大衆酒場

かもめ7440

第1話

「ファンタジーにおける酒場」

というさわりの美しい文句だが、

(望みと言えば―――安息だ・・)

それはワイン店とか、居酒屋、宿屋、小料理屋・・。

酒場と宿泊施設の併設のように、厩舎が存在し、

店裏には井戸水を浴びたり、

離れの風呂に入ったりする場所。

―――記憶の引き出し箱・・。


身体を通る前に並べられた皿はグルメでも、

それを食事した途端セクシーな物になる・・。


さてさて、木製の看板に鈴が鳴り響く扉の向こうは、

中世ヨーロッパ風、

ウッドベースの店内は賑やかな雰囲気を持っていて、

カウンター席とテーブル席が存在し、

大きなテーブルは料理が手狭にならぬように。

吟遊詩人の旅語りや、楽器の演奏が聴こえてくることもある。

そこに王族や領主、暗殺者やごろつきがいても、

地下室でくりかえされる、悪魔崇拝者の一味や、

国家転覆を企むテロリストがいたとしても、

誰も気付かないだろ―――う・・。


ぼろ儲けをしたら豪勢な食事を取るのが冒険者の流儀、

それは蜂の巣と蟻の巣を重ねあわせた優劣そなえた袋小路。

まずは注文を聞きに来たウェイトレスに金を、

ずでーん、と叩きつける光景は馬鹿の代名詞だが、

―――自慢話を聞いてやる、ウェイトレスの懐の広さ。

合言葉はもちろん、『トリアエズナマ』だ。

コロンコロン、と金貨が回転しているかも知れない。

宵越しの銭は持たぬで、すっからかんも、よくある光景。

すっからぴんでツケ、とか言い出すのも、よくある光景。

次の日には絶対後悔するのに、酒の勢いでぶちかます。

天国に一番近い場所は同時に冒険を続けさせる活力源。

―――飲めや歌えや、客全員に酒をご馳走するぞおおおお!


運と不運は、均等な重みとふしぎな緊張とをもって、

かく人の心にわけいっていくように、

頭を仰け反らせて白い咽喉が見える・・。

パフォーマティヴな宣言行為。 

“こうだ”と言える人を“評価したい私”の世界・・。


長い平行線のようなカウンター席は、

さながら壮大なカルスト地形の景観。

主に酒を飲んでいる客が多く、

―――末代までの語り種の笑い話をしていたり、

隅に行けば行くほど、静かで飲みたい傾向が強い。

(「俯く」という職業もあるのだ・・)

木のジョッキでエールだの果実酒や蜂蜜種で飲んだくれ、

時に昔話や伝説について語り出す老人もいる。

(モラル・パニックからの発展形、

ヘレン・ラブジョイ症候群・・)

リーズナブルな幅広い料理を提供し、

時にはモンスター料理や、

一風変わった料理なども出てくるかも知れない。

―――煩悩は暗転である、自己保存の本能の過程。


「オーク肉」ないしは「魔獣の骨付き肉」や、

デザートの「スライムゼリー」とか、

「妖精の粉を使ったアイスクリーム」や、

「マンドラゴラを使った特選サラダ」などなど・・。


冒険者の一番人気はやはり血沸き肉躍る、

地域自慢のブランド牛のステーキだろう。

美味しい料理には、腹を膨らませる意味合いもある、

籠に入れられたパンの存在も欠かせない。

常人では考えられない、ポーションやエリクサーを使った、

カクテルもある。だが、妖精や人魚の味、

異形のモンスターなどを食したらどんな味がするのか、

と考えるのもまたファンタジーの常・・。

人間は脳の望みに逆らえない生き物―――だ・・。


溶岩地帯に棲むファイヤードラゴンを討伐する心理って何だろう、

高山地域、氷雪地帯など、

草が啼いている草原を真っ直ぐ歩いてゆく冒険者の背中、

過酷な場所へ人を赴かせる原動力とは何だろ―――う・・。


そのようなわけで、十八禁の娼婦もスタンバイしています。

女の味を知る、品定めする、などのHな要素もある。

まぶしい夢をみているみたいに頭がくらくらする、童貞入門。

博覧強記でもないくせに、無尽蔵に、

その手の話を恐ろしく、異常なまでに、記憶する。

淫蕩な多情が蛸の肢のように揺れるのを尻目に、

シモネタばかりの会話は男性パーティーあるある。

酒場の隅にはギルドよりも簡易的な、

クエストの依頼の掲示板などが存在し、

勇者の活動状況に加え、冒険者ランキングに、

自主規制も何のその、風俗店のチラシもあるかも知れない。

(Oh...yes...)

その隣には甲冑の鎧や、モンスターの剥製があるもの。

また、このような具合だから、

情報収集の基本である聞き込みや、

パーティーへの勧誘が行われており、

情報屋や、ギルドマスターなどが頻繁に顔を出す。


客層は冒険者が主で、様々な職業の庶民。

回転率は考慮せず、価格帯がリーズナブルで利益重視をしないのは、

オーナーが冒険者出身だからだ。

高く設定しすぎると、飢え死にする冒険者もいる。

高給職は同時に、多数の底辺を抱え込む将来有望とは縁遠い仕事だ。

金の卵とは言い難い連中にも腹一杯食わせたい心理は、

かつての同業者のよしみ、ないしは、

若かりし頃に料理屋の店主に優しくされた経験からくる。

とはいえ、安くて美味い店は繁盛する。

厨房では少年や少女が皿を洗っているかも知れない。

ぞんざいな雇用形態、保障もなく、勤務時間も滅茶苦茶な例もある。

さて、材料はといえば、

「漁業や畜産業や農業関係者と契約を結んで運んでもらう」か、

「毎日朝早くから市場へとせっせと出掛ける」か、だ。

名うての冒険者に、食材となるモンスターや、

味付けの決め手となる植物の採集依頼をするかも知れない。

―――珍しい食材で料理を作る内に、

料理書や秘伝のレシピを書き記す衝動に駆られるかも知れない。


朝と昼は主に男女の客がいるが、

夜ともなれば客層は変化してノンアルコール飲料、

ハーブティーや、水などという、

景気の悪い客は姿を消してしまう。

金遣いの荒い馬鹿相手にチップを胸元に入れてもらう、

すらりとした―――足の曲線に、くびれに、胸。

容姿にも自信がある、

スパンコールドレスの踊り子も稼ぎにやって来る。

血に狂い踊るカーリー、曙の女神ウシャス、

芸能の女神サラスヴァティの名の下に・・。

―――地獄の沙汰も金次第。

結婚式の音楽や祭りとおぼしき馬鹿騒ぎがする・・、

ここは、ひかりのどけき讃美歌から遠い場所。

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大衆酒場 かもめ7440 @kamome7440

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