妖祓師冷徹超絶美人(煋蘭)に、ボコボコにされる男(大輔)の話。――良いタイトルが思い浮かばなかったのでこれでいこう――

白兎

第1話

 そこは真夜中の公園だった。外灯が噴水の水を輝かせている以外は暗闇でしかない。

その闇に紛れてあやかしが現れ、噴水のそばのベンチで眠る男に襲い掛かろうとしていた。


 そこに皇真琴すめらぎまことが現れた。神職を思わせる装束に佩刀し、鋭い眼光で妖を見据えた。彼は米寿を迎えてもなお、あやかし退治としていまだ現役で活躍中だ。

「真琴様、結界を張りました」

 真琴とバディを組んで共に戦ってきた春日も、同様に歳を重ねてきたベテランだ。

「うむ」

 真琴は目の前にいる妖に刀を向けて、

「闇より出でし不浄の者よ。今その穢れを我が祓い清める」

 その言葉と共に、刀から光の粒がほとばしり、光と共に妖を斬ると、一瞬強く光りを放ち、それが消えた時には妖も消えていた。

「真琴様、ご苦労様でした」

「うむ」

 春日は結界を解き、二人の姿は闇に溶けるように消えた。


 ベンチで寝ていた男は、一度起き上がり、また眠ってしまった。酔いも回っていたためか、自分の身に起こったことなど気にも留めなかった。


 屋敷へ戻った真琴は、

「春日、今日はもう休め。あとは瑞光ずいこうたちに任せる。私は湯浴みをしてから寝る」

 そう言って、風呂へ行った。

「はい、真琴様。ではおやすみなさい」


 真琴が風呂で装束を脱ぐと、傷だらけではあったが、とても老人とは思えないほど、張りのある強靭な肉体だ。


 風呂から出ると、孫娘の煋蘭せいらんが待っていた。

「おじい様、今日もお勤めご苦労様でした。このところ、妖の数も増えております。それほど人々の心が病んでいるのでしょう」

「そうだな。お前が言いたいことは分かっている」

 妖退治ができる者も、今では数少ない。煋蘭はそれを危ぶんでいた。

「素質のある者はまだ現れぬのか?」

「ええ、今のところはまだ……」

「我らの血筋の遠縁の者が、今もどこかにいるはずだ。それを見つけ出してこい」

「御意」


 煋蘭は真琴の命により、新たな妖退治の仲間を見つけるべく、彼らのルーツを追った。


 そして、煋蘭は皇家の血を引く者を見つけた。


 しがないルポライターの兵藤大輔ひょうどうだいすけは、今日も地元の小さな事件の取材をしていた。カーキ色のくたびれたジャケットに擦り切れたジーンズ。履き潰して底が薄くなった靴を履いていて、見るからに薄汚れた男だった。


「兵藤大輔。お前を今日から我らの仲間とする」

 その声に振り向き、大輔は呆気にとられた。知らない女が急に突拍子もないことを言ってきたのだ。

「いきなり何ですか?」

 大輔は女の顔を見ると、今感じた苛立ちも一瞬で消えた。端正な顔立ちに、サラリとした真っ直ぐな長い黒髪。人を引き付ける魅力的でクールな瞳。意志の強さを表した凛とした眉。それでいて柔らかさと清純さを表したような薄桃色の唇。すらりとした細身の体に、古風な和装姿で凛々しく美しく立っていた。そんな彼女の姿に目を奪われて、暫く見つめていた。


「私を癒らしい目で見るな、殺すぞ」

 煋蘭は冷たく鋭い視線を大輔に向けた。

「そんな怖い事言わないで下さいよ」


 大輔の軽口に、煋蘭はさらに嫌悪の色を見せた。

「無駄口は要らぬ。ついてまいれ」

 大輔も取材は一段落していたので、この美人について行くことにした。

「あんた、名前は?」

皇煋蘭すめらぎせいらん


 煋蘭について行くと、そこは立派な屋敷だった。昔の武家を思わせるような門があり、そこをくぐると、日本庭園が広がっていた。そこには静かな池があり、その表面は風に揺れる木々の枝葉を映し、水面を滑るように泳ぐ鯉たちの波紋が広がる。

 こんな都会には似つかわしくない。


「父上、母上。ただいま戻りました」

 煋蘭に連れて来られた客間で待っていたのは、煋蘭の両親だった。

(何? 俺、いきなり、両親にあいさつか? 娘さんを下さいってか?)

 煋蘭が大輔を睨んだ。

(なんで睨んだ? まあいいか。それにしても、母親もすげー美人だな。俺、いけるかも)

「まあ、なんて品のないことを」

 母親が言った。

「お前、母に無礼だ。その妄想を止めろ。殺すぞ」

(え? 俺の心の声、聞こえたなんてことはないよな?)

「はははっ。お前、良かったじゃないか。若い者もお前の美しさに魅了されている」

 父親が言うと、

「卑猥で下品な妄想など不愉快です」

 母親が刺すような鋭く冷たい視線を大輔に向けた。酷く軽蔑している眼だった。

「お前、母に謝れ。この下種が」

(煋蘭ちゃん、なんて乱暴な言葉を言うんだろう)

「お前はもう黙れ」

 大輔の心の声に対して言っているような煋蘭の言葉と冷たい視線が大輔に向けられた。

「はははっ。大輔君。心の声が全部聞こえちゃってるよ。気をつけないと」

 父親が笑って言った。


「え? 心読まれてるのか? あんたたち一体何者なんだ?」

「言葉を慎め。我らはすめらぎ一族の正統な血統だ。お前は皇の血を引く者であるが、我らより格下だ」

 煋蘭は強い口調でそう言った。

「まあ、まあ、煋蘭。大輔君が怯えているじゃないか。それくらいにしておきなさい。ちゃんと説明してあげたのかね?」

「説明など要りませぬ。これは皇の血を引く者の宿命」

「何の話ですか? 俺は兵藤で、皇ではありませんよ」


 大輔には、まったくわけの分からないことだった。


 説明によると、大輔の母方の祖母が皇の者だという。皇一族は遡れば、皇族の血筋であり、特殊な能力を持ち、魑魅魍魎の跋扈する時代に、天皇よりあやかし退治を命じられたことが始まりだった。


「ふむふむ。そうなると、俺と煋蘭ちゃんは遠い親戚か。そして、天皇の血筋ということなのかな?」

「分を弁えろ。お前が天皇の血筋などと口にするにもおこがましい。私と遠縁であることは認めよう」

(煋蘭ちゃん、言葉はきついが、なんかちょっと快感)

 煋蘭が大輔を睨み、胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げた。

「いい加減にしろ、この下種が。その厭らしい思考を止めろ。さもないとこの場で殺すぞ」

「まあ、まあ、煋蘭。落ち着きなさい。お前がそれほど魅力的だと言う事じゃないか。若い男の子はみんな同じような思考を持っている。許してあげなさい」


 煋蘭は父になだめられ、大輔を床に落とした。

「げほっ、げほっ。すんげー腕力だな」

 大輔の言葉は、ことごとく煋蘭をイラつかせた。

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