ドラゴンを飼う者

川砂 光一

第1話

 翔太しょうたは公園を散歩していた。空では太陽が穏やかに輝き、地上では草木が青々としげっていた。

「平和だなぁ」

 翔太はつぶやく。

 その時、芝生の上に、同級生の優馬ゆうまの姿を見つけた。翔太は声をかける。

「優馬、何してるんだ?」

「あっ、翔太。ドラちゃんを散歩させてるんだ」

「ドラちゃん?」

「うん、最近捕まえた僕のペット。ドラゴンみたいだからドラちゃん」

 優馬が指差す方を見ると、そこにはトカゲのような生き物がいた。全長20cmほどか。背中には小さな羽のような突起が、頭には2本の角が生えている。皮膚は凹凸があって赤黒い。

(本当だ、ドラゴンみたい。かっこいいな)

 翔太はそう思った。

 そして次の瞬間、全身に鳥肌が立った。思い出したのだ、前世の記憶を。そして、この生物の恐ろしさを。

 翔太は今の人生が始まる前、別の人生を歩んでいた。それは、モンスターたちに脅かされる人生だった。そのモンスターの中でも、特に恐ろしいのがドラゴンだった。ドラゴンは人々をむさぼり食い、町を焼き尽くした。ドラゴンのせいで、翔太は大切な人を何人も失った。

 そして、翔太がドラちゃんと名付けているこの生物は、ドラゴンの幼体の姿そのものだった。翔太が前世に生きていた世界から、なんらかの方法でやってきたのかもしれない。

 翔太は言った。

「優馬、こいつはドラゴンの子供だ。成長すると、人を襲う危険な存在になる!」

「何言ってんだ、翔太。ドラちゃんはとってもいい子だ。人を襲ったりなんかしないよ」

「いや、いずれ強く凶暴になるんだ。人類を滅ぼしてしまうかもしれない。おとなしくて弱い今のうちに、殺しておかないといけない」

「こんなにかわいいドラちゃんを、殺していいわけないだろ!」

「いや、殺さないといけないんだ」

 そう言って、翔太はドラゴンの幼体に近づいた。

「やめろ!」

 優馬は翔太を突き飛ばした。翔太は地面に転がる。

 そして優馬は、ドラゴンの幼体を持って逃げていった。翔太は慌てて追いかける。しかし、見失ってしまった。

「くそっ。あのドラゴン、絶対殺してやるぞ。この世界の平和のために」

 翔太はつぶやく。

 空模様が悪くなり、風が木の葉をむしり取った。


 その後、翔太は優馬に電話をかけた。

「優馬、さっきは悪かったよ。もう、君のペットを殺そうとしたりしない。ドラちゃんと遊ばせてくれないかな」

 しかし、優馬は言った。

「嫌だ!そんなこと言って、ドラちゃんを殺そうとしてるんだろ!もう二度とドラちゃんに近づくな!」

 そして、電話を切られてしまった。

(こちらの思惑が読まれてしまったか。もう少し工夫をした方がいいようだ)

 翔太は考える。そして、次の作戦の準備を始めた。


 数日後、翔太は帰宅途中の優馬に声をかけた。

「あっ、優馬。学校の帰り?」

「お母さんか」と優馬。

「お母さんもちょうど今、仕事から帰ってきたところなんだ。一緒に帰ろう」

「ああ、うん」

 そう、翔太は今、優馬の母親に変装しているのだ。今のところ、気付かれていないようだ。

 2人で優馬の家まで歩く。翔太は後ろを歩き、優馬が鍵を開ける流れにする。

 翔太の思惑通りとなり、優馬が鍵を開けた家に2人は入った。優馬は一室に入り、鍵をかけた。

 翔太はドラゴンの幼体を殺すため、家中を探し回った。リビング、キッチン、ベランダ、トイレ、洗面所、風呂場、クローゼット、押し入れ……。

 しかし、なかなか見つからない。先ほど優馬が入っていった、彼の部屋とおぼしき場所にあるのだろうか。

 翔太はその部屋をノックし、声をかける。

「開けなさい」

「なんで?」

 優馬が尋ねる。

「掃除をするためだよ」

「自分でやるから大丈夫だよ」

「いや、お母さんがやってあげるよ」

「自分でやるって言ってるでしょ。て言うか、お母さんってそんな喋り方じゃなかったよね。いつも語尾は『ですわでごんす』でしょ」

 そんな変な喋り方をするわけない。偽物だと疑って、嘘を言って本物かどうか試しているのだろう。そう考えた翔太は言う。

「何言ってるの。そんな変な喋り方してないでしょ。いつもこんな喋り方だよ」

「えーっ、そうだったっけなあ」と優馬。

 その時、玄関のドアが開き、本物の優馬の母親が帰ってきた。そして、翔太を見て言った。

「誰ですのでごんすか?この人。私にそっくりですわでごんす」

(やばい!)

 翔太は、慌てて優馬の家から逃げ出した。遠くまで走り、息をつく。そして、変装を解いた。

 それにしても、まさか本当に優馬の母親があんな喋り方だとは。翔太は驚いた。本物かどうか試すなら、もっとリアリティのある嘘をつくのではないかとは、翔太も少し思っていたのだが。

 今回は失敗したが、将来の脅威を消すことを、諦めるわけにはいかない。翔太は町を歩きながら、次の作戦を考えた。

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