マリアとマリアたちの異世界奮闘記
紫月音湖*竜騎士さま~コミカライズ配信中
第1話
パズルにRPG。アドベンチャーもあればシュミレーションなど、誰にもハマっているゲームの一つや二つはあるだろう。もちろん私にもある。
私がいまハマっているのは、ヒロインの聖女が個性豊かなイケメンたちと恋を楽しむ「白き聖女と封印されし聖石の王子(通称、石王子)」という乙女ゲームだ。
舞台はローマンス世界。かつて魔王によって支配されていた世界を救ったのは一人の心優しき女神。ヒロインはその女神の生まれ変わりとして世界を救うため、各地に封印されている王子たちを目覚めさせ、彼らと共に再び復活した魔王を倒す、というのがメインストーリーである。
メインの攻略キャラは金髪碧眼の王道王子から、実は正体を隠してパン屋で働くパン王子、陰謀に巻き込まれ国を追われた亡国王子や、女性の扱いに慣れているホスト王子、そのほか堅物王子やケモ耳王子、女嫌い王子など実に二十人のイケメン王子たちが実装されている。
その中でも私の推しキャラは、暗黒王子だ。聖女と敵対関係にある彼は魔王の生まれ変わりで、互いに恋心を自覚した後のストーリーは非常にせつなく胸に響くものがある。
禁断の恋に苦悩する王子の顔。一線を越えてくちづけを交わした時に出るスチルの美しさ。最高である。
暗黒王子関連のイベントは重課金してすべてクリア済みだ。アルバムに保存されたイベントスチル、ストーリーを寝る前に見るのはもはや日課となっていて、何なら仕事帰りの今も見てしまうほどである。暗黒王子の少し影のある美貌は、仕事の疲れをいっぺんに吹き飛ばしてくれるのだ。
いつ見ても、何度見ても素敵すぎる。何だ、この顔は。国宝か?
「はぁー……好き」
思わずこぼれた呟きに、信号待ちで私の隣に立っていた男がビクッと肩を震わせた。いけない、いけない。心の声が漏れ出てしまった。続きは帰ってからゆっくり楽しむことにしよう。そう思ってスマホを閉じようとした私は、ふとあることを思い出して再度ゲームアプリを起動させた。
そういえば今日の18時から次回イベントのキャラが発表されるんだった。暗黒王子は最近イベントには出てきていないから、そろそろ来る頃だろうか。いや、むしろ来て欲しい。早く来い。来てください。お願いします。
ドキドキしながらスマホ画面をタップする。クリスマスのイベントキャラとして、ガチャに登場していたのは――私の推し、暗黒王子のクロードだった。
(クロード、来たーーーーーー!!)
私の喜びを表すかのように、天使のラッパが鳴り響く。……ん? いや、違う。ラッパじゃない。これは……クラクションの音だ。
はっとして顔を上げると、私はひとり、まだ赤信号の横断歩道に飛び出していた。後ろの方で人の悲鳴が聞こえる。目の前には大型トラックのライトがもうすぐそこまで近付いていた。
(トラックも来たーーーーーー!!)
強い衝突の感覚は一瞬だった。その後はもうすべてが真っ暗で、私の意識は深い闇の底にゆっくりと沈んでいく。
(あぁ……トラックの運転手さん、ごめんなさい)
そこでぷっつりと意識が途切れる。
恥ずかしいことに、私は歩きスマホで死んでしまった。
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