俺の役目は人見知りで働きたくないとかいう残念美少女達をトップVtuberにすること

八国祐樹

1話 誰にでも知られたくない秘密くらいある

 俺、下条陽翔はるとには秘密がある。


「陽翔、皆でカラオケ行くけどお前どうする?」


「んー俺はパスで。今日はどうしても外せない用があるんだ」


 いつものメンツ。

 いつもの会話。


 でも最近の俺は、ちょっとだけ付き合いが悪いかもしれない。


「そっかぁ。じゃあ仕方ねぇな」


「えー下条君こないの? じゃあ、あたしもパスしようかなぁ」


「え、マジで言ってる……?」


「冗談だって、冗談。下条君、また明日ね」


 手を振るクラスメイトに、同じように手を上げて応える。


 今日の誘いを断った所で別に問題はない。

 世間ではちょっと付き合いが悪いだけで関係を切られるキョロ充なる人種やそもそも友達のいない陰キャなんて奴らもいるが、俺は違う。


 俺は友達も多くて、成績もそこそこ優秀で、運動もできる……まぁ所謂いわゆる陽キャの部類だ。


 だが、そんな陽キャの俺にも皆に知られたくない秘密というのがある。

 誰にも言えない、俺だけの趣味。


「あれ、陽翔。今日はもう帰るの?」


 俺が教室を出ようとした所、後ろから声をかけられた。


 振り返るとそこには同じクラスで幼馴染の、市園菜月。

 ボブカットに纏められた髪は艶やかで、にこにこと笑みを向けるその姿は天真爛漫という言葉がぴったりだ。


「今日はちょっと用事があってね」


「そうなんだ。用事ってあれでしょ? なんだっけ。確かV――」


「だぁぁぁ! ああああああああああ!」


 俺は慌てて菜月の口を塞ぐ。

 何事かとこちらを見るクラスメイトに愛想笑いを浮かべて、俺は菜月を教室の外に連れ出した。


(この野郎、俺の平穏な学校生活をぶち壊す気か!)


 なんという悪魔的所業。

 お前は今、人一人の人生を台無しにする所だったんだぞ。


 だというのに、菜月はきょとんと小首を傾げている。

 私、何かやっちゃいました? と言わんばかりだ。悪意がないから余計に質が悪い。


「ここでその話は禁止だ。禁止」


 俺は菜月の耳元に顔を寄せて小声で話す。


「あ、そうなんだ。ごめんごめん」


 菜月は「てへへ」と可愛らしく笑みを浮かべた。

 その可愛さに免じて、今日の所は見逃してやることにしよう。寛大な俺に感謝したまえ。


 だがその時、ふとした疑問が沸き起こる。


「……なんでお前、そのこと知ってんだよ?」


 このことは誰にも教えてない。もちろん菜月にもだ。

 誰にも言えない、俺だけの趣味のはずだったんだが――


「莉子ちゃんが教えてくれたよ?」


「ぐぉぉぉぉ……あんのとんちき妹めぇぇぇ……」


 盲点だった。確かに妹だけは俺の趣味を知っている。しかも菜月とも仲が良い。


 あれだけ誰にも話すなと釘を刺したのに、その約束をあっさりと反故にする精神性を疑う。

 帰ったら晩飯抜きだな。


「はぁ……まぁいいや。とにかくそのことは学校では誰にも言わないこと。いいな?」


「はーい」


 朗らかに笑う菜月。

 本当に分かっているのか若干不安になるが、きちんと約束は守るやつだ。どっかの妹とは違って。


 菜月に別れの挨拶をして、俺は廊下を進んでいく。

 その足が、自然と早くなる。


 早く帰って、視聴準備をしなければ。

 配信が始まる10分前にはパソコンの前に座っていたい。


 廊下を歩いている生徒を次々と追い抜き、下駄箱で素早く靴に履き替える。

 すると、周りの生徒がざわざわと騒ぎ立てる声が聞こえてきた。


「見て。あれって、藤白さんと奈良瀬さんじゃない?」


「本当だ。二人ともいつ見ても綺麗だよねぇ」


「おいお前、声かけて来いよ」


「いや無理だって。絶対相手にされない」


 それは見慣れた、いつもの光景。

 俺と同じクラスの二人の美少女が、話題の種となっていた。


 校舎を出た少し先に目をやると、楽しそうに会話をしている二人の後ろ姿が見える。

 

 藤白結乃。

 ふわふわと揺れるセミロングの髪、大きく丸い目、同性ですら羨む圧倒的なスタイルとその容姿は見る者を魅了する。

 明るく華やぐその表情は、とても人当たりが良さそうだ。


 奈良瀬真白。

 長い髪を真っ直ぐに下ろし、切れ長の目からはクールビューティーな印象を受ける麗人。

 その見た目とは裏腹に、藤白と会話をしている姿はとても朗らかで優しそうな雰囲気も感じる。


 以上が俺の知っている二人の全て。

 つまり見て分かること以外何も知らないのだ。


 恐らくそれは俺だけじゃない。

 俺以外の、この学校の誰も二人のことをよく知らないに違いない。


 だって彼女達は――


「藤白さん、奈良瀬さん。また明日ね」


 二人の元まで歩いて行った俺は、同じクラスの一員としてただ挨拶を交わす。


 本当にそれだけ。下心も他意もなく、ただの挨拶。



 なのに二人はそれに対して返事をするでもなく、顔を強張らせて固まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る