ピグマリオンの証明

羽弦トリス

第1話……女か

ここは名古屋市。

世の中はゴールデンウィークだと言うのに、バナナ船は遠慮なく名古屋港の岸壁に着岸する。

5月は既に暑い。

船のクレーンで、まだ、緑色のバナナが吊るされてくる。

段ボールに入ってワンパレットずつ。

そこの流通専門は、名古屋通運。

降りてきたパレットを、フォークリフトに乗った作業員がどんどん、トラックに積み込みをする。

作業員が、 

「黒川さん、コレってバナナですか?キュウリじゃないんですか?」

と、尋ねられたのは、名古屋通運の保管倉庫の管理者黒川創一だ。

彼は、35歳でチョンガー。

「君ね、バカか?既にバナナが熟して黄色になっていたら、店頭に並ぶ頃は腐ってるじゃいか?倉庫に持ち込んで二酸化炭素で黄色くするんだよ!」

と、作業員は言われてフォークリフトを運転していた。

朝の8時半から揚げ始めて、夕方6時には全て倉庫に運んだ。

この後、バナナ船は空では帰れないので、中古車を積んでまた、フィリピンへ帰る。


バナナを商品ごとに仕分けして、倉庫に誰もいないことを確認してから、二酸化炭素を充満させる。

この船は火曜日と木曜日の週2回、着岸する。


その日は、19時に会社を出た。

帰り、地下鉄に乗ると冷房が効いていて涼しかった。

黒川は、目の前の若いカップルが手を繋いで座っているのを見て、羨ましかった。

ついでに、黒川の両隣は現役を引退した婆さんだった。


女が欲しい。

去年の秋、高校時代から付き合っていた彼女と別れた。前の彼女は気性が荒かった。

だから、今度はもっと穏やかな女の子を探したい。

だが、倉庫と自宅の往復じゃ彼女は出来ない。


明日も仕事だから、シャワーを浴びてコンビニ弁当を食べて、冷蔵庫に冷やしてある缶ビールを1本だけ飲んだ。


すると、部屋のインターホンが鳴る。

誰だ?と思いながら、インターホンの受話器を取り、

「どなた?」

「あの隣に引っ越してきた、八田と申します」

「ちょっと待って下さいね」

と、言って黒川は玄関のドアを開いた。

そこには美しい女性と幼稚園児であろう女の子が立っていた。


「夜分にすいません。朝、いらっしゃら無かったので。今日隣に引っ越して参りました、八田弥生と言います。ご迷惑おかけしないようにしますので」 

「初めまして」

と、女の子が言った。

黒川は、

「よろしくお願い致します」

と、言うな否や、  

「これは、つまらない物ですが」

と、八田は黒川に引っ越しの手土産を渡した。


『ちっ、子供がいるのか?しかも、旦那もいるはず。諦めよう』


と、思うと、八田は左薬指に結婚指輪をしていた。

黒川は、八田と仲良くするのは止めようと思った。

これが、プロローグだ。

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