛や羊、鳥や豚などを繋いだ畜舎もある。


スンゲェ頑張って品種改良した家畜と作物がいっぱいの素晴らしい領域だが、それでもまだ見つかっていない有機素材なども多く、そもそも東京ドーム四つの三割程度の面積では用意できないものも多かった。


例えばマグロなどの回遊魚なんかは、スペースの問題で用意できなかった。生簀はあるけど小規模なものだけだ。


他のことにも魔力は使う為、ここの食材を使いまくることもできん。どちらかと言えば、品種改良した家畜や作物の保存庫として使用しており、食べる時のみ一部を収穫して魔法で一瞬で殖やす、みたいなことをしている感じだ。


で、そこの薬草エリアから、薬草を集めて殖やし、収穫して持ってくる。


そしてそれを使って、薬品を作る訳だな。


まあ、難しいことはしないが。


‎『דפוס ייצור תרופות 1, מופעל(薬品製造工程パターン1開始)』


オートメーション化である!


……この世界の薬は、上手く作れば、地球のそれとは隔絶した効果がある。


それは、製薬の最中に魔力を流し込む工程や、使用する薬草に魔力が含まれていることなど、様々な理由があるが、とにかく薬の効能は強く早く効くのだ。


多少の出血も、血止めの薬草を噛み締めればゆっくりと血が止まる。精製されたポーションを飲めば、治るのに一日程度の浅い切り傷なら一分もせずに塞がる。


国宝級の、最高品質のポーションともなれば、失った手足がニョキニョキと生えてくることだってあると聞く。実際俺もそんなポーションを作れる……。


ただ、「万能薬」「なんでもなおし」みたいなもんはないし、そのポーションだって素人判断で使うとかえって怪我が悪化したりもする。


毒消しや病気用のポーションなんて、それこそ、地球の薬学と同じく専門知識を必要とするものばかり。


総じて、薬は「よく効く」が、処方や製造には地球と同等に多くの知識と技能を要求されるってことだ。


そう、ポーションは、作るのに複雑な工程が必要なんだよ。


特に厳しいのは、魔力管理を除くと、一番は「温度」の管理。


この世界ではガスコンロや電気ヒーターなんてものはないので、常に焚き火でものを温めるのだが……。


焚き火では、温度を一定に保つのは至難の業。


薪が崩れたり、燃え尽きて火力が弱まったり、風の吹き具合で酸素が送り込まれる量が増減し火力が変化したりと、難しいのだ。


そんな温度調整を、魔法で簡単に制御できるとなると、後は早かった。


魔法で薬草を乾燥させ、粉砕して粉にし、それを沸騰寸前の湯に溶かして一時間攪拌。


他の薬草数種類を決められた順序で投入して焦がさないように煮込み、飲みやすくするための風味付けにミント油を混ぜ込み……。


後は、割れにくいと評判の、『マッドゴーレム』の泥で作った陶器瓶に薬剤を入れて、と。


「トリス、店に並べておいてくれ」


「はーい!」


陳列して、終わりだ。


石鹸も同じだな。


魔法を使って大量生産して、作り溜めしておくんだ。


塩水を電気の魔法で分解して苛性ソーダを作り、それを魔法で触れずに動かして、ココナッツ的な植物からとったオイルに混ぜて……。


乾燥や熟成、成分の定着なども全て魔法でサポートして徹底的に時短する。


そうすると、数時間で数百個もの薬品と石鹸が大量に生産されるのだ。


通常の薬師と違って、工業的大量生産の手法をとっている訳で、その分の人件費も削減でき、結果として同じ品質の薬品を他よりお安めのお値段で大量に販売できちゃうんだな!これが!


そうやって作った薬を、店の陳列棚に並べて、と……。


さあ、開店だ。




今日は俺も店にいることとしよう。


あまり、店に居ないのも良くないからな。


さて、薬屋。


主な来客は当然、薬を必要とする病人や怪我人、もしくは老人なのだが……。


「はぁい、こんにちは、先生?」


実はうちには、女性客も多いのだ。


その理由は……。


「ああ、こんにちは。化粧品かな?」


化粧品を売ってるからである。


いや、本格的な白粉とか口紅を売っている訳ではない。そういうのは、他にちゃんとした化粧品売りがいるからな。営業妨害はよくない。


俺が売っているのは、肌荒れに効く軟膏とかだ。


肌荒れ、あかぎれ、ニキビや火傷なんかによく効く薬だな。


ぶっちゃけると、大体オ◯ナイン軟膏的なアレである。


水仕事であかぎれがひどい主婦に売り込んだら、口コミが広がってバカ売れしちゃってな。


一度に使う量が少ないんでコスパが良く、ケガの他にも肌荒れやニキビ、デキモノなんかにもよく効くから、特に女性に大人気だった。


「『肌軟膏』お願いね!それと、『ミント歯磨き粉』も!」


他にも、ミントの歯磨き粉なんてのも売れている。


この世界には歯ブラシはなく、指に布を巻いて歯を磨くんだが……、それじゃ中々綺麗にならないし、口臭も良くならない。


なので俺は、歯ブラシとミントを練り込んだ歯磨き粉を売り出したんだが……。


これが、口臭を特に気にしている娼婦辺りにバズっちゃってな。


今じゃ、遠方からわざわざ買いに来る人もいるくらいだ。


「先生!こっちは『蜂蜜飴』をくれ!」


「『薬用糖蜜湯』を頼む!」


他にも、こういう薬用の食品っぽいものも少しだけ売っている。


蜂蜜と生姜を使った飴や、小さな子供が粉薬を飲めるようにと作ったシロップなんてのを用意した。


値段はお高いが、意外なことに結構売れている……。


にしても、大変だな。


やはり月初めは俺がこうして薬を作ると、街の人に知れ渡っているからか?


皆、売り切れ前に買い溜めようと、店の前に行列ができるほど来やがる……。


備蓄はあるから、薬はなくならないって言ってるんだがなあ。その辺りがまだまだ中世っぽいよな。


とにかくそうして、今日は大繁盛だった……。

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