彗星の瞬きと絶望
「あの、副船長……お昼前に少しお時間をいただけませんか?ご相談したいことがあって……」
「私に?もちろんいいよ。昼休憩の10分前で大丈夫かい?」
「はい、お願いします。」
私はきっと場違いなほど暗い表情をしていた。
副船長が亡くなるのは昼休憩の5分前。
それより早い時間を指定すれば、事件を防げる可能性がある。副船長の困ったような笑顔に胸の奥が痛んだ。
「よし!」
約束の10分前に終わらせ、道具を片付けて早足で向かう。
「お待たせしました……!」
休憩室に足を一本踏み入れた時、またあの嫌悪感が沸騰した。唾も上手く飲み込めず、足が震える。視界が歪む。
副船長は血溜まりの中で倒れていた。
その光景に目を奪われ、足元がふらつく。
「どうした!何があった!」
バイタルの警報アラームに気づいた誰かが駆け寄ってきたが、私は目の前の光景に釘付けで、声にならない。
また、前と同じになってしまった……。
恐怖と後悔で震える体は立ち上がることも出来ず、胸ぐらを掴まれ、視界が揺れ、世界が反転するように意識が遠のいていった――。
『12月20日、8時です。あと1時間でミーティングが始まります。』
腕時計の通知が現実を突きつける。心臓が跳ねもう一度確認したが、日時に変わりはなかった……ループしているのは間違いない。
第一の殺人は副船長が殺されていた。殺害理由も、犯人もゲームの展開と違い見当がつかず、焦りばかりが募る。
……分からないことを悩んでいても仕方ない。まずは副船長に会って、彼が殺されるのを阻止しなければ……!
気を取り直し、早々に準備を済ませてミーティングルームへ向かう。部屋の扉が開くと、船長と副船長、そして客人が挨拶を交わしていた。
「おっす!行動が早くて助かるね。」
「ノエルさん、おはようございます。」
「おはようございます。お邪魔しております。」
三者三様の挨拶に、慌ててお辞儀を返す。
船長のレギンさん。
筋肉質な体に短い濃緑の髪、そして立派な髭が特徴的だ。「仲間は家族」という信条を持つ頼れるアンドロイド。
副船長のリンドさん。
垂れ目の王子様フェイスと栗毛が印象的な線の細い美青年。多言語能力に長け、記憶力は抜群。……この完璧な副船長こそが、最初の被害者だ。
異星人の客人ヴィーザさん。
銀髪に長髪、静かな物腰が漂う文化人類学者。この宇宙船は彼を送迎するために動いている重要な人物だ。
「では、私はこれで失礼します。短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたします。」
深々とお辞儀をされ、こちらも慌てて返す。ヴィーザさんは穏やかに微笑むと、ミーティングルームを後にした。
客人にも関わらず、ミーティング前に早く起きて挨拶に来てくれるなんて、腰が低いどころではない。本当に丁寧な人だ。
そんなことを考えていると、他のクルー達が続々と入室してきた。
「おはようございます!」
原作の主人公フレイアさん。
黒髪ストレートに紫のアイシャドウ、緑色の口紅という強いメイクが印象的。自分の意見は貫き通す姿勢に、人気投票では堂々の1位を誇るお医者様だ。
「おはよーございます……。」
海士のトゥルズさん。
紫色の髪をしたぶっきらぼうな青年。計算能力に優れ、航行技術は船内でも随一。彼はフレイアさんの幼馴染で、ツンデレな一面がファンに支持されている。
「みんなー!おはよー!!」
通信士のエーイリさん。
ピンクの髪の最年少メンバー。元アイドルで、幼い頃夢見た宇宙が忘れられず船に乗船。通信で連絡を伝える際は歌を一曲披露するのが定番となっている。
そして、最後に現れたのは――。
「ノエルちゃん、おはよう♡」
兵站担当の華龍さん。
赤髪を無造作に三つ編みにした姿はどこか気だるげ。それでも成績は優秀で、クルー内でも頼れる存在だ。彼こそが私の「最推し」。だが、ゲームの華龍さんと比べても、やけに積極的な気がする……?
「全員揃ったので、ミーティングを始めます。」
副船長の指揮に背筋を伸ばす。
朝のミーティングは前回と同じく、搭乗員たちが集まる見慣れた風景。けれどもこの中に犯人がいる。その事実に背筋が冷たくなる。
――副船長が殺される時、全員が別の仕事をしており、アリバイがない。監視カメラとバイタルが反応しなかったこともあり、整備士である私に疑いの目が向けられる事になる……。
外部から入る事は許されない星間飛行。犯人はこの中の誰かしか有り得ない。
客人もここにいるメンバーも含めて、誰でも犯人になることが出来る……。
「ノエルさん、どうしました?」
考え込んでいたせいで、ミーティングがいつの間にか終わっていた。リンド副船長が心配そうに声をかけてくれる。
目に焼きついた光景を振り払うように首を振り、リンド副船長に向き直る。
「副船長の仕事を見学させて下さい。」
「え?僕の仕事を?」
「はい、私はまだ整備士となって日が浅いです。後学の為、副船長の仕事を拝見して自分の仕事に活かしたいです!」
「それは良いけど、ノエルさん自分の仕事もあるだろう?」
「それは……。」
人命優先とはいえ、宇宙船AIの修理も最重要事項の事柄だ。修理を怠るといずれ人命にも左右されてしまう。それだけは避けなければ……でも、犯行時刻が分からないのであれば午前中は付きっきりが良いと考えたのに…….!
「ノエルちゃん!」
「っ!?」
考え事をしている最中に背後から抱きつかれ、体のバランスを崩して倒れそうになる。抱きついた人物に支えられて、引っ張り戻される。
「ふぁ、華龍さん!」
「そうや、何の話してたん?」
「華龍、危ないだろう!」
副船長の注意も笑って流し、話を進める。相変わらずだ。
「えっと、副船長の仕事を後学のために見たいけど、自分の仕事もあるからどうしようって……。」
「ノエルちゃんの仕事って?」
問われて、ドキリとする。以前聞かれた時に難色を示されたからだ。
「……宇宙船AIの修理。」
「そんなん、しいひんでもええやろ」
「良くないよ!この宇宙船AIがあるから生きていけるんだよ!」
感情のままに叫んでしまい口を抑える。周りのクルー達も何事かと覗き込み、副船長は咳払いをし場を整える。
「ノエルさんの言うとおりですよ。無駄な仕事はありません。
だからこそ、ご自身のお仕事を優先してください。」
何も言い返せない。でも、ここで引き下がったらまた副船長は命を落としてしまう……どうしたら、どうしたらいいの……!
「俺が、副船長の仕事見学するわ」
「え?」
「ノエルちゃんの仕事、そんなに大事なんやな。そしたら、俺もなんか手伝いたいって思うやろ?……それに、俺も副船長の仕事、ちょっと気になっててな。」
華龍さんは軽く肩を竦めて笑う。その言葉に悪意は感じられないが、理由がそれだけなのかは疑わしかった。
「でも、華龍さんの仕事は……。」
「優秀やから昨日の内にちゃあんと終わってるから安心せえ。まあ俺も、ノエルちゃんが泣くの見たくないってだけやで。」
その言葉に、胸が温かくなるのを感じた。
「ありがとうございます!是非、お願いします!」
「ええよー。」
副船長は深くため息を吐き、私と華龍さんに押されて渋々了承してくれた。
「その代わり華龍には、たっぷりと仕事を覚えてもらうからね。よっぽど時間が余ってると見える。」
「堪忍して!」
華龍さんに詫び、私は自分の持ち場に着く。まさか協力してくれるとは思わなかったが、嬉しい誤算だ。
そうか、自分で難しい時は人に頼って殺人を阻止すればいいのだ。犯人が居たとしてもここで1人が2人を相手に手を下すリスクは犯さないだろう。
華龍さんが犯人だったとしても、一連のやり取りはクルーの人達全員が目撃している。犯人だと確定するような真似はしないだろう。
そうは思っても不安材料がある。犯人が複数人いた場合や、狂人で2人いてもお構いなしに殺しくる殺人鬼かもしれない。
修理が完了したことを確認出来たら足早に休憩室に向かう。
早鐘のように打つ心臓を抑え、唾を飲み込み辺りを見回す……誰も居ない。念のためにキッチンにも行くがロボットが食事の用意をしているだけで何もなかった。
まだ安心はできず、2人がいる部屋に向かおうとする。
「おっと!」
「すみません!」
ぶつかりそうになり顔を上げると
「ノエルさん、大丈夫ですか?顔色が良くないですよ。」
副船長の無事を見て、胸の中で安堵が広がった。全身の力が抜け、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。
副船長は慌ててバイタルを確認し、リラックス値だけが高く、他は問題なしだと分かって余計に焦っていた。その優しさに、私はようやく笑顔を返すことができた。
「大丈夫です。副船長の顔を見て安心したら、つい涙が出てしまって…すみません。」
「いや、俺は気にしませんが…本当に大丈夫ですか?今日は休んだ方がいいんじゃ……。」
「大丈夫です!」
力こぶを作ってアピールすると、華龍さんが後ろから顔を覗かせた。いつものにこにこ顔が見えた。
「副船長、ノエルちゃんを泣かせるなんてあきまへん。ほら、俺が慰めてあげるから、一緒にデート行こう♡」
「華龍、こら!場を乱すようなことをするんじゃない!」
ようやく、救われた気がした。胸の奥に、まだ消えない不安が残っているけれど、少しは落ち着けたような気がした。
「何やってるの?」
「ちょっと、邪魔だろ。」
フレイアさんが興味津々に言う一方、ドゥルズさんは面倒臭そうに返す。
「こら、ドゥルズ!失礼でしょう!」
「うるせぇな、母親かよ!」
思わず吹き出してしまった。まるで原作のやり取りだ。ドゥルズがフレイヤに素直になれない様子が微笑ましい。
フレイアが、ふっと顔を背ける。何気ない仕草だが、少し違和感を覚えた。
原作の彼女は、感情を隠さないタイプだ。でも今日は、どこか距離を感じる。理由はわからないが、私は昼食を取りながらもそのことを考えていた。
誰にも見せない一面があるのだろうか。強気で明るい彼女が、時々見せる陰りが気になる。
「どうしたの、フレイア?」
私の声に、フレイアは驚いて顔を向け、無理に笑顔を作って言った。
「なんでもないわよ。ちょっと、疲れてるだけ。」
その表情に、私は感じ取った。フレイアも誰かに頼りたかったり、弱さを見せたかったりするのだろうか。
皆で昼食を囲みながら、私はフレイアが抱えているであろう秘密を思った。それが何であれ、少しでも彼女が楽になれるように、私はそっと見守っていた。
『12月21日、8時です。』
アラーム音が静寂を破り、私は勢いよく飛び起きた。日付が進んでいる……!心が歓喜で震える。これほど「明日」を嬉しく思えたことはない。
布団の上で跳ね、全身を使って喜びを爆発させる。やった!やった!これで終わりだ!
だが、心の奥に微かな違和感がよぎる。リンド副船長の死を防げたはずなのに――本当にこれで良かったのだろうか?
『緊急事態発生。緊急事態発生。ただちにミーティングルームに向かうように!繰り返します……』
喜びに浸る間もなく、突如耳をつんざく警報音が鳴り響く。反射的に胸を押さえる。心臓が喉元まで跳ね上がるようだった。
違うはずだ、違う。
頭の中で何度も否定しながら、適当に服を掴んで身にまとい、廊下を駆け抜ける。
ミーティングルームに着くと、既に数人が集まっていた。全員が異様な雰囲気に飲み込まれている。唇を嚙みしめ無言で立ち尽くす者、狼狽する者。それぞれが言葉を失い、ただ中央に目を向けていた。
その視線の先には、白い布で覆われた人影が横たわっている。シーツ越しに浮かぶ輪郭が、この場を支配する圧力そのものだった。
私の後ろから入ってきた誰かも、この光景に呑まれたのか、声を上げるどころか呼吸さえ忘れているようだった。
船長が一歩前に出て、眉間に深い皺を寄せながら告げる。彼の声は普段の冷静さを失い、焦りと悲しみが滲んでいた。
「……状況を説明する。だが、冷静を保ってくれ」
彼の一言が、部屋の空気をさらに重く冷たくした。その先に何が語られるのかを悟りながら、私は拳を強く握り締めるしかなかった。
「フレイアが殺された。」
乙女ゲームの犯人に転生!? 無限ループで推しと悲劇を回避します! 樹脂くじら @jusi730
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。乙女ゲームの犯人に転生!? 無限ループで推しと悲劇を回避します! の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます