第5話 あたらしい朝

 ──翌朝。


 清楚系の私はもちろん遅刻などしません。

 目覚ましアラームの鳴るきっかり十分前に起床し、広いとは言えないキッチンにお母様と並んで朝食を準備するのが日課です。


 今日は豆腐のお味噌汁に炊き立てご飯、メインのおかずは目玉焼き。

 焼きあがる直前に塩だけで味付けしたお母様謹製の目玉焼きは、オレンジ色だけどドロリと崩れそうで崩れない絶妙な半熟加減です。


 舌とお腹が朝から幸せで満たされつつ、聞き流すテレビのニュース。

 全身が硬直し意識を失う石化ペトリ病なる原因不明の奇病が、ネットのヘビーユーザーを中心にして確認されているとか。

 よくわからないけど気を付けて、というお母様に、よくわからないけど気を付けますと応えつつ、登校の準備を済ませる私。


「ではお母様、いってまいります」


 そして最寄り駅に向かうべく、2DK二人暮らしのアパートの扉を開ける。

 ちなみに、同学年で電車通学しているのは私だけ。一緒に下校する綾さんは、学校の最寄り駅前の高層マンションにお住まいです。


 人混みが得意ではないので、スクールバックを両手で胸前に抱きつつ背を丸め、いつものように満員電車に揺られていきます。

 そうして数駅を過ぎたあたりのこと。


「……!」


 ふと後方から襲った違和感に、私は身を硬直させました。


 尻尾ではない、明らかに自分の外側の異物が、触れるか触れないかぎりぎりの距離感で、ゆっくりと私の臀部おしりの上をさまよっています。


 それは背後に立つ男の手。

 偶然を装いながら手の甲で反応を見て、すこしずつ大胆さを増していく卑劣な痴漢やつら。私のようにおとなしそうなタイプは恰好の獲物なのです。


 悔しいけれど、いつもは我慢するだけでした。

 ただでさえ恐ろしくて声なんか出せないし、騒ぎになってしまって周りのみなさまに迷惑をかけてしまったら……。

 そんなことをぐるぐる考えて、悔しいけれど何もできなかった。

 サキュバスの記憶があっても、しょせん私は現実の男性とはまともに会話もできないコミュ症だから……そう諦めていました。


 ──だけど、今日は違う。


 男の手が尻尾の周辺に触れたとき、そこから生暖かい何か・・が私の中にじんわりと流れ込んでくるのを感じたのです。


 感覚自体はとても不快だったけれど、でもすぐに気付きました。その何か・・が、私の内側なかで不思議なエネルギーへと変換されていくこと。


 気付くと、私は微笑を浮かべています。


 なぜって、理解できてしまったから。

 これが前世でサキュバスわたしに備わっていた、他者の「精気エナジー」を吸収し「魔力」に変換する吸精──エナジードレインだということ。


 さらには、それによって得た「魔力」を対価に行使できる強力な「三種の魔性技ゼク・スキル」もまた前世から受け継がれている──その限りなく実感に近い予感も。


 もしかすると、前世との記憶の道筋パスが一本に繋がったことで、なんらかの制限リミッターが外れたのかも知れません。

 きっと、尻尾はその前兆だったのですね。


 ──さて、それでは。


 私はスカートの内側から、伸ばした尻尾を男の手首にシュルルと巻き付かせ──次の瞬間、ぎりぎりと締め上げました。

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