第9話
自己治癒を習得した
鍛錬は朝だけで、そのあとは自由な時間だった。それは、傷付いた身体を癒し、損なった霊力の回復の為なのだと大輔は思った。自己治癒を終えて、着替えを済ませると、やる事もなく寝転がってスマホを見ていた大輔だが、ふと、今頃、煋蘭は何をして過ごしているのだろうと気になった。大輔の部屋と煋蘭の部屋は襖一枚の隔たりしかない。衣擦れの音さえもない、その静寂さを不思議に思った。そこで、大輔は立ち上がり、煋蘭の部屋の前まで行き、障子越しに声をかけてみた。
「煋蘭ちゃん、今声かけていい?」
大輔が聞くと、
「何用だ?」
と煋蘭の声が返って来た。あの静寂の中に煋蘭は居たのだと思うと、益々興味が沸いた。一体、何をして過ごしていたのだろうかと。
「別に用って事はないんだけどさ、ただ、煋蘭ちゃん、今何してるかな? って思ってさ。俺、暇すぎて」
大輔はそこまで話すと、一度言葉を切った。何を話すか考えていなかったのだ。
(どうしよう? 声をかける前に話す事、考えておけばよかった)
大輔はどうしようもなくなり、先ほど見ていたスマホで最近話題のスイーツの店を思い出した。
「あのさ、最近話題のスイーツの店が紹介されててさ、煋蘭ちゃん、一緒に行かないか?」
と切り出してみた。女の子を誘うにはぴったりの話題だなと我ながらあっぱれだったと大輔はにんまりした。
「うむ、分かった」
煋蘭はそう言って立ち上がり障子を開けた。
「お前、私を誘いながら、その恰好とはな」
大輔はいつもの部屋着、Tシャツと短パン姿だった。
「そりゃそうだよ。着物は煋蘭ちゃんが着せてくれる約束だろう?」
と大輔も言い返し、また煋蘭に怒られる覚悟だったが、
「そうだったな」
と素直に答えて、大輔の部屋へ行き、着物を着付ける煋蘭。大輔は拍子抜けしたのと同時に、やはり嬉しくてにんまりした。煋蘭が甲斐甲斐しく大輔の身支度を整えた上に、二人でスイーツデートに行く事が出来るのだから、こんな幸せなことはない。
二人が出かけるのを、やはり煋蘭の父、
「お義父さん、嬉しそうだね」
大輔が言うと、
「そうだな」
と煋蘭は一言答えた。それから二人はスイーツの店のある歓楽街を並んで歩く。すると、道行く人が煋蘭を無遠慮に見て来る。中には振り返ってまで見る。そして、煋蘭の容姿を褒める言葉をこぼしていった。その圧倒的な美と存在感、誰もが見ずにはいられないのだろう。あまりにも目立ちすぎるが、当の本人はただ無表情で目的の店を目指して歩みを進めるのみだった。煋蘭は大輔の心の声を聞くことが出来る。つまり、誰の心の声も聞くことが出来るのだ。こんな街中を歩けば多くの心の声が聞こえるだろう。煋蘭に対しての声も当然ながら聞こえているはずだった。
(煋蘭ちゃん、大丈夫かな? いろんな人の声、聞こえていると大変じゃないかな?)
大輔がそう案じていると、
(有象無象の者たちの声など、ただの雑音。私は意に介さない)
と煋蘭が大輔に思念を送って来た。
(それならいいけど……)
煋蘭は意に介さないと言ったが、それでも、大輔は煋蘭を気遣う様に視線を向けた。そこにはいつもの冷淡な顔が、ただ、前を見ているだけだった。有象無象の声は鬱陶しいだろうに、煋蘭はまったく表情にも表さない。そんな彼女を誇らしく思う大輔だった。
「え? 何? すげー美人じゃん? 着物着てさ、なんかの撮影とか? どっかのモデル?」
そう声をかけた男は耳に幾つもピアスを付けて、ジャラジャラと数本のネックレスを首から下げて、金色の髪をかき上げながら、煋蘭を舐めるように見ている。その両側にはやはり軽薄そうな男が二人いて、彼らは煋蘭を口説こうと語彙力のない言葉を並べ立てた。
「すみません、俺たちデート中なんで、行っていいですか?」
大輔がそう声をかけて、二人の行く手を阻む男たちを避けて進もうとすると、
「何だお前、邪魔だ」
と言って金髪男が、大輔を突き飛ばした。しかし、大輔はそんな突きにはびくともしないばかりか、突き飛ばした男の方がバランスを崩して倒れたのだ。それを見ていた他の男たちが、
「何しやがるてめー!」
「ぶっ殺されてーのか!」
と拳を振り上げた。すると、二人の男が同時に後方へと吹っ飛び、地に転がった。
(煋蘭ちゃん? ここ、街中だよ? 力は使わない方がいいんじゃない?)
大輔が心の中で言うと、
(周りの者は、お前が殴り飛ばしたと思うだろう。正当防衛だ)
と煋蘭の思念が返って来た。ここに居たら、こんな連中に何度も絡まれるかもしれない。そう思い、大輔はスイーツの店へと足を速めた。
「煋蘭ちゃん、もうすぐだからね」
「何も、そう急ぐこともあるまい」
煋蘭は平然とした顔で言った。何とか無事に店に着くと、入店待ちの列が出来ていた。
「やっぱり人気の店は並ばないと入れないみたいだね。列に並ぶの大丈夫?」
大輔が聞くと、
「何を心配しているのだ? 待つ事は全く苦ではない」
と煋蘭が答えた。三十分ほど待って入店すると、
「いらっしゃいませ!」
女性店員が声をかけて煋蘭を見ると、動きが暫し止まった。
「お席へご案内致します」
女性店員はすぐに我に返って二人を席へと案内した。誰もかれもが、煋蘭を見ると、つい目を止めてしまうようだった。
席に着いた大輔は、メニューを見ながら何を頼もうか考えながら、向かいに座った煋蘭をちらりと見た。視線に気づいた煋蘭もまた大輔を見る。二人はそのまま暫く見つめ合った。
(なんか、すげー幸せ)
大輔が心で呟くと、煋蘭は視線をメニューへ落した。
「人気のスイーツはどれだ?」
煋蘭は大輔に聞いた。
「紹介されていたのはね。いちご三昧プレート」
「うむ。ならばそれを頼む」
いちご三昧プレートが、二人の前に運ばれてくると、煋蘭の目が爛々と輝いた。プレートには、ショートケーキ。ふわふわ生地に生クリームがとろりとかかっていて、その上にいちごソースがかかっている。そして、いちご大福、いちごの乗った串団子、生のいちご三粒。それから、いちごのジェラート。それとは別に頼んだホットコーヒー。
「それじゃ、頂きますか」
大輔が言うと、煋蘭も手を合わせて、
「頂きます」
と言って食べ始めた。一口食べるごとに、キュンとする煋蘭の姿が堪らなくキュートだった。あまりの可愛さに、大輔は食べる事も忘れて、煋蘭を見つめていた。
「どうした? 食べぬのか?」
煋蘭はほとんど平らげてから大輔に問う。
「煋蘭ちゃん、まだ食べられそうなら、俺のも食べる?」
大輔は少し手を付けたが、煋蘭の可愛い姿を見ているだけで既に満たされていた。
「お前、もう食べぬのか? もったいないから私が食べてやろう。残すのは失礼だからな」
そう言って、煋蘭は何の躊躇もなく、大輔の食べ残しに手を付ける。
「え? 俺の……」
食べかけというのを言葉に出すのは憚れる、そう思い、大輔は続く言葉を飲んだ。
(まあ、いいか。煋蘭ちゃん、俺の食べかけを気にしないで食べているの、なんかすげー嬉しい)
腹も心も満たされた二人は、満足して帰途につく。そして、また、夜には妖退治に出かけるのだった。
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