乙女ゲームの犯人に転生!? 無限ループで推しと悲劇を回避します!

樹脂くじら

無限の軌道、犯人は私

「お前が犯人だろ!」


「ち、違う……私じゃない!信じて!」


「人殺しの言うことなんか信じられるか!」


 怒りに満ちた視線と冷たい嘲笑が私を刺す。何を言っても届かない。絶望と恐怖が喉を塞ぎ、頭の中には声にならない悲鳴だけが響いていた。

 誰かが私を突き飛ばした瞬間、後頭部に熱が走り、意識が遠のく中で誰かの叫び声が聞こえた——。






『12月20日。8時です。あと1時間でミーティングが始まります。』


 低い機械音声に意識が覚醒する。慌てて窓の外を見ると、無数の星々と遥か彼方の惑星が視界に飛び込んできた。


「ここ……ヴァルハラだ。」


 目の前の景色に胸がざわつく。千年後の未来を舞台にした乙女ゲームの中、宇宙船『ヴァルハラ』の世界に転生していると気づいた。


 ゲームの主人公は、この船で異星の客人を送り届ける宇宙船のクルーに就任する。

 だが、航海中にクルーの1人が殺され、閉鎖空間で疑心暗鬼が渦巻く中、攻略対象と絆を結び、犯人を暴くのだが——。


 着ているのは見覚えのある作業着。そして、鏡に映ったのは、学校の校則では禁止されている栗色の髪の毛。 



「なんで犯人役のノエルに転生してるの!?」


 自分の姿を確認し、絶望する。前世の記憶に加え、現世で苦労して整備士として生きてきたノエルの記憶が流れ込んでくる。

 彼女はゲーム内で事故に近い形で殺人を犯し、主人公に真相を暴かれる。5人中4人のルートで自身の罪の重さに耐えかねず自殺を選ぶ……悲惨な末路が待っているキャラだ。


「いやいや、でも、私が殺人しなければいい訳だし大丈夫よね!」


 開き直り、自分に言い聞かせて立ち上がる。前世では早い段階で亡くなったが、今世は苦労して名高いヴァルハラのクルーとして整備士に就任できたのだ!前世の記憶も蘇ったし、ゲームの知識もあるから大丈夫だろう!


「あ、集合時間があるんだった……!早く行かなきゃ!」


 異星の客人以外、搭乗クルーは早朝に全員集まってのミーティングがある。急いで身支度を整え集合する。

 



 ミーティングルームに集まると私以外の人達はすでに集まっていた。気まずく会釈を返し自分の席に座る。

 どうやらゲームと同じようで、地球の重力を再現するために、船体がゆっくりと回転することにより、重力を感じられ、地球と同じように立って座って歩行することができる。

 

 私にとってはゲームのキャラクターが目の前に居る状態でつい浮き足だってしまう!目の保養すぎる空間……!いや、しっかりしろ!死ぬんだぞ!!


「あれ〜そんなにキツイ顔してどうしたん?可愛い顔が台無しやで」


 軽薄さと挑発的な声に反応して、振り返ると


「ふぁふぁ……ファロンさん!?!」


「華龍やで。覚えててもらって嬉しいわ」


 覚えているに決まっている!!私の最推しだからだ!!

 長い髪は無造作に編み込まれ、赤いチャイナ風の衣装が奇妙なほど似合っている。冷笑を浮かべた口元とサングラスが、一筋縄ではいかない性格を物語っていた。肩に羽織ったファー付きのコートは乱雑に掛けられ、危険な香りを漂わせながらも、どこか憎めない魅力を感じさせた。


「ノエルちゃん、これからどないするん?」


 最推しに名前を呼ばれて心拍数が上がるのを必死に抑える。


「わ、私はこれから宇宙船のAIを修理します!」


 背筋を伸ばして、吃りながら答えると、華龍さんが目を丸くした。


「なんで?」


「え?なんでって……」


「あのAI随分古いやろ?修理しなくても買い換えればいいやろ?

そんな事より、俺とデートしよう♡」


 女好きで誰かれ構わず声をかける軽薄な物言いに解釈一致で泣きそうになるが、ぐっと堪える。


「いえ、修理すれば大丈夫です!それに、機械も人間も悪い所があるから捨てるって当人からしたら嫌じゃないですか。」


 一瞬目が鋭くなり、何かしでかしかと背筋が凍る。

 この乙女ゲーム5人中4人は攻略したが、残り1人の最推しである華龍さんは、まだ攻略していない。私は楽しみはとっておくタイプで、ショートケーキの苺も最後に食べるからだ。

 その為、どんな性格や生い立ちがあるのか私には分からない。何か地雷を踏んだのかと冷や汗が流れる。

 しかし、すぐに笑顔に戻り軽薄そうに話を続ける。


「……そう?でも、AIなんて感情ないから嫌とかもないやろ?」


「で、でも気持ちの問題ですから!」


「自己満足やね。」


 バッサリ切り捨てられてしまった!選択肢を誤った……!

 明らかに好感度が下がったように手を振り、去っていった……こんな事なら最初にプレイしておけば良かった……!


 肩を落としミーティングを終えた私は宇宙船AIの修理に足取り赴く向かった……。




「よし、これで終わり!」


 整備のミニゲームも搭載されていたのと、ノエルとして18年の知識もあり修理は難なく終わった。


「まだまだ使えるねぇ〜!壊れてもバグが発生しても、修理やアップデートすれば良いだけだからね!」


 現実のAIはどうかは知らないが、ヴァルハラのAIや機械は修理でどうにかなる。それでも修理するよりも新しい機能を試したい人達や、富裕層が新品を買ってるから経済は回っているし、気兼ねなく修理できる!


『12月20日。11時55分です。

昼食の予定時刻の5分ほど余裕があります。』


 所持しているアプリから告げられ手持ち無沙汰になってしまった。しかし、何もしないのはサボるのと一緒だ。

 食堂の電球の確認でも行うか。近いしそれぐらいだったら5分で終わるだろう。

 AIをスリープにし、すぐ隣の食堂に入る。



『Aランチにしますか。Bランチにしますか。』


 機械音声の声を聞くのと同時に、妙な臭いが鼻につく。

 血の臭いだ。

 心臓が激しく脈打つのが分かる。たしかに元のゲームでは殺人は起こるけど、私は殺していない。大丈夫、大丈夫……。きっと調理した時の鳥や魚の血の臭いだ。

 呼吸を整えて歩を進める。一歩、また一歩と進むうちに臭いは濃くなる。


 不安に駆られつつも、窓際の席へ足を進める。そこには——。


 赤い液体が広がり、人が倒れている。


「いやぁああああああ!!!!」


 人の死体。死体……なんで!?

 私、殺していない、なんでここに、人が倒れているの!?

 足の力が抜け尻餅をつき、逃げ出そうとするが体が震えて動かない。


『心拍数上昇、脈拍に乱れがあります。ストレスレベル7、バイタルに異常をきたしています。医者に繋ぎます。安静にして下さい。繰り返します。』


 腕につけているデバイスが警報を鳴らす。息が乱れ、目の前の死体から目を離したいのに離せない。なんで、こんなことが……。


「大丈夫……ひっ!?」


「うわっ!」


 クルー達が駆けつけて惨状に悲鳴をあげる。視界が揺れ、悲鳴がノイズのように入り混じる。これは本当に現実に起こったことなのか、また私が見ていた夢だったのか……夢……あれは本当に夢だったの?これは現実?


「ノエルちゃん!」


 華龍さんに呼ばれて、ふらつく体を抱えられ、ようやく死体から離れられる。私の震える体を抱きしめてくれて、温かに少し気持ちが落ち着くが、これが現実だと突きつけられた。

 未だに起こったことが理解できず、頭の中の死体が目に焼き付き、胃から込み上げてくるものを必死に抑える。


「待てよ!」


 クルーの1人に呼び止められて私は足を止める。鋭い目付きで睨まれ萎縮してしまうが、彼は構わず続ける。


「お前が犯人だろ。」


「え?」


 心臓が跳ね上がり、喉がなる。息が荒くなり目を逸らしてしまう。


「監視カメラは怪しい動きを感知したら知らせるし、バイタルだってお前みたいに異常をきたしたら警報がなるんだ!

副船長を……リンドを殺せるのはお前しかいないだろ!整備士のお前が細工をしたんだ!」


 血走った目で掴み掛かられ逃げようとするが、彼は逃してくれなかった。本当に私を犯人だと思い込んでいる。怒りに燃え、復讐に駆られ私に掴み掛かかる。


「やめろ!」


「冷静になれ!」


 周りの人達が抑えてくれるが、彼が私を突き飛ばし、柱に頭をぶつける。

 強烈な痛みが走り抜け視界が暗転する……,




『12月20日。8時です。あと1時間でミーティングが始まります。』


 低い機械音が耳に響く。私はベッドから飛び起き、周囲を見回す。


 窓の外には、無数の星が輝き、どこまでも続く暗闇。私の手元の時計は、また同じ日付と時間を刻んでいる。胸の鼓動が激しくなる。


「そんなはずない、これはただの夢、ただの……」


 記憶の中の死体の臭いや視線の痛みが脳裏に蘇り、全身が震える。

 息が詰まるほどの恐怖と混乱が私を襲う。あの時の血の臭い、倒れた人の姿、怒りに満ちた視線、絶望的な告発の声——それらすべてが、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る。

 

「ループしてる……?」


 呟きが震える。ありえないはずの出来事。けれど、鮮明に覚えている体験が夢ではないことを突きつけてくる。


「私、犯人じゃない……なのに、殺人が起こった……」


 恐怖と絶望に押しつぶされそうになる。喉が渇き、心臓が激しさを増す。

 ふと、今まで読んだ漫画やゲームを思い出す。現実ではあり得ないけど、この世界はゲームの世界だ。なら、ループするのもあり得るのでは?

 よくあるループ解除の方法は……。


「もしかして、誰かを助けなきゃいけない?犯人を止めなきゃ、このループは終わらないのかも……!」


 全員が生き残るエンド。ゲームでは不可能だったその結末を、現実で目指せばループを終わらせるかもしれない。


「絶対に全員を救ってみせる。その為には……真犯人を見つけ出す!」


 震える指で拳を握りしめ、歯を食いしばる。再び巡ってきたこの日を、ただ繰り返すだけにはしないと心に誓い、ノエルとしての新たな一日を迎える準備を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乙女ゲームの犯人に転生!? 無限ループで推しと悲劇を回避します! 樹脂くじら @jusi730

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画