第6話 はじめてのエナジードレイン

 痴漢の息づかいに動揺を感じながら、最小限の動作で体の向きを半回転。幼いころお爺様から手ほどきを受けた古流武術の足運びです。

 向き合った背後の痴漢は、こぎれいなスーツ姿の会社員。


 私が目指すのは、清く正しい清楚系JKです。

 だから、サキュバスの力で人様に迷惑をかけるようなことは絶対いたしません。

 でも、こういうクズ──いえ失礼、悪い大人を懲らしめるためなら、少しくらい構いませんよね?


 電車内に吹くはずのない風が、顔半ば覆う前髪メカクレをふわり揺らして分け目をつくり、あらわになった瞳から繰り出した魅惑の上目づかい。

 必死に視線を逸らそうとする痴漢だけれど、蠱惑チャームの魔力をまとうわたしの視線はそこにまとわりつき、引きずり込んで釘付けにします。

 

 ──蟻地獄のように。


 彼の瞳の奥を覗きこめば、映った私は光沢グロスの艷めく桜色の唇をかすかに開き、甘い吐息を漏らしていました。彼には、そう見えているようです。

 その唇を妖しくうごめかせ、私は囁く。


『……ジェニタライズ……』


 それこそは「三種の魔性技 ゼク・スキル 」のひとつに冠された魔名。

 言の葉に込めた魔力を対価として、この世のことわりをもてあそぶ。


 びくん、と痴漢の全身が大きく脈打ちます。


 第一の魔性技、魔性器變ジェニタライズ

 触れた相手の体の部位の感覚を、別部位の感覚で塗り替える・・・・・魔性の技。


 手首を拘束していた尻尾をさらにしゅるしゅる伸ばし、彼の中指に巻きつけながらそれを発動させたのです。


 瞬間、中指は彼の体の別のどこか・・・と感覚を共有し──そこに直接、尻尾を巻き付けられている状態になる。

 そして本人は直感的に、ことを理解できてしまう。


 ──どこか・・・がどこなのかは、清楚系として一線を引かせていただき明言を避けます。どうぞ思うがままご想像くださいませ。


 震える彼の中指へ、尻尾は優しくみだらにからみつきます。

 その尾技に宿るサキュバスとして百戦どころか万戦練磨の技術テクニックが、彼のを人外の悦楽で飲み込む。


「……ッ……!?」


 ものの三秒と持たず男は声にならない声を漏らし、指先から熱い精気エナジー──東洋医学で「氣」と呼ばれる生体エネルギーの中でも、生殖に紐付くもっとも原始的で高純度なそれが、大量に放出されます。


 尻尾の先端ハート食虫植物ウツボカズラのようにぽっかりを開け、空中に放出された精力エナジーをちゅるちゅると吸い上げる。

 このへんは抱きかかえたカバンに遮られ、私の視界には入っていませんが、記憶ぜんせの通りにできている実感がありました。

  

 尻尾を伝わって私の内側なかに流れ込む精気エナジーが、熱くて甘い魔力にかわって体の芯まで染みわたっていきます。


「……んふッ……」


 未体験の心地よさから、吐息とともに体がぶるりと震える。吸精エナドレ……ちょっと……クセになりそうかも……。


 そのまま三秒間隔で十回ほど吸精エナドレすると、精気エナジーはほとんど出がらしになりました。

 全身を小刻みにガクガクと震わせ、虚ろな目は宙をさまよい、半開きの口元から涎を垂らす痴漢かれの様子に、ちょっとだけやり過ぎたかなと思う私。


 ……ん……?


 そこでふと、背中と左右の側頭部こめかみに微かな疼きを覚えます。

 おそるおそる片手で触れてみるけど、肉体にこれといった変化はなさそうでひと安心。


 そして痴漢かれにだけ聞こえるよう、そっと耳元へ囁く。


「誓いなさい。二度と痴漢こんなことはしないと」

「は……い……誓い……ます」


 快楽を与えた相手の精神こころを従属させる。

 それが第二の魔性技、魔性奴變──スレイヴライズ。

 支配力は、快楽が相手の精神的抵抗力をどれだけ上回るかで決まります。

 痴漢はんざいに走るような人間の精神 こころ が強いはずもなく、あっさりと堕ちたようですね。


「──それと。次の駅で降りて、そのまま交番に自首なさい」

「はい……仰せの、ままに……」


 やがて電車は次駅に到着し、人の流れのままに私も降車します。彼はおぼつかない足取りでふらふらと、交番の方へ歩いていきました。

 自首した痴漢がどうなるかはわかりませんが、あとは本職おまわりさんにお任せすることにします。


 このへん、もっと上手いやり方を考えておきましょう。世直しと実益を兼ねた痴漢狩り、これからも続ける気まんまんです。


 ただ、上着のポケットで震えたスマホを確認した今の私には、それより何より優先すべきことがありました。


『いままでありがとう』『ごめんね』


『バイバイ』


 綾さんから届いていた絵文字もない三連のメッセージに、心臓を冷たく鷲掴みされながら、人の流れを必死にかき分け改札を抜けます。


『今どこ?』『学校?』

『すぐ行くから待って』


 既読は付かない。

 だから私は清楚系をいったん足元に置いて、徒歩十分の聖条院女学館へと、全力で駆け出していました。

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