魔王ぉ? 勇者ぁ? 賢者ぁ? いいえ、無職(ニート)です

こばやん2号

プロローグ


 拓内畑羅木(たくないはたらき)、それが俺の名前だ。ちなみに二十八歳の独身男性である。



 名は体を表すというが、何の因果か知らないが、名前の通り絶賛ニート生活を送っている。



 夕方に起床し、人が寝静まる夜に活動し、人が起き出す朝に眠りに就く。まるっきり昼夜逆転した生活を日々送っているものぐさな人間である。



 ニートといっても、無収入なわけではなく、こう見えても毎月一定の金を稼いでいる。



 うん? どうやって? なに、簡単なことだ。世の中には錬金術と言って、パソコンのある部分をぽちりとクリックすると、勝手にお金が増えていくというシステムがあるんだ。



 まあ、たまに失敗して莫大な損害が出ることもあるんだが、大抵の場合は上手くいく。……何? 株? いやいや、錬金術さ(キリッ)!!



 そんな俺のことを両親や親戚連中が放っておくこともなく、やれ働けだの汗水垂らして金を稼ぐありがたみだのと宣ってくれたが、俺が錬金術で増やした金の一部である一億円をポンとくれてやったら途端に黙った。



 人間とは現金な生き物であるからして、あれだけ口うるさく言ってきた連中も、今では俺の金で世界一周旅行に行くと息巻いている。まあ、たかが一億程度で黙ってくれるのなら安いものだ。



 とまあ、そんなわけで日々生活に困らず人並みよりも早く人生をドロップアウトし、ニート生活を楽しんでいたんだが、ここにきて予定外の出来事が起こった。



「ん? 地震か?」



 長年テレビなどで言われ続けていた南海トラフ沖での巨大地震が発生し、俺が住んでいた地域を直撃した。その際、積み上げていたゴミ山の下敷きとなり、俺はゴミの中に生き埋めとなった。



「うっ、ぐるじい……」



 それだけであれば、なんとかなったかもしれないが、追い打ちをかけるように襲ってきた津波によって、俺はゴミ山の藻屑となってしまったのだ。津波だけに海の藻屑とかけてみたんだが、どうだろうか?



 そして、次に俺の意識が目覚めたのは真っ暗で何もない虚無の空間であった。



「ここは一体?」



 俺の呟きに答えてくれる人間はいない……かに思えたが、頭の中に無機質な声が響いてくる。



『拓内畑羅木様ですね。あなたは死にました。まことにお悔やみ申し上げます。ですが、そんなあなたに朗報です。厳正なる抽選の結果、もう一度別の世界で生き返るチャンスを手に入れました。いわゆる転生です』


「お、おう」



 いろいろと突っ込みたい気持ちをぐっと抑え、ひとまずは状況の整理をしよう。まず、どうやら転生することができるらしいが、それは地球ではなく違う世界……まあ、異世界ってやつだな。



 それはいいが、まさかこのまま何もなく異世界に放り出されるんじゃないだろうな?



『それと、転生の特典としてあなたには特別な力を授けることができます。以下の中から選んでください』


「チートキターーーーーー!」



 思わず叫んでしまったが、よくあるテンプレにテンションが上がってしまった。



 そして、突然どこからともなく出現したまるでゲームのインターフェースのようなウインドウにこんなことが表示されていた。





 ・転生ルート その1 魔王



 ・転生ルート その2 勇者



 ・転生ルート その3 賢者





 え、なにこれ? 転生ルート? 職業、ですか?



 職業……それは手に職を持つということであり、組織に所属し組織のために動き、そして組織のためにその身をすべて捧げるという存在……所謂、社畜である。



 俺にとっては、そんなものに貴重な時間を使うことなどナンセンスであり、はっきり言って時間の無駄遣い以外の何物でもない。無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーである。



 だからこそ、短期間で莫大な金を生み出す方法であるかb……否、錬金術という方法を取っていたのだから。



「あのぉー、すみませぇーん。無職とかないですかね?」


『以下の中から選んでください』


「むっ(ピキッ)、無職上等! 我の名は拓内畑羅木!! 働いたら負けという名を掲げる存在なり!! それ故に、いや、であればこそ! 我が求める職業はただ一つ! 無職一択である!!」


『……以下の中から』


「お前じゃ話にならん!! 責任者を呼んで来い!!!」


『……転生対象者の要請により、管理者に直接接触を希望する旨を送ります。しばらくお待ちください』


「居んのかよ責任者!?」



 なんということだ。悪質なクレーマーよろしく冗談のつもりで言ってみたのだが、まさか本当に責任者がいるとは……。



 しばらく待っていると、どこからともなくまるで突然現れたかのように人が出現する。



 その姿は、まるで古代ギリシャの白い貫頭衣のようなものを着ており、顔立ちは中世的でその頭にはきらきらと輝く輪が浮いている。本人も浮いており、背中に四枚の翼を持っていた。それは、どこからどう見てもあの空想上の存在にしか見えなかった。



「Oh My Angel……」


「一体いつから“あなたの天使”になったというのですか?」


「なるほど、Angelではないと?」


「……いや、天使ではあるんですけどね。私が言っているのは――」


「そんなことはどうでもいいから、俺の職業をニートにしやがれください」


「……」



 情操教育の失敗作と親戚たちの間で言わしめた俺の性格の悪さは伊達ではない。例え、人間を遥かに超越した存在である天使や神を前にしても、俺の態度は変わらんのだ。



 誰もができないようなことを平然とやってのけるのが俺こと拓内畑羅木であり、そこが俺の強みでもある。まあ、そこに痺れもしないし、憧れもしないのだが……。



「魔王や勇者に興味はないのですか?」


「は? そんなものに憧れるやつは頭のおかしい人間か、いつまで経っても中二病を引き摺ってるやべぇやつだけだぞ?」


「……」



 俺の無職要求に、目を丸くしながら問い掛けてくる天使に、俺が常日頃から思っている魔王や勇者についての持論を口にすると、呆然とした様子で押し黙った。



 だが、俺がいかに無職というものに強いこだわりを持っているかわかってもらうためには、ここで引いてはいけない。いざ、畑羅木、行きまぁーす!!



「大体さぁ。魔王なんて人類を滅ぼすことを目的としてるけど、“王”と名の付く職業だけあって人間から奪い取った領地の管理もしなくちゃならないし、反抗的な部下を力で従えることもあるだろうから、日常的に本気の殺し合いをしなきゃならんのだろう? そんなものになりたいやつの気が知れん」


「……そ、それは否定できません」


「勇者は勇者で、圧倒的な力を持った魔王を倒せだの、その部下である四天王を倒せだの、世界の危機を救ってくれだの、世界レベルの無茶ぶりをこなさなきゃならんのだろう? しかも、道中に困った人がいたら絶対に何があっても助けなきゃならないし、助けた女の子にエッチな要求という下衆な見返りもできない品行方正が求められるお堅い職業だろうが。そんなものはこっちから願い下げだ。俺は助けた見返りに女の子のおっぱいも揉みたいし、チューだってしたいんだ!!」


「わ、わかりました。特例として、どの職にも就かないルートで転生を許可します」


「おお、わかってくれたか! さすがはOh My Angelだ!!」


「いや、ですから。いつから“あなたの天使”になったのですかね?」



 まさか、死んでから人ならざる者と漫才を繰り広げることになろうとは、人生何があるかわかったものではない。……って、もう死んでるか。



「コホン、とりあえず職には就かないということですが、あなたには転生後やってもらうことがあります」


「奴隷ハーレムルートは勘弁してください」


「……真面目に聞いてください」


「俺はいつだって真面目だ!!」


「……」



 俺が反論すると、今度は呆れた視線を向けてくる。まあ、冗談はこれくらいにしてだ。そろそろマジに話し合うとしよう。



 天使の話によると、魔王・勇者・賢者のいずれかの転生ルートを選んだ場合、やってもらう役割というのが存在するらしい。



 まず、魔王を選んだ場合、魔族や魔物以外の種族を殺戮しろとのことだ。もともと、魔王には世界の生き物の絶対量を調整する役割があるらしく、特に人族に関しては増える量が多いため、定期的な間引きが必要とのことだ。



 それに対して勇者は、魔王やそれに準ずる魔族の討伐の他、困っている人々の救済を主な役割とし、基本的には人助けをしなさいということのようだ。



 最後に賢者は、魔法的な要素において世界に大きく貢献するようなことをしなさいというものであり、若干ふわっとした役割だが、勇者を導いたり、魔王討伐に協力したりと魔法を使って何か功績を残せということらしい。



「どれも嫌だ」


「そんな我が儘な」


「人間というものは、自分に不都合なことや不利になるようなことを簡単に受け入れる種族ではない! これを我が儘というのならば、他の種族はどんだけドМなんだよ!!」


「……」



 俺の再びの持論展開に、天使は押し黙ってしまう。おいおい、都合が悪くなるとだんまりですか。そうですか。



「と、とにかくです。三つの転生ルートの中から選ばなかった以上、あなたにはそれを補う形で何かをやっていただかなければなりません。これは避けられない運命なのです」


「そう言っておけば、誰もが大人しく言うことを聞くと思うなよ? それに運命ってのは避けられないものではなく、自分自身の手で切り開くものだ!」



 うおう、我ながら良い返しだ。畑羅木ちゃん、今日も絶好調です! って、冗談はここまでにしてと。



「まあ、こっちとしても我が儘なのは理解している。とりあえず、世界を変えるような何かをやればいいんだな?」


「ええ、それで概ね間違っていません」


「わかった。何をやるかは転生してから決めることにする」


「それでは、転生してから生きていくための力を授けようと思うのですが――」


「チートキターーーーーー! Part2!!」


「……」



 天使の言葉に叫ぶ俺を冷ややかな目で見つめる。なんだ? 俺がイケメンだからって男を抱く趣味はないぞ?



 とまあ、いろいろと漫才を展開しているが、そろそろグダグダになってきそうだったので、ここは真面目に能力の話をしようではないか。



 それから、結構な時間をかけて能力について話し合った結果、納得のいく力を手に入れることができた。



「はあ」


「お疲れですな。そのうちいいことがありますって」


「誰のせいだと思っているのですか」


「俺もさすがに能力を決めるのに二週間もかけるとは思わなかったわ」



 天使の話によると、俺は正規の転生ルートを選ばなかったため、特例でどんな能力をもらうかを選択できるってことだった。だから、じっくりと時間をかけて選んだ結果、能力の決定までに二週間もかかってしまったのである。



 まあ、二度目の人生を謳歌するためにも、ここは慎重に選ぶのは当然だよな? これは必要なことだったのだ。



「では、いよいよ転生しますが、何かありますか?」


「そうだな。あんたの緊急連絡先とかはないのか? 何かあったときに連絡手段がないと困るだろ」


「でしたら、各国に教会がありますので、そこで呼び出してください。それで私に連絡が届きますから」


「わかった。最後にもう一つだけいいか?」


「なんです?」


「あんた……名前なんだったっけ?」


「……」



 最後の最後でそれかという呆れを含んだ視線を向けられてしまった。だってしょうがないじゃないか人間だもの!



「申し遅れました。私の名は〇×△◇です」


「え? なんだって?」


「ですから、〇×△◇です」


「聞き取れないんだけど?」


「なるほど、どうやら正規のルートを踏んでいないため、私の名前を聞くことができないみたいですね」


「ふーん。なら、俺の中であんたはOh My Angelってことにしよう。では、なんかあったら連絡するので、その時はよろしく~。ほれ、早く転生させれば?」


「……。では、あなたにとって良き人生を」



 天使がそう言いながら、パチリと指を鳴らす。すると視界が光に包まれていき、とうとう見えないくらいに俺を覆いつくした。



 あとに残ったのは、天使だけであり最後に誰にとも聞かせることなく独り言ちた。



「やれやれ、ようやく行ってくれましたか。それにしても、この先いばらの道が待ち構えていますが、あの人は大丈夫なのでしょうかね? まあ、それを乗り越えるための力は与えましたから、精々その力を使って頑張ってもらいましょう」



 そう天使が呟いたが、俺がその言葉を聞くことはなかった。そして、ようやく俺の新しい人生がスタートする。



 この物語は、無職を楽しんでいた男が再び無職として二度目の人生を謳歌する無職転生物語という名の異世界転生ストーリーである。

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