第10話

 あやかしが現れる場所、その妖の階級を調査する者が、この組織にはいるのだと大輔だいすけ煋蘭せいらんから説明を受けた。

「そういうの、もっと早く教えてよ。それで、その階級に相当する妖祓師あやかしはらいしが割り当てられるって事だね?」

「そうだ」

 煋蘭の説明では、階級は三段階。上級、中級、下級。大輔たちが退治した妖は全て下級だと言う。そして、煋蘭自身も、妖祓師としては下級なのだと。

「私は今まで、兄上と共に行動していた。因みに兄上は上級だ」

 上級の兄の元、修行を積んでいたのだと言う。そして、大輔を初めてのパートナーとして迎え入れ、煋蘭も一人前の妖祓師としての活動を認められたのだった。


 夜になると、煋蘭と大輔は、妖退治に出かけた。

「結界を張る。妖は二体だ」

 煋蘭が言うと、妖が一体目の前に現れた。下級の妖の内でも、弱い方だったが、これも人の闇から生まれ、人の精気を糧に成長していく。弱いからといって見逃すわけにはいかない。煋蘭はなぎなたを一振りして、その妖を滅した。すると、闇の中からもう一体の妖が現れた。この妖は、先ほどの妖とは比べものにならない程に巨大で、全身が黒い炎に包まれていた。その目は冷酷な光を放ち、口からは不気味な笑い声が響き渡った。

「気をつけろ。こいつは妖力が強い」

 煋蘭は冷静に言いながら、なぎなたを構え直した。

「おう!」

 大輔は決意を込めて答えた。巨大な妖は、煋蘭と大輔に向かって猛然と突進してきた。煋蘭は素早く身を翻し、妖の攻撃を躱すと同時に鋭い一閃を放った。しかし、妖の黒い炎がなぎなたを弾き返し、煋蘭は後方へ飛ばされた。

「煋蘭ちゃん!」

 大輔は叫びながら、全力で突進して拳を振り下ろした。彼の拳が妖の顔面に直撃し、妖は一瞬怯んだが、すぐに反撃してきた。大輔はその攻撃を躱しながら、煋蘭と息を合わせて次々と攻撃を繰り出した。

 煋蘭のなぎなたが妖の弱点である額を狙い、大輔の拳がその隙を突く。二人の連携は完璧で、妖の攻撃を躱しながら反撃を続けた。戦いは激しさを増し、周囲の木々が倒れ、地面が揺れるほどの衝撃が続いた。

「今だ!」

 煋蘭の声に応じて、大輔は全力で最後の一撃を放った。彼の拳が光を放ちながら妖の額に深く突き刺さり、妖は黒い炎を吹き上げながら崩れ落ちた。

「やったぜ!」

 大輔が息を切らしながら言うと、煋蘭は薄く笑みを浮かべて、

「やるではないか」

 と言葉をかけた。大輔は褒めてもらえた事と、煋蘭の笑みが見られたことが嬉しくてにんまりとした。


 妖退治を終えて、二人が帰ろうとしたその時、

「久しいな煋蘭」

 と男が後ろから突然、声をかけてきた。気配を感じなかった大輔は驚いて振り返った。隣にいる煋蘭もゆっくり男の方へ向き直り、

夜斗やと様。お久しぶりでございます」

 と頭を下げた。

「そいつか、お前の相棒は」

 夜斗はそう言って、大輔へ冷ややかな視線を向けた。

(何だよ、こいつ。感じ悪いな)

「はい」

 煋蘭は一言答えただけだった。

「噂で聞いたのだが、本当にこの者を伴侶にするつもりなのか?」

 夜斗は無遠慮に聞く。大輔はこの二人の関係性が分からず、ここで口を挟むのは憚れると思い黙っていたが、夜斗の口振りがどうにも気に食わなかった。

「ちょっと、あんた誰? 俺の煋蘭ちゃんに横柄な態度を取るなよな」

 そう言って大輔は煋蘭を後ろへ庇う様にして前に出た。その瞬間、大輔の身体は強い力で薙ぎ払われた。

「夜斗様、この者の無礼を詫びます。どうか気を静めてください」

 煋蘭はそう言って、夜斗に頭を下げた。地に転がった大輔は強い衝撃を受けて動けずにいる。

「元気があって良いではないか。しかし、弱い者はお前の伴侶に相応しくない。私の伴侶になれ、煋蘭」

 夜斗はそう言って、煋蘭へ手を伸ばすと、

「ご勘弁ください。私は夜斗様へ嫁ぐことは出来ません。皇東家すめらぎとうけの繁栄の為、私は婿を取る事が決まっております」

 と強く断った。

「知っているよ。何度も聞いている。それでも、私はお前を娶りたいのだよ。私程に強い男は他にはおるまい。私程、お前に相応しい男は他にはおるまい」

 夜斗はそう言って、煋蘭にしつこく迫った。大輔は渾身の力で立ち上がると、夜斗へ向かって行き、

「おい! いい加減にしろよ! 煋蘭ちゃんはあんたと結婚したくないって言ってるだろ! もう振られてんじゃねえかよ! かっこ悪いぜ、あんた」

 そう言って、ありったけの力を込めた拳を、夜斗めがけて振った。

「猿が」

 夜斗は冷たく言って、その拳を気で受け止めた。大輔の拳は夜斗の顔の数センチ手前で止まっている。しかし、大輔の攻撃はもう一つあった。拳ではなくそれは波動だった。夜斗は大輔を見縊っていただけに、この攻撃への対処が遅れ、腹にまともに食らった。その衝撃に耐えたものの、苦痛の表情を見せた。

「お前は下がっていろ! 夜斗様、この者をお許しください」

 煋蘭が頭を下げて許しを請うと、

「今日はお前に免じて許そう。しかし次はないぞ。煋蘭、その猿をしっかり躾ておけ」

 夜斗はそう言って、闇に溶けるように消えていった。

「煋蘭ちゃん、なんか、俺……。ごめん。謝らせてばっかりで」

 大輔が済まなそうに言うと、

「私はお前の相棒だ。お前を守るのは当然。しかし、夜斗様をもう怒らせるな。殺されるぞ」

 と煋蘭は硬い表情で言った。


 屋敷へ帰った二人は、入浴を済ませると、それぞれの部屋へ戻った。大輔は、先ほどの男の事が気になって仕方なかった。居てもたってもいられず、煋蘭の部屋の前へ行って声をかけた。

「煋蘭ちゃん、今話してもいい?」

「構わぬ」

 煋蘭はそう言って、障子を開けて、

「入れ」

 と一言言った。

「え? いいの? 入って」

「早く入れ。話しがあるのだろう?」

 と煋蘭は言って大輔を促した。

 二人は向かい合って座り、大輔が口火を切った。

「あのさ、さっきの男、夜斗って奴、何者なの?」

「夜斗様は、皇西家すめらぎせいけの次期当主。我ら皇東家すめらぎとうけと同様、すめらぎの正当な血を引く者」

 と煋蘭は答えた。

「何であの人、煋蘭ちゃんを強引に娶ろうとしてるの?」

「皇の濃い血を子孫に残したいからだろう。もう既に三人の息子がいるのだが、更に子が欲しいのだろう」

「え? 息子が三人って、既婚者なの? そんなの許されないだろう」

「夜斗様の奥方は病で亡くなられて、今は独り身だ。その奥方というのは私の叔母上で父上の妹君だ。夜斗様は私の叔父に当たる」

「え? じゃあ、あいつ、姪の煋蘭ちゃんを娶ろうとしてんの? 最低だな。ところで、あいつ、幾つよ?」

「幾つかは知らぬが、父上より下で、叔母上より上だ。父上が五十五で、叔母上は父上の五つ下だから、五十は過ぎている」

「え? そんな歳で煋蘭ちゃんを娶ろうだなんて、厚かましいにもほどがあるだろう」

 大輔は憤慨して言ったあと、

「俺、あいつより強くなってやる。煋蘭ちゃんは俺が守るから」

 と決意表明した。

「うむ。期待している」

 と言った煋蘭は心なしか微笑んでいるように見えた。

「もう遅い、部屋へ戻って休め」

「おう、煋蘭ちゃん、お休み」

 大輔は部屋へ戻ると、

「俺、あんなこと言っちゃったけど、夜斗って奴、すげー強いよな? あいつより強くなるって、どれだけ修行を積めばいいんだ?」

 と少し後悔したのだった。

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