電気のない異世界でもらったスキルは『便利家電お取り寄せ』!?~ダメスキルと思われましたが、補足説明(魔改造可)でなんとかなりそうです~

九重

第1話

 巻きこまれ召喚された。

 なにを言っているのかと我ながら思うが、事実なのだから仕方ない。


 都内某月某日のとある横断歩道で、目の前を歩いていた高校生カップルの女の子の方がリップクリームを落としたから、ついつい拾ってあげたのだ。


「あの、これ落としましたよ」

「あっ! ホントだ。ありがとうございます!」


 駆け寄って手渡したその瞬間、けたたましいブレーキ音と悲鳴みたいなクラクションが聞こえた。

 そちらへ向けた視界いっぱいにトラックが迫ってきて――――足下がパーッ! と光ったのだ。


「……へ?」

結衣ゆい!」

しゅんくん!」


 間抜けな声を上げたのは、私。名前を呼び合ったのは高校生カップルだ。

 そして気がつけば、私たちは異世界にきていたのだった。




 私たちを――――正確には高校生カップルを待ち構えていた異世界人の言うことには、なんと男子高校生隼司しゅんじくんは勇者。そして女子高校生結衣ちゃんは聖女なのだそう。

 私は紛うことなき巻きこまれた一般人だった。

 隼司くんや結衣ちゃんには『剣聖』だの『身体強化』だの『全属性魔法』だの『治癒』『浄化』等々、燦然さんぜんたるスキルが数多くあるのに、私のスキルはたったひとつなのだから、そりゃぁもう明らかだ。


 私のそのひとつも『便利お取り寄せ』などという訳のわからないものなのだから、笑うより先に脱力してしまった。


「便利家電? ……え、この世界って電気があるの?」

「あったとしても使えないんじゃないかな? 電圧とかコンセントの形とかのせいで、日本の製品も海外では使えない場合が多いって聞いているぞ。異世界でそのまま使えるはずないだろう?」


 素直な疑問の声は結衣ちゃん。

 冷静な分析は隼司くんだ。きっと彼は理系に違いない。


 お先真っ暗だと思った私だが……不幸中の幸いだったのは召喚したこの国が、良心的だったこと。私のスキルを見て残念そうな顔はしたけれど、使えない奴だと放り出すことはなかった。召喚の責任を取り、自立できるまでは城で面倒見てくれるそうだ。


 あ、お約束といえばお約束なのかもしれないけど、地球に帰す方法はなかった。

 なんでも、私たちは召喚されたあの瞬間にトラック事故で死んでしまったのだそうだ。魂だけが異世界召喚され、この世界で新たな体と力を授けられ生き返ったらしい。言葉が通じるのも体の再生と同時に付けられた冥加みょうがなのだと説明を受けた。

 もっとも、私は本来死ぬだけの運命。結衣ちゃんと手を触れあわせていたために、こちらに引っ張られたのではないかと言われた。


「我らが主神カシィーヌさまは、慈悲深き女神です。儚く命を散らすあなたに救いの手を差し伸べられたのでしょう」


 ――――どうせ差し伸べたのなら、もう少し使えるスキルにしてくれたならよかったのに。いや、贅沢言える立場ではないのかもしれないけれど。

 ――――しかし、そうか、死んでしまったのか。それなら仕方ない。前を向いてこの世界で生きていくしかないだろう。


 目の前には、若い高校生カップルに跪かんばかりの丁寧さで対応する、異世界人たちがいる。


 私に対するものとはまるでその態度に、少しの不安を抱えつつ私は前を向いたのだった。






 その後の日々は、思いの外穏やかに過ぎた。

 城内にな部屋を与えられ、衣服もだけどきちんと洗濯されたものを揃えて支給された。

 この世界の常識を教えてくれる教師兼護衛(兼見張り役?)の騎士がひとり付き、午前中は彼から授業を受けて午後からは自由。さすがにまだ城外に出るのは危険だと止められたが、城内なら好きにしてかまわないと許しを得た。

 まあ、それも騎士と一緒に行動するのが原則なのだけど。

 食事も彼と一緒に城内の使食堂で摂った。たまに高校生カップル――――いや、いい加減『勇者』と『聖女』と呼ぶべきだろうか――――彼らと会するときは、やたら煌びやかな部屋で綺麗な衣装にフルコースを食べるのだが、それは極々稀なこと。普段の私は一汁三菜……いや一菜くらいのメニューしか選べない。主食はご飯じゃないけどね。


 勇者と聖女は王族同等の身分なのだそうだから、しょぼいスキルしか授からなかった私なんかとメニューが違って当然なのだろう。


「――――歌川うたがわさんは、なにか困ったこととかありませんか? 不自由していません?」


 それでも可愛い結衣ちゃんは、私のことを心配して会う度そう聞いてくれる。


「なにかあったら言ってください。一応勇者なんで、できることはあると思います」


 隼司くんも真面目な子だ。

 いい子たちだなと私は思う。


「大丈夫。よくしてもらっているから」


 なので、大人な私が多少の不満を彼らに愚痴るわけにはいかなかった。

 彼らと自分への対応のに、なんだかなぁと思わないでもなかったが、基本役立たずの居候の身なのだ。働かざる者食うべからずのところを食わせていただいているのだから……我慢、我慢。


 私付きの騎士が、時々なにかを言いたそうに私を見るけれど……彼も真面目ないい人だ。そう、上司に逆らえないくらいのクソ真面目だからね。


「これは、私費で買ったものだ」


 それでも、そう言ってお菓子やちょっと可愛い衣服、小さなアクセサリーなんかを、耳を赤くして渡してくれる姿には、好感が持てた。……可愛いと言ってもいい。体は細マッチョなんだけどね。


 あ、今さらだけど、私の名は『歌川 美波みなみ』。二十四歳のOLだったのだけど、現在進行形の無職なのはご存じのとおり。


 ――――まあ、私も無職から脱出するがまったくないわけじゃないのだけれど。


 それは、いざというときのための奥の手だ。純真な高校生と違い汚い大人な私は、簡単に手の内を晒したりしない。特に、こんな風にをつけられる城内ではね。






 そんな感じで日々は過ぎ、順調に力を付けた勇者と聖女は、敵対する魔族を倒すため旅立つことになった。

 当たり前だが、勇者と聖女を召喚したこの国は、絶賛魔族と交戦中だったのだ。ふたりは仲間と一緒に魔王討伐を目指すという。


「元気でね。なによりによ!」

「フフ……はい!」

「行ってきます」


 元気よく手を振るふたりを私は少しの罪悪感と共に見送った。




 ――――ごめんね。ズルい大人で。

 周囲の評価とは裏腹に、おそらく私には、ふたりを助けるに十分ながある。

 でも、召喚されてから今までの自分に対する微妙な対応を身をもって経験した私は、この国のために命をかけようって気にはとてもなれないのだ。


 目には目を歯には歯を、塩対応には塩対応を!


 勇者でも聖女でもない利己的な大人な私は、どうしてもそう思ってしまう。

 まあ、勇者も聖女もとんでもなく強いというから、きっと心配はないのだろう。




 ――――むしろ心配なのは、私の方よね。

 私をなにくれとなく気遣ってくれていた勇者と聖女がいなくなった途端、私の待遇はぐっと悪くなってしまったもの。

 まだハッキリと出て行けと言われたわけではないけれど、明らかに迷惑そうな視線を向けられることが増えたのだ。定期的にもらえていた支給品(古着や日用品)なんかも時折忘れられてしまう。


「す、すみません! 侍従長から前の支給品が余っているはずだと言われまして」


 ああ、担当の下っ端官吏やメイドさんたちは悪くないのよ。私へ悪意を向けてくるのは、彼らの上役で――――ひいては、その上にいる国のお偉いさんたちが私を邪魔に思っているのだと思われた。


 そろそろ自立しろってことなんでしょうね。まあ、私だってこんなとこ、いたくないんだけど。


 隼司くんや結衣ちゃんがいる間は、なんとなく心配で出て行けなかったのだ。

 でも、もうふたりはいない。だったら、追い出される前に自分から出て行くのもありよね?

 たぶん私はもうこの異世界で、ひとりでも生きていける。それくらいの自信は十分あるから。




 ――――よし、行こう!


 そう意気込んでいた私だったのだが、それを実行する前に思いもかけない申し出を受けてしまった。


「私として一緒に来てほしい」


 私の前でそう言って頭を下げたのは、教師兼護衛(兼見張り役?)の騎士だ。


「え?」

「私の家は北の辺境で、お世辞にも暮らしやすいとは言い難い環境だ。それでも、きっと君を大切にする。だから、私と結婚してほしい」


 強い光をたたえたアイスブルーの目の中に、戸惑い顔の私がいる。


 私の騎士は、クソ真面目だがかなりのイケメンだ。輝く銀髪と整った容姿、鍛え上げられた肉体を持っている。

 私みたいなしょぼいスキル持ちの異世界人の世話を押しつけられるようだから、あまり身分は高くないのだろうけれど、それでもその見た目のよさで、かなりモテているはずなのに。

 一説では、王女さままで彼には熱を上げているのだそうで、私が上から必要以上に疎まれる一因は、そこにあるのではないかと噂されていた。


 名前は、レナード・ヴォルスレイア。


「……レナードは、騎士を辞めるのですか?」


 私の質問に、彼は大きく首を縦に振った。


「ああ。剣の腕を上げるため王都で騎士となったが、この城で学べることはもうないからな。どうせいつかは辞めて領地に戻るつもりでいたのだ。あなたが城から出るのであれば、私も一緒に出よう。……私はあなたの隣を歩きたい」


 レナードの顔は真剣だ。冗談を言っているようにはとても見えない。


「……私に同情しているのですか?」


 今度は、考えるように首を傾げた。


「そうだな。……同情がないとは言い切れない。あなたの苦境に対し、なにもできない自分の罪悪感もあるだろう。……でも私は、理不尽な目に遭いながらも決して腐らず飄々として頭を上げるあなたの姿により惹かれている。折れず柳のように受け流すことのできるあなたなら、不器用な私とでも共に並んで歩いて行けるのではないかと期待もしている。これからの人生を一緒に暮らすなら、。どうか私の手を取ってくれないか」


 どこまでも真面目に頭を下げるレナード。


 ――――うん、どうしよう?

 すごく嬉しいんだけど。


 だって、私も彼のこといいなと思っていたから。

 この世界にきてからずっと側にいてくれて、甘やかしてくれるようなところはなかったけれど、でもいつでも真摯に私を見守ってくれていたんだもの。

 最初は無表情にしか見えなかった彼の顔が、私が不遇な扱いを受けたときには怒りをこらえるように歪み、私が楽しいときには微かな笑みを浮かべていることに気がついたときなんかは、胸がキュンキュンしたものだ。

 上官命令で、必要以上に私を庇うことはできなかったみたいだけど、彼なりの精一杯で私を支えてくれていることは、十分伝わっていた。


 ――――レナードと一緒にこの世界を生きる。

 それは、とてもいい選択に思えた。


「わかりました。お受けします」

「ありがとう。苦労をかけるかもしれないが、それ以上に幸せにすると誓う」


 私が頷けば、レナードは目元を少しゆるめる。


「そんなこと誓ってもらわなくてもいいですよ。苦労なんてなんのそのです。私はあなたと、ちゃんと幸せになってみせますから!」


 自信満々に言い放つ私を見て、彼はハッキリ微笑んだ。


「そうだな。あなたはそういう人だ」


 そうよ。大船に乗ったつもりで任せといて! 自信の根拠は、ちゃんとあるんだから。

 私は、レナードに満面の笑みを返したのだった。






 善は急げ。

 私とレナードは、その日のうちに王城を引き払った。

 私に大した荷物はなかったし、一応私の責任者になっていた侍従長に「出ていく」と告げれば、待っていましたとばかりに了承されたのだ。

 まあ、さすがに言いだしたその日に出ていくとは思っていなかったようだけど。


 レナードは、もっと準備がよくて、既に昨日のうちに騎士団を辞める手続きを終えていた。荷物も必要最低限を残しあとは実家に送ってしまったという。


「結婚したい人ができて一緒に帰るという手紙も送付済みだ」


 私は呆れてしまった。


「私がプロポーズを断ったらどうするつもりだったんですか?」

「騎士団を辞めて一緒に行くことは、私の中で決定していたからな。共に旅をしながら口説くつもりでいた」


 ……それは、ストーカーというのでは?

 どうやらレナードは、私が思うより重い性格だったようだ。

 それが嬉しいのだから、私も大概だと思う。






 そして、ふたりして王都の北門を目指しもうすぐ到着するというときに、その事件は起こった。

 魔族が王都を襲撃してきたのだ。それも、北門から。


「馬鹿な! 魔王軍が進軍してくるなどという情報はなかったぞ!」


 門からかろうじて逃げだしてきたのだろう、滅茶苦茶に走って逃げる騎士のひとりをつかまえて、レナードが問い詰める。


「軍じゃない! 攻め入ってきたのは魔物五体だけだ。――――魔人と人狼と吸血鬼にハーピー、ケルベロスが各一体ずつ! だけど、その五体がとんでもなくんだ! 北門の第五騎士団は、あっという間に全滅した。……あんな化け物、敵いっこない! 逃げろ! 逃げるんだ!」


 言い捨て駆け去って行く騎士。

 それを聞いていた周囲もパニックになる。


 レナードは、呆然としていた。


 その一方、私は……心の中で深く納得する。


 ――――あ、やっぱりいるのね。


 私は常々不思議だったのだ。なぜ魔王は、勇者一行の進軍を待つばかりで、自分から同じような反撃をしないのだろうか? と。


 魔族の個々の強さは、人間なんかと比べものにならないくらい強いというのが、ファンタジー界隈の一般常識だ。だったら、強い魔族の中からそれこそ反則並に強い個体を選びだし、勇者一行魔族バージョンを構成して人間の王を狙うのは戦略的にだろう?

 人間の王なんて魔王の足下にも及ばない弱っちさなのだから、この作戦の成功確率はかなり高いはず。

 派遣する人数も五~六人(体?)で済み、費用対効果が抜群に見込めるこの作戦を魔王が選ばぬ理由がわからなかった。


 ゲームや小説等の世界なら、そうそう効率のみを求めてはストーリーが盛り上がらないという致命的な欠点があるからわからないではないのだが、現実(現実よね?)のこの異世界なら、そういうことがあってもいいはずではないか。

 そんな私の推論が、今立証されたのだった。


 ――――私の考えは、正しかったのよ!


 周囲が魔族襲来という最悪な事態に阿鼻叫喚となる中、たいへん申し訳ないのだが私はひとり悦に入る。


 とはいえ、そうそうのんびりと構えている場合ではないだろう。

 私たちは王都を出る身。ここでくるりと身を翻し、別の門からさっさと逃げだして知らんぷりをしたって、全然かまわないはずなんだけど――――。


「……すまない、美波。私は、君と一緒に生きると約束したのに」


 レナードが悲愴な顔を私に向けた。


 ――――そうよね。真面目なこの人が、襲われている人々を放って自分だけ逃げるはずがないわよね。

 つくづく損な性格をしていると思う。

 でも、そんなところもいいなと思えるのが、今の私だ。


「謝る必要はありませんよ。私はあなたから離れるつもりなんてありませんから」

「え?」

「魔族を倒すんでしょう? だったら私が


 私は、ニッコリ笑ってそう言った。


「そんな! 危険だ」

「大丈夫ですよ。私はあなたと幸せになるって言ったでしょう? その言葉、今から証明してみせます」


 ――――任せて! 今こそ伝家の宝刀を抜くときよ!


 私の言葉に、レナードは複雑そうな顔をした。

 そんな彼に手を差し伸べる。


「行きましょう」

「君は、それでいいのかい? に遭った国なのに」

「ええ。むしろいい機会です。……この国のトップが、をないがしろにしてしまったのか、思い知らせてやります!」


 私は、ニヤリと笑った。


 ――――そう。私のスキルの真価を見て、恐れおののくがいいんだわ!


 私は、高揚する気分のままに大声で叫んだ。


「スキル! 『便利家電お取り寄せ』――――召喚! コードレスサイクロンステッィククリーナー! ×かける2」


 私の声が終わるやいなや、その場に日本でよく見たステッィク式掃除機二台が現れた。


「……これは?」


 驚くレナード。


「私の世界のお掃除をする道具です。……これは、このままではまったく動かないんですけど、実は私のスキルには小さな括弧書きでが付いていたんです」

「補足説明?」

「ええ。今見せますね」


 私は、二台の掃除機のうち一台をレナードに渡す。


「スキル補足説明起動! 掃除機を魔法の箒に『』しちゃって!」


 途端、二台の掃除機はビカッ! と光った。見かけは変わらないのだが、その場で一メートルほど浮き上がる。


「……魔改造?」

「私の好きなように改造できるっていう意味ですよ。さあ、乗ってください。行きますよ!」


 そうなのだ。私の『便利家電お取り寄せ』スキルはだったのだ。


 颯爽と私は魔改造した掃除機に跨がった。

 恐る恐るレナードも、もう一台の掃除機に跨がる。

 次の瞬間、掃除機はバビュン! と、空を飛んだ。


「うわぁぁぁっ!」


 レナードが、いささか情けない悲鳴を上げているが……大丈夫。絶対落ちないように魔改造済みだから。


「見えてきたわ。あれね」


 あっという間に北門を飛び越えた私たちは、眼下に五体の魔物を発見した。

 彼らの周囲は、焼け野原。整備されていたはずの街道は穴ぼこだらけで、戦い敗れたのだろう、王国の騎士たちの亡骸があちらこちらに散乱している。


「これは――――」

「さすがに酷いわね」


 私もレナードも、眉をひそめた。

 そこに目敏く私を見つけた魔物の一体――――ハーピーが、空に飛び上がりこちらに近づいてくる。


「キィエェェェッ!」

「うるさいわね。……スキル! 『便利家電お取り寄せ』――――召喚! 速乾大風量パワフルドライヤー! スキル補足説明起動! ドライヤーを『魔改造』! 炎系と風系の最大出力魔法を付与!」


 私の手には、ピンクのドライヤーがしっかり握られていた。

 それをハーピーに向けてスイッチオン!


 ゴォォォッ!! と音を立て、ドライヤーから炎の嵐が吹きだしたのは、言うまでもないだろう。

 結果、哀れハーピーは、真っ黒焦げになって落ちて逝く。


「み、美波。それは?」

「ドライヤーっていう髪を乾かす道具です。お風呂上がりにとっても便利なんですよ」


 私の説明を聞いたレナードは、ピクピクと頬を引きつらせた。

 続けて私は、ドライヤーの炎を残った魔物に向ける。

 しかし、敵も然る者引っ掻く者、パッと散り散りに逃げてしまった。


「むぅっ……だったら、これよ。スキル! 『便利家電お取り寄せ』――――召喚! コードレス高圧洗浄機! スキル補足説明起動! 洗浄機を『魔改造』! 水系の最大出力魔法を付与!」


 私は出てきた高圧洗浄機を拡散モードにして、ためらいなく噴射した。

 ドドドォォッ! という勢いで、ナイアガラの滝みたいな水が洗浄機から噴き出される。


 これにはたまらず四体の魔物が地に伏した。


「今よ! スキル! 『便利家電お取り寄せ』――――召喚! 光美容脱毛器! スキル補足説明起動! 脱毛機を『魔改造』! 光系の最大出力魔法を付与!」


 私は、手にした光美容脱毛器を容赦なく起動した。

 ピカッと四体の魔物に眩い光が注がれて……彼らの毛という毛が抜け落ちていく。

 魔人はハゲに、人狼は素っ裸の怪しい不審者に、ケルベロスは三つ首のヘアレスドックに、そして吸血鬼は光魔法が強すぎたせいか、毛が抜けると同時に体も崩れだしサラサラとした塵と化してしまった。


「うわっ、光美容脱毛器最強じゃない?」


 あまりの効果に私も驚いてしまう。


「キャゥゥ~ン」

「キュイ~ン、キュイ~ン」


 人狼とケルベロスは、脱兎のごとく逃げだした。よほど自分の姿がショックだったのだろう。

 残った魔人が憤怒の表情で立ち上がった。永久脱毛された頭部が、光を反射してキラリと光る。

 そのままこちらに迫ってきたが、私は落ち着いてドライヤーを取り出した。

 カチッとスィッチを入れれば再び高火力の炎の嵐が吹きだす!

 魔人は、あっという間に丸焦げになった。


「これにて一件落着ね」


 満足しきった私は、笑ってレナードの方を振り返る。

 そこにはポカンと口を開きっぱなしにした恋人がいた。


「……………………強すぎだろう」


 ようよう聞こえてきたのは、そんな一言。


「嫌いになった?」

「そんなはずない! ……むしろ、惚れ直した」


 レナードの顔は、真っ赤だ。


「あなたは……それほどの力を持っていたのに、どうして不遇な扱いを黙って受け入れていたんだ? 言えばすぐにでも下にも置かない歓待を受けただろうに」

「そんなものお断りよ。優れた者を厚遇するのは当然のことだけど、私は能力が劣っているからと蔑むような輩は嫌いなの。そんな相手に大切にされたってムカツクだけだわ」


 あげく利用されるとか、絶対にお断りだ!


「私は、あんな奴らの役に立ってやるより、自分の好きなように自由気ままに生きたいのよ。……ということで、さっさと王都を抜けだしてあなたの故郷に行きましょう!」


 私は、レナードに向かって手を差し伸べた。


 ……本当は、ちょっと怖い。

 今までこの力を隠し、今も王都から逃げだそうとしている私に、彼は愛想を尽かしていないだろうか?

 私と一緒にいてくれるのかな?


 ドクドクと大きく脈打つ心臓の音を四つ数えたところで、レナードの顔がクシャリとほころんだ。


「ああ。一緒に行こう」


 心臓が、喜びの鼓動を速める。



 こうして私たちは、二台の掃除機に乗り王都を後にしたのだった。








 その後、レナードの故郷の北の辺境まではひとっ飛びだった。

 あまりに早い到着――――それも掃除機に乗って現れた息子と嫁(予定)に、レナードの両親はかなり驚いたが、温かく迎えてくれた。


 レナードは、この北の地を治めるヴォルスレイア辺境伯爵家の三男。

 凶悪な魔獣が跋扈ばっこする険しい山脈の麓で厳しい気候に耐えるこの地では、身分など関係なく全員で力を合わせなければ生き残れない。このため、誰もが固い絆で結ばれ家族同然なのだといった。


「よう! レナード、うまくやったな」

「可愛いお嫁さんじゃない」

「おめでとう!」

「チクショウ! 羨ましいぜ」


 もみくちゃにされ、祝われるレナード。王都では立派な騎士だったのに、ここではまるで少年みたい。


「……いいわね。こういうの」


 この地が気に入った私は遺憾なくスキルを発揮し、みなの生活向上に務めた。


 結果、ヴォルスレイア辺境伯爵領では、どの家にも私が魔改造したエアコンが設置され、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、テレビにIHクッキングヒーターまでが勢揃い。生活水準が爆上がりすることになった。

 もちろん跋扈していた魔獣も、魔改造兵器――――ならぬ家電で一掃。美味しいお肉や素材が増え、みんな大喜びだ。

 元々あった地場産業の織物も、電子ミシンや力織機(当然両方とも魔改造済み)の導入で飛躍的な発展を遂げる。


 気づけば、ヴォルスレイアは世界の最先端をいく中心都市になっていた。


 この間、王家からは何度も私を呼び戻すべく使者が訪れたが、そのことごこくを魔改造光美容脱毛器で撃退したため、やがて誰も現れなくなった。


 王太子から私をにするなんていう巫山戯ふざけた提案もあったのだが、お断りの返事と共に王族特有の派手な金髪に自動的に反応して作動する魔改造バリカンを送りつけてやったら、音沙汰なくなった。


 ――――全面的に武力行使に出てきたら派手にやり返してやるつもりだったのに。


 さすがに王家もそこまで愚かではなかったらしい。

 最近は、ヴォルスレイア領発の魔改造便利家電を手に入れようと躍起になっているらしいが、そうそう簡単には渡してあげないわ。


 ――――せいぜいあがくといい。

 意地の悪いことを考えながらほくそ笑む私の肩を、レナードが抱き寄せた。


「幸せかい?」

「ええ。あなたは?」

「もちろん幸せだよ」


 私たちふたりは、王都を出たあの日に誓ったとおり、この上なく幸せに暮らしているのだった。






 追記その一

 最近、王国内のあちこちに魔族対策用に魔改造した火災報知器を設置し、魔族が襲来する度に掃除機に乗って颯爽とかけつけ、瞬殺していく謎の二人組が現れたのだとか。

 ――――いったい誰かしらね? ホホホ。


 追記その二

 無事に魔王を倒し王都に戻った隼司くんと結衣ちゃんが、私がいなくなっていることに激怒し、私を追ってヴォルスレイアに移住してくるのだが……それはまた別のお話。

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